第4話 誠の転進

 そんなある日、博学な悠作が、誠が、心を入れ替えた事を、感じて一冊の本を貸した。

 「マコたん、この本読んでみる?」

 「いいの?」

 その本は、機能的な記録の付け方であった。

 誠は、その本を元に、他の人達の優れた点を記録して、その点に関連する本を漁って、その事について研究して、自分の行動に、取り入れようと考えた。

 その事をリサに伝えると、リサは憤慨した。

 「思いついたら一直線、初志貫徹しなきゃダメじゃない」

 「……」

 誠は言った。

 「可能性のないことにエネルキーを、つぎ込むわけには、いかない」

 リサはハッとした。

……そんな事を言った、人が、いたっけ、その人は、私に、そんなに強くなくたって、いいじゃないって……

 リサは、ガクッとうなだれて、「いつでも良いから、困った時は、相談に乗るから話して……」

 誠は、「うん」と、寂しそうに一つ頷いた。


 その頃、綾香は、支援員さん達から、誠達の極秘情報を、入手していた。

 それによると、小川リサは、猪突猛進な頑固者で周りとトラブルを起こす、トラブルメイカー……

 鍋島悠作は、有名大学を中退、学はあるが行動力が無い…。

 光ちゃんは、事なかれ主義で、人畜無害……。

 所が、平野誠は、プチ・リーダーシップはあるが、極度の秘密主義で、どのくらいの力があるかは、こちらからは、はっきり読み取れない……悪い事を一杯しているが、その都度、上手く切り抜けている。

 そのレポートには、そんな彼らの情報が記されていた。

 綾香は思った。

……この「誠」って人に、ちょっと、興味を感じるわぁ……食事に誘ってみようかしら? へへっ……

 さて、困った、誠が目指した、ボス・キャラから、性格が違う、癒しキャラに、鞍替えすることは、そう簡単な、事ではなかった。

 我が身を振り返ってみると、自分のコミュニケーションには、難があるのは分かっている。

 

 そこで、記録の付け方の本を、「悠作」から借りたので、試しにそれを使って、コミュニケーションの能力をアップさせることについて、記録を付けながら実地を通して、学ぼうと考えた。

 

 そこで、白羽の矢が立ったのは、施設長の坂井さんの話し上手な様子だった。

 誠は、早速、ランダムに、施設長の坂井さんの素敵な仕草について、思った事を、メモやノートに記録し始めた。

 そんな様子を光ちゃんは、拒絶反応を起こして見ていた。

 光ちゃんは、誠に言う……。

 「そんな、簡単に、性格なんて変えられない……」

 光ちゃんは、知っている。

……そんな記録を付けたって、それを、生かすことなんて出来る筈がない、それは無駄だ……

 光ちゃんは、そんな事をする誠をバカにしていた。

 誠は、そんなことは、お構いなく、簡単な記録を付けて、分析する事を繰り返した。

 まず、誠が、最初に気が付いたのは、話を最後まで聞き、途中で話の腰を折らないこと……

 頷きながら、「うん、うん」や「うん~」と、頷きながら、相槌を、打って、相手の話したい気持ちを引き出すこと……。それらは、昔から言われていた事なので、簡単に、納得する事が出来た。

 しかし、ここからが難しかった。これだけでは、会話が続かないからだ……。

 誠は、施設長の坂井さんの素敵なところは、分かるのだが、どういう仕組みなのか? 分からず、自分の中に、上手に取り入れる事ができず、袋小路に入っていた。


 そんなある日、誠は、悠作に声を掛けた。

 「悠作、聞いて欲しい……」

 悠作は、こっちを見て、にっこり笑った。

 今日の悠作は、珍しく落ち着いているので、誠は、安心して隣に座った。誠は、悠作に、早速、コミュニケーションについての考えを求めた。

 「悠作、話し上手になるには、どうすればいいんだろうか?」

 「?」

 悠作は、一つ首を傾げた。

 「話し上手になるには、意識をもって経験を積むしかないよ……」

 「!」

 誠は、「この手のやり方に、王道はないんだな」と、思い、悠作の指摘を受けて無い知恵を、集めて自分で、正解を導くべく考えを練った。

 その頃、会話の本を読んでいて、共感の言葉、「ホントだね」「分かる」「確かに」という言葉を使うと良い事を、知った。

 更に、「凄い」とか「嬉しい」という感動する相槌も、あることも……。

 しかし、頭の悪い誠は、それらを上手く取り入れることが、中々出来なかった。

 そこで、更に、施設長の坂井さんの素敵な会話の進め方を、取り入れ様と、観察をする事を続けた。


 やがて、少しずつ分かってきた。

 「うん、うん」や、「うん~」と頷いたり、「~ですね」と、オーム返しをしたり、「そうね」、「そうなんですね」と相槌をうって、相手の話を、しっかり受け止めている事に、気付いた。誠は、話し上手の良い点を素早くメモした。


 そこで、誠は、これらを使える様にする為に、光ちゃんと話して、経験を積むことにした。光ちゃんに白羽の矢を立てたのは、話し好きで多少迷惑をかけても、許してくれそうな人なつこさが、彼にあったからだ。


 そんな、ある日、誠は、作業室のテーブルに座っている、光ちゃんに話しかけた。

 「今日の、漬け物切りの作業はどうだった?」

 「うん、大変だった」

 「うん、うん」

 誠は光ちゃんに、うなずきながら言った。

 「そうね」

 「……」

 誠は思った。

……ミスった・・・・・

 誠は光ちゃんと話しながら、会話がしっくりこないのが、不満だった。


 何度かやってみて、共感の相槌である「ホントだね」や「分かる」や「確かに」と、言う、フレーズを取り入れて話したが、思った様にいかなかった……。

 そこで、誠は、会話のことについての本を読んだ。

 「会話は、気持ちと気持ちの交流だ」と書いてあった。

 誠は、そうなんだと思い、感情を伝える相槌である、、「良かったんじゃない」、とか「嬉しかったんじゃない」という言葉を、意識して使おうと考えた。

 でも、どうしても、最後の壁を超えることが出来なかった。

 結構、良いところまで来ているんだが、合格点まで至らなかった。誠は、合格点にいかないことに困惑して、自分は、価値のない人間のように思えた。

……私は、ダメな人間なのか? ……

 誠は、また、袋小路に陥ってしまった。

 それは、若葉の生い茂る、初夏を迎えた、ある、暑い日のことだった。





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