第4話 《灰かぶりの悪逆王女》の、理由とは

「…………ほう」


 国一番の暗殺者たる俺の口から、思わず漏れ出た声は、感嘆のため息。


 今まさに、刺客の凶刃にさらされていたはずの悪逆王女には、傷一つなく。


 離れの塔の最上階にある、月明かりに照らされた寝室は――まるで吹雪でも通りすがったかのような、白銀の世界と化し。


 それをした張本人たる王女に――天井まで届いたであろう冷気の残滓ざんしが、粉雪のようにパラパラと降りかかる。



 なるほど、これが―――《灰かぶりの悪逆王女》と呼ばれる所以か―――



(フッ、言われてみれば確かに、この光景はようにも……な。そんな異名をつけた奴は目がどうかしているのではないか。どう見ても銀雪の世界に舞い降りし女神が祈りを捧げている美しい光景にしか―――ターゲットに対して何を考えている悔い改めろ俺ェ!)


 隠し持っていた仕事道具のクナイで、俺は自分の太股を刺した。危なかった。国一番の暗殺者である俺でも無ければ即死だったかもしれない。


 ちなみに刺客は、襲い掛かった際の姿勢で氷漬けにされている。両手を振りかぶって足をかっぴろげて白目を剥いていた。人間、こうはなりたくないものだな。


 ……だが、そんなどうでも良いことよりも、肝心の悪逆王女は。


「……ごめんなさい、ごめんなさい……わたくしの、せいで……」


(フンッ、己の命を狙った暗殺者の方を案じるなど、何と甘ったるい………即ちとろけるような甘美かんびであるぞーーーっ! 控えめに言っても聖女ッ……おのれ、何たる悪逆な優しさ! クソっ何を考えているのだ俺は!)


 色々考えることはあるけれど、今日も俺は絶好調です。


 おっと、そんなことより、いつまでも沈んだ顔をさせてはいられない……いやターゲットが消沈しょうちんしているなど張り合いが無いというだけで、決してその心情をおもんばかっている訳ではないが、とにかく。


 俺は右手で短刀を抜き放ち―――氷漬けになっている男に、一閃。


「―――フンッ」


「……ギャッ。え、あ……お、おお、お……?」


 氷を〝殺した〟―――それによって解放された男が目を白黒させている。さて、一応コイツにも、釘を刺しておくか。


「……オイ、王女は俺の獲物だ、もう二度と――」


「ヒッ……ヒイイイッ!? ば、バケモノっ……灰かぶりの、悪逆王女はッ……と、とんでもねぇバケモノじゃねぇか! うわあああっ!!」


(……釘を刺す必要もないか。他者の命を狙った分際が、何とも情けない逃げ姿。重ね重ね、はなりなくないものだな)


 尻尾を巻いて逃げる男を、唾棄だきしつつ見送り――俺は、どことなく落ち込んでいる様子の王女に声をかけることにした。


「……ごめんなさ……」


「王女よ、怪我などないか? 俺の獲物の安否を確認する国一番の暗殺者である俺です」


「えっ? ……あ、暗殺者さま……今のを見ても、わたくしに声をかけて……近づいて、くださるのですか?」


「? 当然だ、俺は―――………あっそうそう暗殺者で、そして王女はそのターゲットなのだからな! その命、常に俺の刃の上にあると知れい!」


「ッ。……暗殺者さま……っ、ありがとう、ございますっ……」


「ええーい礼を言われる意味が全く分からん! おのれぇ~涙ながらに微笑むなぁ~~~動悸が昂る謎の病にさいなまれるであろうがぁ~~~~ッ!!」


 恐ろしい、何たる悪逆、国一番の暗殺者をこうも容易たやす呪殺じゅさつしようとは……あっそうか呪いなのかコレ、に落ちたな! フフッ!


