第2話 悪逆王女の純粋が、国一番の暗殺者の命に迫る――!

 今、俺は厳重なる警備をくぐり抜け、ターゲットたる悪逆王女の部屋に侵入している。さすがは俺、ミッション達成率120%越えの暗殺者だ。


 そんな恐るべき暗殺者の目の前には――ターゲットである悪逆王女・ミルフェ=エラ=マギアが、ニコニコと微笑ほほえみながら紅茶を淹れようとしている。


「~♪ ラン、ラン、ラン……♪」


「………フンッ………」


 己の命に刃がかかり、風前の灯火ともしびだということも知らず、呑気なものだ。

 まだ息をしていられるのは、最強の暗殺者たる俺の気まぐれゆえだということに、気付いてもいないらしい。


 何なら、今すぐミッションを達成してしまっても、構わぬのだぞ――


「―――はいっ、暗殺者さまっ。紅茶をどうぞ♪」


「フンッ―――いただきます」


(※↓最後の『要約』だけ読むのでも大丈夫です↓※)

 まあでもいつでもミッションを達成できるのだから、そんなに焦ることもないっていうか。いやそもそも別に焦ってないし。余裕を持って仕事を成し遂げるのが国一番の暗殺者の矜持きょうじだと思うし。そういう意味でも急いで命を狙うとかアレだし、ガツガツした感じでカッコ悪いし。こういうのは確実に計画を進めていくのがプロ意識だろっていう話で。だからまあこれはあくまで仕事の時間なのだから俺は現在進行形でミッションを遂行しているのだからして。そうこれこそが寸分の隙もない120%越えの理論武装である。

(※↑『要約』つまり殺せない言い訳↑※)


 フッ、最強の暗殺者の恐るべき計画が進行していることも知らず、精々呑気に笑っているが良いわ――


「えっと……いかがでしょうか、暗殺者さま。お口に合えばよろしいのですが……」


「暗殺者が返り討ちになって死ぬほどおいしい」


「まあ……暗殺者ジョークというやつですわね、勉強になりますっ。うふふっ♪」


「フンッ、呑気に笑うんじゃあないっ……動悸どうきが激しくなって心臓が飛び出しそうになるであろうがァァァ!」


 思わず胸を押さえ、うずくまる暗殺者に――ターゲットたる悪逆王女が無防備に駆け寄ってきて、心配そうに声をかけてくる。


「だ、大丈夫ですかっ、暗殺者さまっ……例の、という……?」


「っ。ああ、そうだとも……全く、厄介なだ……」


 そう、俺をむしばむ、この病……永遠とも思えるほどのにわたり、俺を苦しめてきた、コレは。


5前……王女を暗殺すべく、ここへ忍び込んだ瞬間から、発症したモノ……そう、間違いなくコレは……突発性の心臓病!!」


「! なっ……なんて恐ろしいっ。可哀想な暗殺者さま……」


「フッ……ターゲットに心配されるとはな……滑稽だと笑われた方が、いくばくか気も楽だぞ……」


 全く、怒りでどうにかなりそうだ……具体的には王女のつぶらな薄紅の瞳で心配そうに見つめられて、心臓が更に早くドキドキして死にそうだ。


 そんな窮地の暗殺者に、悪逆たる王女は、更に―――!


「暗殺者さま……よし、よし、です……これで少しでも、楽になれば良いのですけれど……」


「フンッ、白絹のようなうるわしい手で俺の背中をさするでないわッ―――心臓が破滅の輪舞ロンドを奏でて爆散するぞォォォ!!」


「そ、そんなっ!? いけません、そんなの……わ、わたくしに出来ることがあれば、何でもっ……ええと、ええとぉ……」


「チイッ、何もするな! ええいっ、何もするな! やめろ、もうやめろよ! 絶対だかんな、俺は恐るべき暗殺者だぞ! やったら命が危ういぞ!(俺の)」


 されど命を狙う暗殺者の言うことを、ターゲットが聞くものか―――悪逆たる王女は意を決したように自身の両手をグッと握り(かわいい)、俺にトドメを刺すべく飛び掛かってきて――!



