第6話 毒

 待ちに待った(あくまで暗殺者として、仕事のため)夜が訪れ、そして。


今宵こよいも命を頂きに参った……ククク、悪逆王女よ、覚悟しろ……

 今日の土産は国一番の人気スイーツ店のケーキだ――!」


「暗殺者さま、いらっしゃいませっ♪ まあっ、お土産だなんて、恐縮ですわ……わたくしなんかに、よろしいのでしょうか……?」


 何やら謙虚なことを述べる悪逆王女の、どことなく不安そうな眼差しに、俺の持病の動悸どうきが発現するも――〝フン(ぬっ)〟と息を吐き、俺は冷酷に告げた。


「フンッ(ぬんぬッ)……悪逆たる王女のコト、およそ美食などは飽きるほど食しているだろうし……口には合わぬだろうがな」


「そんなっ、そのようなことはありません。幼少期は王族の責務として、修道院で清貧せいひんを学んでおりましたし……今でもこの塔で修行中の身。甘味などは滅多に運ばれてきませんし……ですから本当に、嬉しいです♪」


「買ってきてよかったァ……じゃなく、フンッ、それはそれは! ならば食後のデザートにでもするが良いわ!」


「は、はいっ。あ、ちょうど今、晩餐ばんさんをいただいておりますので……この後にでも! 食事の姿を見られるのは、少々お恥ずかしいですが……でも、暗殺者さまのお土産が楽しみなので、急いで頂いてしまいますねっ♪」


「そうか。……ククク、甘いな……」


 偶然にも晩餐の最中、俺が現れたとでも思っているようだが――そんなはずはない。国一番の暗殺者の計画に決まっているだろう。


 即ち、今日の土産であるケーキを――とは、食後であろうことは疑う余地も無し!


 ゆえにこそ、いつもより侵入時刻を前倒しにし、当然ながら深夜よりも厳重な警備をくぐり抜け、忍び込んで参った次第。全てにおいて完璧、いや完璧を越えた120%を実現する、最強の暗殺者の矜持きょうじを見よ!


 即ち、120%スイーツタイムである―――!


「ククク、全く、甘い……甘いぞ、国一番のケーキの如く!

 フハハハハハハハーーーッ!!!」


「まあ、暗殺者さまったら、楽しそう♪ ケーキもたくさんあるようですし、一緒に食べられるのでしょうか……楽しみですわ♪ お夕食、早く終わらせてしまわないと……」


「別に急いでいないので、喉に詰まらせぬようゆっくり召し上がるが良い(ターゲットの命を狙う暗殺者の心配)。フッ、しかし修行中という割りに、さすがは第一王女。随分と豪勢な。……………」


 王女の顔ばかり見て気付いていなかったが、一人の食卓に並べられた食事の数々を見て。


 俺は。



「――――――は?」


「? 暗殺者さま……どうか致しましたか?」


「…………………」



 きょとん、と首を傾げる王女には、返事せず。


 俺は、心底からの殺意をにじませ、食卓へと歩み寄り。


 右手で抜き放った短刀を、突き立てた―――王女の、に。


「きゃっ? あ、あの……暗殺者さま―――」



「――――――だ。この料理には、



「………………」


 暗殺者……となる以前から、厳しい修練を積んできた俺には、その程度は五感をもって察知できる。


 王女は、さすがに信じられぬのだろう、沈黙して―――



「………はい、おります。ええと……、なので」


「…………なんだと?」


「あっ、でも、わたくしに毒は効きのですっ。回復魔法や解毒魔法も、常に自動で発動していますからっ。ですので、わたくしは」



 毒を、盛られておきながら。

 本当に、何一つとして、恨むでもなく。


 王女は―――悪逆なまでに、健気な笑顔で。



です――――」


なワケが、だろうがッ!!」


「!」



 驚く姫に対して、おもんばかることも出来ぬまま、俺は俯く。


 大丈夫なワケが、ない―――〝毒が効かぬ〟としても。



〟という事実が―――あるいは毒そのもの以上に。

 彼女の心を傷つけ、むしばんでいるはずだ。


(良くあるコト、だと……? そんなコトが今まで、何度もあって……王女自身、毒を盛られているコトに気付いて……そのたびに、心を傷つけて。何が、大丈夫だ……こんな胸糞の悪い真似、一体誰の仕業か知らぬが)


 怒りに歯噛みしながら、俺は心底から、こう思う。



 この悪逆なまでに清廉潔白なる美しい心根を持つ――

 そんななど、許してはおけぬと―――!!



「クソッこの怒り俺自身にも刺さる! どういう立場で何を考えているのだ、どうすればイイのだ俺はァァァ!!」


「あ、さま? あの、大丈夫ですか、さまっ?」


「そうだよなんですよ俺は! ままならねぇなチクショウッ!!」


「な、なんだかよく分かりませんが、えっと。…………」


 一人で勝手に煩悶はんもんする、暗殺者たるこの俺に。


 何か考え込んでいた王女が、意を決したかのように、次に取った行動は。


 信じられぬほど―――悪逆なものだった。


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