第16話 悪逆王女の末路に、めでたし、めでたし。     などと。

 悪逆王女とさげすまれし、ミルフェ=エラ=マギアは、塔の最上階にある寝室で。

 自国のものであるはずの兵士に、遠巻きに取り囲まれ、槍を向けられている。


 そうして、急進派とうそぶく大臣から、明らかに根拠に乏しい罪悪を突き付けられて。


『悪逆王女よ、国政の汚濁すべてに関わり、不当なる利益をむさぼる忌むべき存在よ。傲慢にして傍若無人、開国以来の悪女――《灰かぶりの悪逆王女》よ。貴様が消えぬ限り、この国に安穏は訪れぬ。おとなしく、その命を差し出すが良い』


「……………………」


《灰かぶりの悪逆王女》と悪名で呼ばれ、あらぬ罪状にさらされている、彼女は。

 その悪名通り、怒りに、憎しみに、悪意に、表情を歪めているだろうか。


 いいや

 いっそ、そうであれば、まだ溜飲りゅういんも下がるだろうに。


 彼女は―――《灰かぶりの悪逆王女》は。


「わたくしが」


 ―――――儚く、


「わたくしが、今ここで、命を落とせば―――国は、のでしょうか?

 つたないわたくしでは、助けられない民を、苦しむ見知らぬ誰かを。

 ほんの少しでも、救って差し上げることが、出来るのでしょうか?」


『………それはもう、間違いなく』


「…………そうですか」


 心魂しんこんから醜さの根付いている大臣の、口先だけの肯定を受け、王女は。



「それならば……良かったです。本当に……良かったです」



 その微笑みに、言葉に。

 嘘などは、微塵もない。


〝良かった〟と、〝自分が死んで誰かが幸せになるならば〟と。

〝それでいい〟と、心の底から思い、微笑んでいるのだ。


 それを見て、果たして誰が、彼女を〝悪逆王女〟だなどと信じられるだろう?


『オ、オイ、奴……が、本当に噂の《灰かぶりの悪逆王女》なのか……?』

『そのはず、だろ……国中でも、城内でも、そう知られてて……』

『けど……あんな風に笑う人が、本当に……傍若無人な、悪逆王女……?』

『バカ、滅多なこと言うな。大臣に聞こえたら、家族がどうなるか……』


 兵士たちが明らかな動揺でざわめくと、場を仕切っている大臣は一瞬だけ表情をしかめたが、すぐさま余裕の表情を浮かべ直し。


『ふん。悪逆王女よ、貴様の自己防衛魔法は存じておる――それによって、正義を抱いて訪れた刺客を、ことごとく無惨に葬ったこともな。だが、それは〝敵意〟などに対して発動するもの……聞けば〝自害ですら防ぐ〟との話だが、さて……なら、どうか? 例えばこの塔が崩落し、し潰される、とか』


「! ………………」


『何せ悪逆王女が居住を構えるまでは長く使われず、老朽化が進んでいてもおかしくない。不幸な事故で……いや、それこそが天意というものだろう。悪逆の報いを、天罰によって受ける――全く以て、理屈が通ったではないか』


 なるほど、塔の最上階、更にその天井部には、無数の爆薬が確かに仕掛けられているようだ。

 引火すれば、天蓋付きのベッドを中心に、天井そのものが重々しくし掛かってくる、そういう作りなのだろう。


 全く、何ともが、あったものだ。


 そんな汚濁を誇らしげに、自らが天罰の代行者とでも言わんばかりに、処刑人を気取った大臣が、見るもおぞましく寒々しい薄ら笑いを浮かべ。


『では、どうかこの国の全ての汚濁を呑み込んで。

 ご退場ください、《灰かぶりの悪逆王女》よ――』


 合図するかの如く――手を振り下ろすと。

 老朽化など冗談にしかならぬ、爆発音が響いて。


 破壊された天井が重量そのままに、野太いギロチンの如く、降りかかっていく。

 それを、王女は静かに、受けれるように、見上げて。


「わたくしは、これで構いません―――これが結末で、構いません。

 悪逆と呼ばれ生きてきて。そんなわたくしの人生の、最後だけは。

 幸せだったのです―――本当に、それが全ての如く、幸せでした。


 ……ああ、でも……。ただ、が……ただ


 その細く儚い身が、圧し潰される、その寸前に。

《灰かぶりの悪逆王女》は―――呟いた。




「わたくしの、命は――――――」




 直後。

 大岩が落ちてくるような、重々しい音が、断続的に響き。


 ――――これにて。


 国を乱す、開国以来の悪女、《灰かぶりの悪逆王女》は。

 天罰を受けましたとさ。


 




 ………………………………。




 


「ところが、悪逆王女が命を落としたとて、国が良くなるコトなどない――どころか、我欲に支配された反吐へどにもおと汚濁おだくがのさばり、国は本当の意味で病んで乱れるというのが、真実の結末となるのだろうな」


「…………………。

 …………えっ?」


 ああ、そのような結末を、認められるはずもよ。

 最初から、ずっと見ていたからな。


 これで構わない――――


「わたくしは………夢でも、見ているのでしょうか?」


 今、右手の短刀で、バターでも裂くように、落ちてくる天井を〝殺した〟。

 そんな俺の左腕の中で、信じられないとばかりに、彼女はつぶらな目をまばたかせている。


 そうだ―――王女の言う通りだろう。

 ターゲットの命を思うままにすべきなのは―――なのだから!



「国一番の暗殺者にして、ミッション達成率、120

 ―――ソウマ=クサナギが、割って入るぞ―――」



 随分と風通しの良くなった天井から差し込む、鮮烈なまでに眩い月明かりに照らされながら。


 暗殺者である俺は、ターゲットである王女を、庇う様に抱きしめていた。

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