「え―――えいっ! 暗殺者さまの心臓がバラバラになってしまわぬよう、押さえちゃいますっ……ぎゅ、ぎゅう~~~っ♡」


「やめてください死んでしまいます」


「ぎゅう♡ ……はう、殿方とこんなに近づいたことなんて、一度もないので……ちょっと、恥ずかしいです……あれ? あの、暗殺者さま―――」


「グッ―――グワアアアアアッ! この、この最強の暗殺者が、こうも簡単に撃退されるとはッ……バカな、そんなバカなぁぁぁぁぁ!!」


「あ、暗殺者さまーーーっ!?」



 もんどり打って倒れる俺に、何とも悪逆な恐るべき攻撃を繰り出してきた王女が、心配そうな悲鳴を上げる。



 ……そう、5日前に王女の寝所に潜入し、彼女と出会ってから、俺はこうして撃退され続ける毎日なのだ。毎日、だ。おのれ、何とも忌々いまいましい。


 そう、彼女――悪逆王女・ミルフェ=エラ=マギアは、出会った瞬間から全く変わらない。

 上等なシルクのような銀色の長髪、月明かりに照らされて煌めく珠の肌。


 赤い瞳で生まれたるは凶兆の証――だが魔力を高く持って生まれた者は、瞳に特徴が出るとも聞くのだが、その辺はどうなのだろう。何にせよ、真紅というより薄紅の瞳は、常にうれいを帯びたような眼差しだ。


 全く、国一番の暗殺者でもなければ〝守ってやりたい〟などと問答無用で思わせるような、傾国けいこくどころか世界をも傾けかねない美貌だ―――国一番の暗殺者でもなければな!(←重要)



 ……さて、ようやく動悸が落ち着いてきたところで、俺は小鹿のように震える脚で毅然として立ち上がり、王女に背を向けつつ告げた。


「フンッ、今日のところは、この辺にしておいてやる―――運が良かったな、悪逆王女よ。だがその命、長くは続かぬと知るが良い―――」


「っ! ……あ、あのっ!」


「フッ……恐ろしいか、悪逆王女よ! そうであろう、そのはずだ! このミッション達成率120%越えの暗殺者の刃に怯え、震えて眠れ――」


 最強の暗殺者の威厳たっぷりに告げる、この俺、ソウマ=クサナギに。


 悪逆たる王女は、不安そうな眼差しを隠そうともせず、震える声で言った。



「また……会いにきて、くださいますか……?」


「――――――――――――」



 一瞬、俺が幼い頃に亡くなった祖国の祖母と、綺麗な河原で再会した気もするが。

 ギリギリすんでの所でどうにか意識を繋ぎ止め大きくよろめくだけで済んだ――そんな俺は、鋭く尖った刃の如き、冷酷な声音で返す。


「フンッ……勘違いするな王女よ。我々はあくまでも、暗殺者とそのターゲット。決して相容れるコトなどない関係なのだぞ」


「あ……そ、そう、ですわよね……はい……わかって、おります……」


 しゅん、とうなだれ、消沈する王女――そうそうコレですよコレ、暗殺者と標的の関係とはこういうこと!


 もはや完全に調子を取り戻した俺は、トドメのように悪逆王女へと告げる――!



「覚悟しろ、悪逆王女よ―――次はお土産を持参して訪れるぞ―――!」


「! はっ……はい、暗殺者さまっ! ミルフェ、心待ちにしておりますっ♪」


「俺は一体、何を言っているのだーーーっ! チックショーーーッ!!」


「また来てくださいませ~っ。お待ちしておりますから~~~っ」



 そうして、俺が立ち去った……直後、姫はぽつり、小声で。


「……本当に、お待ちしています……暗殺者さま……」


(おっおのれーーーっ聞こえているぞ、このぉ~~~っ健気さまでかもしおってぇ~~~何と悪逆なる策謀~~~っ)


 最強の暗殺者イヤーは遠く離れた場所に落ちた小銭の音すら鮮明に拾う。セコイとか言うな。


 ……が、更に直後、聞こえてきた声は。



『……ケッケッケ、ようやく一人になったみてェだなァ……王女サマよォ?』


『えっ……きゃっ!? あ、あなたは、一体……?』



 どうやら、ターゲットたる悪逆王女に危機が迫っているようだが――フンッ、俺に助けに行く義理など、一切ないのだからな!

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