第14話 猪熊の復帰
誠は寂しさを感じていた。かつて猪熊がいた時の高揚感が、現在の作業所「ハトさん」にはなく、それが不満の原因だった。その不満を抱えつつ、誠は少し孤独を感じ、軽い鬱状態になりながら「ハトさん」で日々を過ごしていた。ある日、彼は作業所の近くの公園で屋根付きのベンチに座り、上を見上げるとドングリが実っているのを見た。誠はこれからのことを考えながらぼんやりとしていた。
その時、ポケットに手を突っ込み、背中を丸めて寂しそうに歩いている猪熊を見つけた。猪熊も誠に気づいたようだった。誠は手招きして猪熊を呼び寄せた。猪熊は肩を怒らせながら誠のもとへやって来た。
「おう、誠!」
「猪熊」
誠は猪熊にまだ力が残っているのを見て安心した。
「猪熊、ハトに来ないか……」
猪熊は誠の真意が分からなかったが、誠への復讐の機会を得て目を輝かせた。
「おっ、行くぞ、行くぞ、行くってばよ」
猪熊は大喜びでその申し出を受けた。作業所「ハトさん」に来ると、早速昔の仲間を集めて誠の仲間たちを脅かし始めた。誠の意図はそこにあった。
猪熊を悪役に仕立て上げ、かつての高揚感を取り戻すことが狙いだった。しかし、誠の仲間たちは猪熊の出現に恐怖し、誠のもとに集まってきた。仲間たちは皆、物言いたげな様子だった。
「みんなの気持ちは分かる、少し辛抱してくれ」
「嫌だ」
そんな光ちゃんの声もあったが、「誠が言うなら」と言うリサの一声で仲間たちは猪熊を受け入れることになった。でも、怖いのは猪熊も同じだった。猪熊も誠もリサも光ちゃんもその他大勢の人たちはお互いに震え始めた。
誠は思った。
……この震えがたまらん……
誠とその仲間たちは休憩時間にこの震えから逃れるために面白い話をしたりカードゲームに興じたりして恐怖から目をそらして過ごしていた。誠は思った。
……おっ、活性化しているぞ……
でも時々、猪熊の嫌がらせや破壊工作をしていることに誠の仲間たちの不満は高まっていった。誠は対応に苦慮していた。すると綾香が見かねて誠に声をかけた。
「あなたが猪熊を受け入れた選択を支持します……」
「?」
誠は綾香の話を怪しんだ。綾香は続けた。
「あなたは誰も見捨てない、強い心の持ち主だから…」
誠は思った。
……そういうわけではないんだけど……
綾香は普段の愛くるしい姿に戻って笑顔で誠に提案してきた。
「猪熊さんと誠さんの争いは意見の違いからなんでしょう……」
誠は不思議そうに思いながら綾香の言葉を聞いた。
……第三者から見るとそう見えるのか……
困惑している誠には考えられない発想だった。綾香は言う。
「相手と意見が食い違う時は敵意をむき出しにせず、相手を敬愛している気持ちを言葉にも行動にも表すように努めることが大切です」
誠は反発する。
……そんな馬鹿な……
誠は今まで相容れない相手は罰して導くことが大切だと考えていたから容易にその話を受け入れることができなかった。でも誠は綾香の話について考えた。いつも優しい綾香のことだから自分には分からない真実があるのだろうと思い直した。
そう思ったのは現実的に猪熊の抵抗に打つ手がもうなかったからかもしれない。
それは秋が来て植物が大きな実を実らせて次の世代に繋げるために必死な季節でもあるこの頃である……。
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