エイリアン・キャプチャーは最果ての宇宙(うみ)を見る

染口

第1話 邂逅

 『"テッカー症"の国内発症者数が1万人に達したことが発表されました。宇宙生物の飛来数増加に伴い、更なる発症の加速が予想されています』

 

 車内のラジオから流れる淡々としたニュースの読み上げを、加賀かが 叶瀬かなせは助手席でぼんやりと耳に流し入れていた。


「この前も、職場の人がテッカー症にかかったらしくって」


 ラジオの音声へ被せるように、運転席で運転していた母親が世間話を開始する。


「会社に感染が広まらないか、心配なのよね……」

「テッカー症は、宇宙生物からじゃないと感染しないよ」

 

 無表情のまま淡々と答える叶瀬に、母親は「あら、そうなの?」と軽く首を傾げた。

 信号待ちで車が停止すると、思い出したように携帯端末を操作し始める。


「そういえば。叶瀬が入院している間に、新しいアルバイトを探しておいたわよ」


 母親が端末を押下したと同時に、叶瀬のポケットから軽快な着信音が鳴った。

 着信音の源である携帯端末を取り出すと、母親から『新しいアルバイト』のアドレスが届いている。

 叶瀬はアドレスを開くと、書かれていた内容を無表情で読み上げた。


「『SROFAスローファ』……『宇宙生物の捕獲』……? さっきテッカー症の心配してたのに」

「SROFAは、感染対策を徹底しているみたいよ? 給料もかなり良いし、良いんじゃないかなって」


 苦言を呈した叶瀬に、母親がそのメリットを口にする。

 運転を再開した彼女は、叶瀬に唐突な宣告を行った。


「明後日、面接だから」

「えっ、申し込んだの?」


 思わず、驚きと呆れとが混ざり合った声を上げる。

 いくらなんでも、急すぎやしないか。

 勝手な申し込みへ呆れた感情を募らせるも、その顔は無表情のまま、動かない。

 そんな叶瀬の反応をチラリと見た母親は、困ったように眉をひそめた。


「笑顔の練習、やっておきなさいよ? 無表情のままじゃ、やってけないんだから」


 母親の言うことはもっともである。

 アルバイトにおいて、大切なのはコミュニケーションだ。

 そして『表情』というものは、コミュニケーションの中でも重要な要素だと思う。

 けれども叶瀬は、好きで無表情を保っているわけではないのだ。


「……努力はするよ」

 

 そんな気持ちを胸の奥へ押し込みつつ、叶瀬は一応の反応を返す。

 

 その時だった。


「……?」


 運転していた母親が、フロントガラスから斜め上方向をいぶかしげに見上げる。

 視線の先……上空には、何やら青い塊のようなものが見えていた。

 それは徐々に大きくなり始め……。

 こちらに向かって、急速に落下していることに気が付いた。


「っ!?」


 危険を察知した母親が、ブレーキペダルを思い切り踏んで車を急停止させる。

 しかし停止は間に合わず、青い塊は車のボンネット部分に激突した。

 

「――――っ!?」

 

 衝突事故を起こしたかのような凄まじい衝撃と共に、ガラスが爆砕する。

 金属のひしゃげる音を伴って、車体が垂直方向に持ち上がった。


「っっ!?」


 ぐるぐると回転する視界の中で、叶瀬は車が宙を舞っていることに気付く。

 空中を転がった車はそのまま、仰向けの状態で地面に叩きつけられた。

 車内に激突の衝撃が走り、叶瀬達は逆さ吊りの状態で大きく揺さぶられる。


「つっ……!」


 仰向けに叩き付けられたことを最後に、車は動きを停止した。

 辛うじて意識を保っていた叶瀬だったが、脳をかき混ぜられたような感覚が気持ち悪い。

 運転席の母親を見ると、意識を失っていた。

 嫌な予感が走ったが、息は残っており、気絶しているだけのように見える。

 とりあえず、この状態から抜け出さないと……。

 叶瀬は逆さ吊りの状態から脱するべく、ゆっくりとシートベルトを外した。


「痛っ」

 

