第21話 真実は、未来を紡ぐ

 民の活気ある声で賑わう、城下町の昼時。

 もっぱらの噂は、昨晩に起きた一連の事件についてだった。


『オイ、聞いたかっ? 噂の……私服を肥やすクソ大臣だかが、なぜか急に今までの罪を自白して、刑に服したとかっつう……』


『そんなことより悪逆王女……いや、第一王女さまが、本当は悪逆なんかじゃなく……〝伝説の聖女〟さまだって話だろ!』

『悪逆とかも王女さまをねたんだヤツの讒言ざんげんやら、流した噂だったやらって話でよ……信じらんねぇ話だよな……』


『ところで第一王子だかっつうのが心をんだだかで隠遁いんとんすることになったってマジ? そうなっちまうと哀れって気もしつつ……アイツ嫌いだったんだよな、無駄に偉そうだし横暴だし……』


 全く、一夜で随分と、国政の情勢も様変わりしたものだ。

 例の醜悪大臣や、第一王子の陰謀や讒言が露見ろけんし、それに連なる不穏分子も芋づる式に洗い出せたという。


 結果、此度こたびの騒動を乗り切った〝第一王女が聖女たる存在〟という印象はインパクトと共に、臣下のみならず街にまで広まり――女王制は今後も盤石ばんじゃく、となった訳だ。


 、と――国一番の暗殺者たる俺、ソウマ=クサナギは、思う。

 俺に〝悪逆王女の暗殺〟をが、ここまで予測していた、とするなら。



「あなたも、随分と人が悪いようだ―――



 俺は、今になってようやく洗い出せた存在に――いや、街中のカフェテラスで紅茶を飲んでいた俺と、に、そう告げるや。


 変装こそはしているものの、高貴を隠し切れぬ麗しき貴婦人が、お茶目ぶって人差し指を口の前に立ててウインクする。


「しーっ、よ。国一番の暗殺者さん。魔法で周囲の認識を阻害して、姿を誤認させてはいる……とはいえ、さすがに声までは誤魔化せないわ」


「ご心配なく。我々の声は外へ届く前に、俺が〝〟いますから」


「まあ、さすがは国一番の暗殺者さん♪ 私があなたの依頼主だということも察せられていたようだし、そこも称賛すべきかしら?」


「フンッ、依頼主の予測は、途中から立っていたし……俺は昨日の仕事を終えてから、仲介人でもあるギルドのマスターに確認を取っただけだ。具体的にはガチ戦闘をやり合うという方法で聞き出した。とはいえ、俺を拾った恩人だからと手を抜いたワケでもないのに、全力でも互角以上の強さだったのだが。なんなのあの女」


「ウフフ、マスターちゃんとは昔、一緒に色々とした仲だから♪ 具体的には世界を闇で包もうとした邪竜を一緒に倒したり、世界征服を目論もくろむ悪の帝国を身分隠してブッ潰したり」


「ヤンチャのレベルが120%越えで度が過ぎている」


 何だろう。この国の女性陣は、やべーヤツしかいないのだろうか。

 いやしかし、というなら、この件についてもだ。


「それにしても……暗殺者に実の娘である王女を狙わせるなど、悪ふざけが過ぎるのではないか? 俺はミッション達成率120%越えの、一切の感情を排する暗殺者……容赦なく仕事をまっとうしても、おかしくはなかったのだぞ?」


「ウフフ、だとしても……あなたが暗殺で〝命を奪う〟のは最終手段なのでしょう? 暗殺者さん、きっとあなたの暗殺は、国一番どころか……世界で一番、優しいわ♪」


「……フンッ、俺のきわめた〝殺す〟についても、マスターから聞いていたか。だが、それは買い被りというより……だな。本当にどうしようもない、それこそ悪党や賊の類なら、俺は容赦なく命くらい奪うぞ」


『―――ウィーーーッシュ! 元・山賊親分おじさんでェーーーッス! お野菜、お届けにきやしたッ! いやー二回も悪い心ブッ殺されてっと、逆にスッキリするッスよね! 地道な農作業が今日も楽しウィッス♪』