 と、新たな解釈に納得しようとする俺に、悪逆なる王女は小鳥がさえずるような美声で説明を始めた。


「あの、わたくしなら、平気です……生まれつき、でしたから。わたくしに対して〝害意〟や〝悪意〟を持って近づいた方は……私の魔力が、自動的に反応して……あのようにして、相手を氷漬けにしてしまうのです……」


「ふーん。……魔法か。恒常的パッシブに発動するとは、便利だな」


「そう、なのでしょうか? ……でも……」


 いまだ晴れぬ表情のまま、悪逆王女が口にしたのは、次のような発言だった。



「わたくしが、初めて氷漬けにしたのは―――実の父だったそうです」


「……………そうか」



 女王制の国家たるマギア国だ、色々あるのだろう――特段、言うことなどない。

 ただ、彼女が《灰かぶりの悪逆王女》などと呼ばれる理由も、何となく腑に落ちた。なるほど、他者から狙われるたびにあれほどの力を発揮すれば、恐れられてもおかしくないだろう。


 とはいえ、ターゲットが暗い顔をして落ち込んでいるからといって、暗殺者である俺が気にする意味など一切ありはしない。


 ―――なので王女の心情を慮るとかでは決してなくて、暗い話題かららそうとしているとかそういう意図は全くなくて、本当に全然これっぽちもそんなんじゃなくって、俺はただ沸き起こった自分の好奇心のために、彼女に尋ねることにした。


「ム? ところで〝悪意〟や〝害意〟を持って近づけば、自動的に反応するというが……俺はこうして近づいても、発動しないな? 誠心誠意、王女の命を心の底から狙う暗殺者なのだが……」


「あ……そういえば、そうですね? どうしてなのでしょう……?」


「フム。……興味が湧いたぞ、クククッ……」


 恐るべき暗殺微笑(自分で考えて何だが、なんだそれ)を浮かべつつ、俺は短刀の刃を王女の喉首に突き付け―――ると怖がらせてしまうかもしれないし可哀想なので、左手で彼女の顎先に指を当て、強制的にこちらを向かせた。


「―――きゃ? ……きゃ、きゃぅ……あ、暗殺者さまっ? な、なにを……」


「ククク……どうだ、恐ろしいであろう。己の命を狙う暗殺者に、半強制的に行動を強要されるのは……国一番の暗殺者であるこの俺の、殺意むき出しの眼光を浴び、恐怖に顔を歪めるが良いわ――!」


「そ、そんなっ、だめですっ……そのような、優しい瞳で見つめられては、ミルフェは困ってしまいます……っ」


「ククク、どうやら恐怖に混乱して、状況を正確に認識できなくなっている様子……フーッ、俺の溢れる暗殺者の才能が怖いな。さて、と。…………」


「………は、はうぅ………」


 。……、である。

 結果、、俺とターゲットだが。


 王女は、先に言っていた通り男慣れしていないのだろうか、緊張気味に忙しなく視線を動かし……しばらくして観念したように、うるんだ瞳でこちらを見つめてくる。


 なめらかな陶器のような白肌に、ほんのりと朱の差した頬が、いかにもいじらしく。


 永劫とも思える長きに感じる時間。

(※体感24時間、実質3秒。国一番の暗殺者だからこそ成し得た、時間の凝縮であろう)


 王女と見つめ合っていた俺は―――次の瞬間。


「――――グフッ」


「えっ……あ、暗殺者さま、大丈夫ですか!? と、突然の吐血をっ……」


「クッ、なるほど……これが王女の自動防御魔法というコトか! 動悸もいつも以上に激しいし、もはや立っていられぬほど足が震えるッ……国一番の暗殺者たる俺を、ここまで追い詰めるとはッ……恐るべき魔力!」


「そ、そうなの……でしょうか? このような症状が出る魔法、今まで無かったのですけれど……氷漬けにするばかりでしたし」


「フッ、自動防御は無自覚に発動するモノ、わかるまい……が、しかし! だからとて安心するな、王女よ――俺は最高の暗殺者。自らの敵意や害意、殺意すらも〝殺し〟て、次こそはその命に迫ってくれよう――!」


 誇り高き暗殺者として、ターゲットに言い放った俺に――悪逆王女の見せた反応とは!



「! では、暗殺者さまっ……いらしてくださるのですねっ♡」


「安心すんなって言ったのにンモォ~~~ッ! もう今日は帰るからな! 次こそは必ずやミッション達成するからな! 覚えてろ~~~!?」


「はいっ、暗殺者さま、おやすみなさ~いっ♪」


「おやすみ! ウワァァァァンッ」



 こうして俺は、《灰かぶりの悪逆王女》を。


 のだった―――………。


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