第20話 ゆめゆめ、忘れることなかれ

 歴史ある女王制国家たる、このマギア国において。

 たる男は、深夜、自室を苛立たしそうに練り歩いていた。


「おのれ、おのれ……失敗、失敗しただと!? あの無能大臣め、恩すら返せぬとは、犬以下だな!」


 犬に失礼で、かつ口走る者も品格は怪しいが――室内に一人だけという油断からか、その口は軽々しく走る。


「クソっ、あの目障りな第一王女さえ消えれば、他の王女は現在、存在せず……王位継承権は確実に余のものだったというのに! クソ、クソッ……一体、なぜ国一番の暗殺者が……一体なぜ、あの忌々しい王女の傍にいて、しかも助けたと!? まさか王女が雇ったのか……おのれ、あの女狐めぎつねめ―――」


「ああ。俺に依頼したのが貴様でないコトだって、俺には分かっていたさ。ましてや王女が初めから、俺を雇っていたワケがない(最後はともかく)」


「は。……―――ヘェァッ――――!?」


 

 聞くに堪えない下卑げびた声を止めさせるため、背後から第一王子の喉に短刀の刃を添え、行動の余地をも〝殺し〟た。


 別に叫ぼうと、騒ごうと、その音が外へ届く前に〝殺せる〟のだが、耳障りなので。


 そも、聞く必要もない―――俺はただ、用件を伝えに来ただけだ。


「醜悪大臣を操り、聖女たる王女のありもしない醜聞を広め、いわれなき処刑まで強行しようとしたのは……第一王子たる貴様だろう。無論、言い訳はイイ。貴様らのような讒言ざんげんで人をおとしめるクソカスの言葉は、信じるに値しないからな。が、真の悪逆への報いは、理解しているか?」


「っ! ……く、くく……良いのか? 貴様がアレをどのように思っているのか知らんが、我はいわば王女の身内……殺しでもすれば、王女は悲しみ――」


「ほざくな、その程度は調べるまでもない話。第一王女は、現・王女のだ――貴様は腹違いですらない、ただ王家に連なる血筋というだけで、今のところは他にいないからと仕方なく、次の王位継承権にえられただけだろう。そんな赤の他人のどうでも良い者を殺した程度で、王女が悲しむとでも言うのか?」


「グッ! ……グッ、グヌヌヌッ……!」


 まあ今の俺の言葉には、ほんの少しだけ嘘が混じっているが。こんなクズでも殺してしまえば、悪逆なまでの心優しさの王女は、悲しむのだろう。


「……まあこうして直接に見た限り、本当に王家の者なのか怪しいくらい、下賤げせんいやしい人品じんぴんに思えるが……」


「っ! き、貴様ッ……無礼であるぞ―――」


「ほう。……醜悪大臣といい、貴様らはジョークのセンスだけはあるな。今、俺を無礼と言ったのか? 国一番の暗殺者である俺を……貴様のような、王女にいわれなき罪をかぶせようとした、無礼以下の塵芥ちりあくたが?」


「ぁ。……ぁ、ぁ、ぅぅ……ゃ……やめっ」


 グッ、とつい力を籠めてしまい――だが、目的はではない、と。

 俺は一思いに〝野心を殺してやる〟ような、そんななど、与えぬよう。


 悪逆などと不当に揶揄やゆされていた、王女に対してとは違う。

 真に恐るべき、


 この胸糞悪い男に―――永遠の刃を刺すべく、告げる。




「忘れるな、いついかなる時も、眠る時も、夢の中ですらも。

 国一番の暗殺者は、貴様の心の臓を、常に背後から狙っている。


 もしまた王女の命を狙うコトあらば、その時は。

 貴様の五体を寸刻みにし、国中に撒いてみせる。

 それだけは、必ず、絶対に―――間違いなく、約束しよう。


 ミッション達成率120%の暗殺者の、慈悲なき刃から。

 逃げられるなどとは―――ゆめゆめ思いはせぬコトだ」




 それだけ、告げ終えて。

 俺は自分の〝気配〟も〝音〟も〝殺し〟。


「……ヒッ、ヒヒヒッ……ヒハッ、ハッ……ハヒッ……

 ヒィーッヒヒヒッ……ァ、エヘアヒャヒャァッ……!」


 心が壊れたような不気味な笑い声をあげ、その場にへたりこみ、失禁までしてしまう、今回の件の黒幕に。

 最後まで〝心を殺してやる〟安穏など与えぬまま。


 俺は今度こそ―――背を向け、去った。

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