「特に同業者……暗殺者などはそうだ。この世界を良く知る俺だからこそ、汚い連中も腐るほど見てきた……例えば毒を盛るような卑怯者に、一切の容赦はせん」


『ヒヒッ、元・暗殺者おじさんです。仕入れには自信あるッス、毒とか一発で見抜けるし、もう暗殺とかコリゴリなんで、これからは真面目な仕事に励むッス、ヒヒッ』


「あまり俺を……舐めないほうが良い……!」


「まあ、怖い♪」


 何だか軽く受け取られた気はするが、さすが一国の女王の胆力、というところか。

 さて、話は終わったのか、女王は立ち上がり――


「では、そろそろ頃でしょうし……私はそろそろ失礼しますわ。あ、そうそう、暗殺のミッションについては、こちらのということで取り消しを――」


「……いいや、それは断る」


「えっ?」


 俺の返答が意外だったのか、女王は動きを止めるが、容赦などしてやるものか。



「一度、請け負ったミッション――事情がどうあれ、取り消す気などない。俺を侮ったコト、後悔するのだな。俺は今後も、変わらずに。

 第一王女の命を狙い―――彼女の前に、現れるぞ―――!」


「! あら……あらあら、まあまあ♪ ウフフ、若いっていいわね……。

 では今後も引き続き……娘のこと、わ♪」


「フンッ、暗殺者への言葉ではないぞ! 全く、本当に食えぬ人だ……」


 よほど、と呼ばれても、おかしくないのではなかろうか。

 さて、何やらニヤニヤとしつつ女王が去っていくと。


 ―――その入れ替わりに―――



「―――お待たせいたしましたっ! はあ~……おいしそうなケーキがこんなに、たくさん並んでいるなんて……わたくし、驚いてしまいましたっ♪」



 輝くような笑顔を浮かべ、駆け寄ってきた、彼女は。

 かつて、などと呼ばれていたのが、信じられないような、清廉さで。


 俺は、思わず―――


「――――ウオッ、眩しすぎるッ」


『え。……キャーッ!? 国一番の暗殺者さまが、何か急に出てきたわー!?』

『まるで初めからあそこに座ってたみたいだわ!? いつの間に~!?』


「ヤベッ排した一切の感情が漏れ出て気配を殺しきれなかった。不如意ふにょいの意」


 やれやれ、全く王女は、俺の暗殺を悉く妨害してくれる。だが、それでこそ俺のターゲット、そうこなくては張り合いがないからな!


 ちなみに今は、さすがにドレスは着ていないが……いや外出用というか、お忍びの私服も可愛いな、清楚系っていうか、可憐な花を彩っているというか……。


 いやとにかく! ……彼女がこうして顔も隠さず出歩けるのは、人目を離すようにあの塔に隠されていたからだろう。そこだけ、本当にそこ限定で、感謝すべきかもしれない……いや、彼女をおとしめた連中に、そんな必要はないな。


 まあ、だからとて、完全に無防備という訳でもなく。


『オイ、本当にいたぞ……第一王女がこんなとこで無防備に、不用心ってモンだぜ……急進派の底力、見せてやらぁ――』


『―――ごみ発見~~~っ! 王女サマ狙ってんじゃねーわよ、残党ってか残飯みたいな連中ねホント! お掃除お掃除~~~!』


『ゲエッ、《焔髪の戦乙女》!? 何でメイド服!? ムムッ、こりゃ色んな意味でたまらん、ひとまず逃げ……ることも許されねぇ! 強すぎギャアアアアア』


 適職についたメイドシャロさんも、大活躍のご様子だし。


 まあ、俺も傍で王女の命を狙っているから、心配はいらないが。……獲物を横取りされる心配はない、という意味でな!


 さて、にわかに慌ただしくなってきた、店内で。

〝?〟と首を傾げる王女(かわいすぎて鼻血飲んだ)へと、俺は促す。


「さて……ここは少し、騒がしい。まだ今日は、始まったばかりだしな。そろそろ、次へ行くとしようか、王女よ―――」


「あっ。ダメですよっ、わたくしはお忍びなのですから、暗殺者さまっ」


「おっと、これは失敬……だがそれは、あなたの方こそ、だな?」


「きゃっ。わたくしったら、ついクセで……お恥ずかしいですわ♪」


 そう言いつつ、おどけて笑う、彼女の顔に。

 かつて全てを諦めていた、儚い面影は、もうどこにもなく。


 一切の感情を排した国一番の暗殺者は、釣られて失笑し――彼女へと、手を差し出した。



「では、行こうか。ミッション達成率120%越えの俺が。

 120%越えで―――エスコートしてみせよう!」


「はいっ! 今後とも、末永く……どうか、よろしくお願い致しますっ♪」


「フッ、暗殺者に言うコトではないな! まあ、いいさ……それでは」



 俺が差し出した手を、儚いまでに細い手で、けれど力強く握ってくる。


 その手を決して、離さぬようにと―――秘めた誓いを胸に抱いて。


 暗殺者である俺は、ターゲットたる彼女へと。

 未来に続いてゆく暗殺の日々を思い描きながら、告げた。

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