第13話 猪熊の断末魔

 戦いが一段落して、彼らは、猪熊を見ていた。 

 猪熊は、この場を一刻も早く立ち去ろうとしたが、腰を、抜かしてしまい、キョロキョロと、床にはいずりまわって、辺りを見まわすしか出来なかった。

 「マコたん、こいつ……」

 のぶゆんは、汚いものでも見る様に、猪熊を蔑んだ目で、見降ろしている。


 誠は、のぶゆんに言った……。

 「ほっとけ」

 すると、のぶゆんは、猪熊に、プロレスの技を掛け、床にヒザマ付かせた。

 猪熊悲痛な声を上げる。

 「おゆるしおー」

 猪熊は、恐怖のあまり、鼻水を垂れ流しながら、泣いて、許しを請うた……。

 誠は、猪熊を、哀れに思った。

 誠のそんな気も知らず、のぶゆんは、猪熊の頭を、拳で、小突く……。

 「ゴツゴツ」

 すると、猪熊の恐怖は、頂点に達する。

 そんな様子を見ていた、みんなは、猪熊の没落に、「いい気味だ」と、興奮した。


 すると、皆の中の数人が、猪熊から受けた、日頃の恨みを、のぶゆんのように、晴らしたいと思って猪熊への敵意をあらわにした。

 いったん、流れ出した、その流れは、誰も止めることは、出来なかった。

誠は、そろそろ、潮時と思い、引き上げの頃合いをうかがい始めた。

 「その辺で、止めたら……」

 誠は、のぶゆんに言った。

 「ん」

 のぶゆんの反応が、良くない……。

 誠は、それに、腹を立て、キットっと睨んで一言……。

 「止めろ」

 のぶゆんは、つまらなそうに一言……。

 「ちぇっ」

 のぶゆんは、猪熊を、いたぶるのを止めた。

 そこで、誠は、長い夢から覚めた。


 誠は、気づいた。

……そうかアイツがいたか……

 誠は、早速、のぶゆんに、携帯をつないだ。

 誠は、のぶゆんと夜が更けるまで話をしていた。


 翌日、作業所「ハトさん」に、のぶゆんがやってきた。

 光ちゃんは、屈強なのぶゆんを見て感嘆の吐息を漏らした。

 「凄いぞ、のぶゆんさん」

 光ちゃんが、目を輝かせている。

 リサが、そんな様子を見て、にっこり笑う……。

 「マコたん、こんな凄い人が、友達なんだね……」

 「まあね」

 悠作は、彼に興味を示し、誠の顔の広さに驚いていた。

 のぶゆんは、誠と、誠の仲間達に歓迎されて大喜びだった。

 「オス」

 それは、口数の少ない、のぶゆんの喜び方だった。

 実際においても、のぶゆんの働きは、夢の中と同じで、猪熊の我がままを、抑えることが出来た。

 綾香は、のぶゆんを陰から見ていて、そのささくれた分厚い手に感心していた。

 悠作が言った。

 「のぶゆんさんは、あんまり喋らない人なんですね」

 光ちゃんが一言言った。

 「うん、でも、カッコいい」

 そう、言って光ちゃんは、何度も、頷く……。

 リサが、言った。

 「そうね、のぶゆんさんは、ここの用心棒が、いいんじゃないかしら……」

 すると一同は「ははは」と、笑いあった。

 そこに、のぶゆんの笑顔があった。

 のぶゆんは、余り喋らないが、誠の仲間たちは、そんなのぶゆんを、好意的に受け入れている。

 そんな、様子を、誠は、嬉しそうに見ていた。


 のぶゆんが、過去に、堪えていた堪忍の緒が切れて、辺り一帯を、彼と一緒に、修羅場にした事を思い出した。

 のぶゆんには、長所が、欠点に変わる怖さがある。

 あれから、のぶゆんは、変わったのだろうか? そして、あれから、私は、変われたのだろうか? ……


 そこで、誠は、のぶゆんの所に行って、彼に申し出をする。

 「どう、ここに通ってみる?」

 すると、のぶゆんは、『うん』と、頷いて、その申し出を、受けた。それから、のぶゆんが、利用を申し込んで、入って来るのに時間はかからなかった。


 今は、体験利用の期間を過ごしている……。

 そんな、のぶゆんは、自分の居場所が、見つかって、楽しそうにしている。

 誠がのぶゆんに言った。

 「のぶゆん、みんなのところに来ないか? ……」

 誠は、のぶゆんに、ほほ笑むと、のぶゆんを連れて、悠作や、光ちゃん、リサに綾香達のところに行って、お喋りを始めると、一緒に楽しそうに笑いあった。

 それから、何事も起こらず、平穏な毎日が続いた。


 一方、猪熊は、自分の価値が、低くなったことが、受け入れられず、誠を、懲らしめようとしても、一向にその見通しが立てられなくて、人知れず悔し涙を流して、周りの人達を恨んでいた。

 誠がそんな、猪熊を見たのが、その時が最後で、それ以来、誰も猪熊を、見ることは無かった。

 いつの事だったか、誰かが、「猪熊は、退所したんって」と誠に話した人がいた。

誠は、「そうか」と、天を仰いで呟いた。

 





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