第3話 ミッション達成率120%越えの、理由とは

 今まさに、悪逆王女と噂されるミルフェ=エラ=マギアが、暗殺者の凶刃を向けられていた。

 否、向けられているのは刃だけではなく、下卑げびた声もである。


「ケッケッケ、噂の悪逆王女がどんな性悪しょうわるかと思いきや、見た目は上玉……どころか、国も傾きそうな超上玉じゃねぇか。楽しい仕事になりそうだぜ♪」


「い、いやっ……だめです、近寄らないでくださいっ……」


「ケケケッ、そう言わず、楽しませてくれよォ……悪逆王女のアンタにとっちゃ、好き勝手に生きてきた人生の最期なんだからよ♪」


 怯える悪逆王女(守ってやりたい)を、舌なめずりしながらねぶるように眺める暗殺者が、心底から愉快そうに声を放ち―――


「ケッケッケ、さあ、噂の悪逆王女サマはどんな声で鳴くん―――」


「おどれボケコラなにさらしとんじゃ殺すぞカス」


「イィーーーヤァーーーーッ!!?」(※暗殺者おじさんの甲高く野太い悲鳴)


「コホン。……ふう、さてと」


 こんばんは、国一番のクールな暗殺者ソウマ=クサナギです。


 さて、ここまで良くぞ忍び込んできた感心なクソカス暗殺者が驚きつつ、俺に対して何やら愉快なモノを突き付けてきました模様。


「なっなななんだテメェ、帰ったんじゃなかったのかよォ! ま、まあイイ……ケッケッケ、おれさまの仕事の邪魔すんなら、テメェから殺して――」


「ほう。何を使って、どのようにして、俺を殺そうというのか。きっと俺など足元にも及ばぬであろう優秀な暗殺者殿に、ご教授いただきたいモノだ」


「あ、ああんっ!? 何を回りくどくほざいて……アレッ。……アレ? 刃がまるっと無くなっちゃってるんですけどォ……ナニコレこわい。あれー?」


 暗殺者が戸惑う通り、その手にあるのは、刃が完全に消失したナイフののみ。

 肝心の刃は、先ほど初めに声をかけた瞬間から――俺の右手の、人差し指と中指の間に挟まっている。



「俺は国一番の暗殺者――ナイフ一本〝殺す〟ことなど容易たやすいコトだ。フンッ」



 大して面白くもなく、指で挟んだ刃を無造作に放り捨てると。

 呆気に取られていた男は、震える口で叫んだ。


「国一番の、暗殺者……? そ、そういや、その黒髪、この辺じゃ見ねぇ顔立ち……ま、まさか……東の果ての島国から来たっつう、裏世界じゃ噂の暗殺者……ミッション達成率150%越えだかってのが意味不明な、ソウマ=クサナギか―――!?」


「120%越えだ。。……ふう、やれやれ……」


 別に裏世界で有名でも大して嬉しくないが、俺がミッション達成率100%に収まらない、その理由を何となく思い出す―――………。



―――――――――★回想★――――――――


『お、親分! 山賊オヤブゥン!! チクショウあの暗殺者とかって野郎、よくも親分を! 許せねぇ、必ず復讐してや―――』


『こんばんは、念のため殺しにきました。ナイフ追加で一丁、ソイッ』


『キィイヤァァーーーーーッ!!? オォーヤビイーーーンッ!!?』

(※山賊おじさんの甲高く野太い悲鳴)


『また、つまらぬ者をってしまった……これでミッション達成率150%くらいかな。よし、帰って寝よう』


『何なのアイツ、マジ何なの!? 怖いよお!!』


――――――――★回想終了★―――――――



 即ち『せっかくだし念のためもう一回、殺しにいっとくか……』という俺のプロ意識が生み出した結果、それが100%越えならぬ120%越えの所以だ。


 ちなみに、この〝死体蹴り〟とも揶揄やゆされることのある姿勢が、何だかんだでターゲットの関係者にも恐怖を伝播でんぱし、復讐とかもされない原因となっている気がする。まあ復讐されたところで、返り討ちにしてやるが。


