第7話 王女の悪逆なる抱擁――そして悪逆なる柔らかさ――!(大混乱中)

「―――暗殺者さま」


「………なん、だと………?」


 俺は、国一番の暗殺者は、絶句していた。

 なぜならば、悪逆なる王女が、今まさに。



 暗殺者の頭を―――悪逆なほどに柔らかな胸の中に、のだから。



 今まさにターゲットの、刺すべき心臓が目の前にある――とか何とか、どうでも良く。


 何だかもう色んな思考が吹っ飛んでしまっている俺に、王女が投げかけてくる声は、よもや聖母かと思わせるほど穏やかで優しいものだった。


「わたくしのために……怒ってくださった、のですよね? わたくしは、本当に大丈夫なのです。もう、ことなのだろうと、諦めていますので。けれど……どうしてでしょう。暗殺者さまが怒ってくださった時、わたくしは……ミルフェは、なんだか救われたような気が致しました。……ですから」


「……………………」


「ありがとうございます……ありがとうございます、暗殺者さま……」


 ほんの少しだけ、鼻声だっただろうか、それでも美声は揺るがぬ……聴覚で認識できたのは、それくらいで。

 俺は、次の瞬間に。


「こちらこそオゴッパフッ」


「え―――あ、暗殺者さまっ!? 急に吐血を……大丈夫ですか!?」


「フッ、甘いな……抱きしめられていた時に感じた甘やかな香りの如く甘いわ! これは血を吐いたのではないッ……溢れんとした血を強烈にすすり、口から追い出したまでのコト――!」


「い、一緒ではないでしょうか……? と、とにかく、ハンカチを……」


「フンッ、不要だ。俺は暗殺者、血には慣れている……それに汚してしまっては申し訳ないので、あまり近寄らないように」


 吐いた血は悪逆なまでに純白なドレスにかからないよう、かろうじて顔をらして別のところに吐いたし。

 ああでも、床を汚してしまったな。今度からエチケッ吐血トけつ袋を用意すべきかもしれない。暗殺者マナーについても真剣に考える、国一番の暗殺者です。


 それにしても、恐ろしい自動防御魔法である。なるほど国一番の暗殺者である俺ですら、抱きしめられるほどの接近戦を強いられれば、抵抗の術もないのか。



 全く、悪逆だ、忘れることなど不可能なほど。

 ―――悪逆に柔らかであったぞ―――!!



「……くっ、まずい、また血を吹きそうだ……おのれ、何たる恐ろしい自動防御魔法……俺はコレを、攻略できるのか……!?」


「ええと、それでは……あっ、食事を終わらせないと……でも、毒が……本当に大丈夫なのですけれど、暗殺者さまは……気になってしまいますか?」


「……ふう、良し、少し落ち着いた。毒の心配なら、もう無用だ。先ほど短刀を突き立てた時、毒を〝殺した〟からな。……まあ俺としては毒自体ではなく、〝毒を入れたという事実〟のほうが、よほど気に食わんのだが……ブツブツ」


「えっ……そ、そうなのですか? すごいですっ……あ、毒の心配がないのなら……暗殺者さまも、ご一緒してくださいませんか? わたくし、食材を生産してくださる方や、料理人さんのことを考えると、残してはいけないと思い頑張ってはいるのですけれど……あんまり多すぎて、いつも辛いのです。暗殺者さまが手伝ってくださると、助かりますし……その」


「む。フンッ……勘違いするな、俺はあくまで暗殺者、そして王女はターゲット……助ける義理など、ありはしない―――」


「いつも、一人で食べているので……誰かと一緒に、食べられるなら……すごく、嬉しいのですけれど……」


「―――が、そういえば先ほど血を失ったし、補給が必要かもしれない。それにせっかくの土産のケーキも、満腹で無理をして食べるのでは美味しくないかもしれぬ……俺はミッション達成率120%越えの、即ち完璧を越えた暗殺者。デザートまで美味しく頂かせてみせようぞ……!」


「えっ……それでは、暗殺者さまっ」


「ああ、ご一緒させて頂こう……120%越えでな!」


「っ。は……はいっ、ありがとうございますっ♡」


〝120%越え〟の意味は、正直、自分でも意味が分からなくなってきたが。


 何はともあれ、同じ食卓につくターゲットたる悪逆王女の、暖かな陽射しの如き微笑みを受けて。


 ミッション達成率120%越えの暗殺者は、確信する。



 どうやら今日も俺は、彼女を殺せないようだ―――………。


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