 引っ掛かりが無くなったことで身体が落ち、車の天井に頭をぶつけてしまう。

 鈍痛が響く中、扉をこじ開け車から這いずり出た。

 窮屈な空間から抜け出したことに、ほっと息をつく。

 


 ずん。


「!」

 

 安心したのも束の間。

 突如響いた重い足音が、コンクリートの道路を震え上がらせた。

 背中に悪寒を感じた叶瀬は、音のする方向を振り返る。


「ヴヴヴヴヴヴ……」


 視線の先では、彼を覆うほどの巨大な影を放つ存在が、こちらを見下ろしていた。


「宇宙……、生物……!」


 叶瀬は目に映ったものの名を、震える声で口にする。

 身長173センチメートルの叶瀬が、2人で肩車をしてようやく届くかというほどの巨体。

 真っ青なその肉体は、先ほど車へ衝突したものと同じであることを証明していた。

 人間と同じくニ足ニ腕の四肢を備えているものの、ぎょろりとした4つの目や軟体動物のように滑らすぎる肌が、人間との類似性を真っ向から否定している。


 そんな化け物が、強烈な威圧感をもって彼の前に佇んでいた。


「っ……!」


 まずい。

 生物としての本能が警鐘を鳴らすが、体は金縛りに遭ったかのように動いてくれない。

 ニュースやSNSでしか見たことがなかった『他人事』の存在がいざ目の前に現れ、無意識がパニックを起こしているのである。

 宇宙生物は緩慢ながら大きな足取りで、一歩、二歩とこちらに近付き始めた。

 

 宇宙生物は、人間を襲う。

 だから、逃げなければならないのに。

 焦る叶瀬に、宇宙生物があと数歩の距離まで近付いてきた、その時だった。

 

 ばしゅうッ!


 ガスの抜けるような音と同時に、横方向から飛んできた何かが宇宙生物の肩をかすめる。

 皮を薄く切った宇宙生物は、反射的に物が飛んできた方向へ顔を向けた。


「間に合った!」


 その先に立っていた一人の女性が、叶瀬の無事に安堵の息を吐く。

 明るい御空色の髪は肩に触れないくらいの長さに切られてハーフアップにされており、その顔つきは叶瀬と同い歳くらいであった。

 ライフルのようなものを構えていた彼女は腕を下ろすと、手元で何やら小さな動きを見せる。

 そんな彼女に向かって、宇宙生物が走り出した。


「危な――――」


 巨体から繰り出される大股の走りに、叶瀬は思わず声を出してしまう。

 だが女性は落ち着いた様子のまま、迫る宇宙生物を真っ直ぐに見据えていた。

 そして目の前まで接近してきた宇宙生物が、足を踏み込んで腕を振り下ろしたその瞬間。


「『げるろぼ』、起動っ!!」


 彼女の声と共に、どぷん、という水音が響き、膜のようなものが彼女を包み込む。

 ゼリーのような質感をした膜はモコモコと膨張を始め、振り下ろされる宇宙生物の腕を押し返した。

 怯んだ宇宙生物の前で、ゼリー状の膜は女性を中心として、卵に手足が生えたような二頭身の姿を形成し始める。

 

 その大きさは、前方に立つ宇宙生物を少しばかり上回るほど、大きかった。

 中に入っている女性が振りかぶって拳を握ると、連動するようにゼリー状の巨体が拳を握る。


「おぉりゃああっ!!」


 そして、宇宙生物の腹部に右ストレートパンチを放った。

 ずばん! と拳が炸裂し、宇宙生物の体が後方へ吹っ飛んでいく。

 吹き飛ばされた宇宙生物は、近くの自動車へ背中から叩きつけられた。

 

「もう大丈夫だから!」


 女性は守るように叶瀬の視界へ入り込むと、背中越しに余裕ある笑みを向けてくる。

 彼女のような存在を、叶瀬はニュースやSNSで知っていた。

 

 『宇宙生物特別研究機構(Special Research Organization For Astrobiology)』……それぞれの頭文字を取って、『S・R・O・F・Aスローファ』。

 人類に危険を及ぼす宇宙生物を駆除、捕獲し、研究している機関の名前である。

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