 さて、そんなこんなで結果的に無力化した、今や暗殺者ならぬ素手の男が――口走ったのは。


「な、なんなんだよっ……テメェまさか、暗殺者のクセに……その悪逆王女を守ろうってのかァ!?」


「………………………………………………」


 沈黙してしまった。あまりにも見当外れなことを言われたものだから、ビックリしてすぐ反応できなかったのだと思う。そうに決まってるし間違いないし。


 という訳で俺は、男の方は特に興味ないしどうでも良いので、プロの暗殺者として王女の方へと自身の動機を供述することにした。



「勘違いするな! 俺は王女を守ろうとした訳ではない! これはその、アレだ、仕事を受けた暗殺者としての矜持きょうじの問題―――即ち! 

〟というコトに他ならない――分かったな!?」



 俺の一寸の隙も無い完璧な理屈に対して。

 悪逆王女が見せた反応は。


「暗殺者さまっ……助けてくださって、ありがとうございますっ♡」


「人の話を聞ッ……ウオッ笑顔が眩しッ。アレッおかしいぞ、深夜のはずなのに太陽が出ているのかな?」


 クソっ、直視できぬッ……何たる悪逆な笑顔ッ!!


 まあそんなこんなで、武器を失ってただの不法侵入者と化した男が、そろりそろりと立ち去ろうとする……が。


「ぁ、そんじゃあっしは、この辺で……ケッケッケ、失礼しやす――」


「オイ。俺の主張は理解したな。分かったなら貴様の依頼主にも伝え、他の暗殺者どもにも伝わるよう手配しておけ。次から他の暗殺者が狙ったなら、俺がそいつを殺しにいくぞ。理解したか」


「ケケケ、かしこまりました。必ずやお伝えすると誓いますケケケ。このケケケは口癖みたいなものなので勘弁してほしいです。許してくださいケケケ」


「フン、まあイイだろう……貴様の命があるのは、王女の寝室を汚い血でけがしたくないからだと理解し、感謝して失せろ。……あっちなみに深い意味はなく、俺の仕事場を汚したくない程度の意味でだな」


「ケケケ、もちろん理解してまッス。余計なこと言わなウィッス。命が惜しいんで。基本、暗殺者とか汚れ仕事してるヤツなんて、自分本位なもんですケケケ」


「その言い分、俺にも刺さるのだが」


 いやまあ、同レベルの暗殺者と思われたくはないのだが、とにかく。

 これで王女は安心という……いや決して助けたとかではないのだが、全然そういうのではないのだが。


 などと、変な思考に囚われていたせいだろうか――迂闊うかつにも、俺は反応が遅れてしまう。



『―――覚悟、悪逆王女ッ! タリャアァァァーッ!』


「!? なっ……しまった、一人ではなかったのか……!?」



 迂闊――充分に可能性として考えられたはずなのに、俺は油断してしまっていた。


(クソっ、何というコトだ、いや決してターゲットの身を案じているワケではなく〝俺の獲物だから〟なのだが! それにしても先ほどから隙を窺うような姑息な連中ばかりっ……ええい、これだから暗殺者というのは卑怯で身勝手で汚らわしい! くそっ俺にも刺さった今の! というかめっちゃ騒ぎまくっている気がするのだが、衛兵とか全然こないな!? 寝てんのか職務怠慢だろ王女を守れ王女を! いやまあ俺の立場からすると来られても困るのだが!)

※最強の暗殺者の思考速度により、この間0.1秒。


 しかし、俺が如何に国一番の暗殺者といえど、距離ばかりはどうしようもなく。


「い、いやっ……ダメです、近寄らないでっ……」


 とうとう悪逆王女に、更なる刺客の刃が届こうとする、直前。



「危険なのですっ――――っ!」



 彼女が放った、その言葉の意味とは――――

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