第15話 幸せの果実

 その後、誠は猪熊に会うと、目を合わせることはできないが、鼻の下に目線を落とし、微笑み、最低限の礼を尽くした。

 猪熊の反応は、不快感を露わにし、「気持ち悪い」と言って嫌な顔をした。

 誠は怒りを感じたが、綾香の温かい見守りのもと、彼女の言葉に従い、仲間意識を持ち続け、礼儀正しく振る舞う努力を続けた。その結果、徐々に彼らとの軋轢が改善していった。


 猪熊は多くの人に諭され、反発しながらも徐々に自分の破滅的行動に気づいていった。


 誠と仲間たちは、猪熊たちと共に、漬物切りの作業を協力して行った。例外は「のぶゆん」で、彼に作業を勧めないのが暗黙の了解だった。悠作はこの一件でポジティブになり、仲間との関わりを深めた。


 誠が漬物切りの作業を進めると、支援員たちは別のテーブルに移った。彼らは時々、遠くから様子を見ていた。そこでは、新聞紙を敷いたテーブルで漬物切りの材料を使って作業していた。


 新入りの仲間たちには漬物切りの手順を説明した。誠はすべての作業内容を知っているわけではなく、分からない時は光ちゃんや綾香に助けを求めた。「この葉、腐っているけど、どうしたらいい?」「これも、脇に除いた方がいいかな?」と尋ねると、彼らは「使ってしまえば」と答えた。誠は「そうね、ありがとう、そうするよ」と返事をし、分かることは新入りに説明し、分からないことは経験豊富な仲間に聞きながら作業を進めた。


 作業のやり方を説明するうちに、誠は仲間たちの動きに余裕で対応できるようになり、不安が減り安心感が生まれ、作業を安定して進められるようになった。


 猪熊は敵対心をあらわにしてじっと見つめていた。やがて、作業の説明が不要になり、より広範囲な仕事の連携、例えば「声のかけ方」の作法に及ぶようになった。


 作業所の皆は収穫の時を迎えた。激動の日々の後、誠と仲間たちは「ハトさん」のキッチンで、たわわに実った幸せの果実を収穫した。皆は笑顔で果実を食べ、猪熊たちもその幸せにありついた。


 綾香が誠のところに来て、「よかったね」と言った。彼女は「猪熊さんは若くして父親を亡くしたの。私の想像だけど、お母さんを守るためにあんな風になったのよ」と語った。誠は「本当は、いい奴なのかもしれない」と思い、綾香は微笑んだ。


 その日、作業所「おとめさん」の皆は幸せなひと時を満喫した。果実を食べ終えると、テーブルの上の食べカスを片付けて、元の作業場に戻った。


 結局、誠はボスキャラにはなれず、癒しキャラにもなれたかどうかもわからない。


 作業を終えた後、誠はリサを呼び、「おお、リサ、帰ろう」と言った。

 「あい!」とリサは応え、誠は彼女を車に乗せて出発した。


 光と悠作はすでに家に帰っていたが、綾香に夢中の猪熊は、彼女に厳しいお灸をすえられ、渋々ながらも彼女と一緒に二人を見送った。

 猪熊は誠とリサを恨めしそうに見つめていたが、この一件で、かつて強大だと思っていた彼が少し小さく見えた。

 帰り道、誠は薄暗い空を見上げた。雲が切れ、太陽の光が差し込んできた。

 「眩しい」と彼はつぶやいた。

 夏が終わり、山は紅葉で一面を飾り、誠とリサは秋の訪れを感じた。

 二人はその季節を一直線に駆け抜けていった。


 確かに、彼らを待っているのは冬の道だが、力を合わせれば乗り越えられるだろう。誠には未来がどうなるかわからないが、冬のトンネルの向こうには、まだ見ぬ新時代が待っていると信じていた。

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