第2話 転入生

 綾香は、そこで、最近、支援員さんから聞き出した、『作業所ハトさん』のニュースを、仲間たちに言った。

 「そういえば、今日、新しい利用者が、入ってくるんだそうです」

 「そうなんだよ」

 悠作が答えた。

 綾香は、体をモジモジさせながらコメントする。

 「いい人だといいわね」

 「うん、うん」

 誠は、綾香の意見に賛同した。すると、カクカク動いている光ちゃんに、仲間たちの視線が集まった。

 「そうだね」

 光ちゃんは、それだけ、仲間たちに言って、黙り込んだ。

 仲間たちの輪は、その後、自然に消滅した。


 やがて、朝の9時45分になると、支援さん達が、事務所を出て休息室にやってきた。

 利用者の人たちも、それをみて、休息室に、集まると、朝のミーティングが始まった。

 みんな、心に傷を持った利用者たちだ……。

 このミーティングをしている休息室には、ベッドが3台、ソファーが2台あって、   部屋の中央には、大きな長方形の短足の家具調テ―ブルが収まる、大きな部屋である。


 「お早うございます」

 支援員さんの有希さんが、利用者の皆さんに声をかけた。すると、利用者の皆は、元気な声で、「お早うございます」と、返事をした。

 その後、利用者のみなさん一人ひとりに、今日の自分の体調を、「下痢、発熱、嘔吐」が、ないかという、クローズの様子と、オープンな体調の様子「眠れなかった」とか「具合が悪い」とか「体調は、バッチリ」などと話して、姿や声の様子から、支援員さん達は、利用者のみんなの体調を確認した。

 それが終わると、作業の内容の簡単な説明を受ける。

 説明が終わると、作業所の関連の話をする。カラオケ会や、食事会などの日程や、「ハトさん」を訪れる人達の話が、出ることが多い。


 今日は、朝からじっと座っている、新入りの可愛い女性のことについて、施設長の  坂井さんから、利用者の皆に、彼女の紹介が始まった。

 施設長の坂井さんは、彼女を見て微笑む……。

 「この人は、小川リサさんです」

 利用者のみんなは、リサに注目した。

 リサは、ふっくらしている体付きに、フードのついたパーカを着て、膝下15センチの赤と黒のチェックの柄のスカートを履いている。

 リサは、口を開いた。

 「初めまして、私は、小川リサです、リサポンと呼んでください、好きな事は、絵を描くことと、誰かを応援することです」

 「おお」

 利用者のみんなは、リサさんを好意的に受け入れた。

 「僕、光です、光ちゃんと、呼んで下さい」

 唐突な物言いだったが、リサは終始微笑みを、絶やさなかった。

 支援員の有希さんが、それを、見届けると、「じゃあ、朝の体操を始めましょう」

 そう言って、支援員さんは、「広がれー」と、言うジェズチャーをした。

 みんなは、それを見て、休息室の方々に散らばった。

 今日の光ちゃんは、格別に元気一杯だ……。誠は、体操をすると、体が温まるので、結構楽しんでやっている。

 「イッチ、ニ、イッチ、二、……」

 やがて、体操が終わると、誠や仲間たちは、支援員さんたちがする、作業の準備を終えるまで待機していた。


 待機していた誠は、施設長の坂井さんから、事務所に来るように言われた。

 誠は、(何だろう?)と、思いながら、誠は、他の人達を置いて、事務所に行った。

 事務所に入ると、そこは、窓際に、長足のキッチンテーブルと、その壁に沿うように、パソコンや書類の棚に、個人情報の書類が無造作に並べてあった。

 施設長の坂井さんは、早速、誠に、話を切り出した。

 「他の人に指示を出して、勝手に動かさないでください、支援員でもない、利用者の貴方が言うと、『何だ、支援員でもないくせに…』と、思われて、みんなに嫌われるわよ」

 誠は、その事を聞いて、「ハッ」として、施設長の坂井さんを見上げた。

……リーダーの真似ごとをしていた自分の行動が、そんな風に映っていたのか……

 誠には、その事実を直ぐには、受け入れられなかった。

 施設長の坂井さんは、誠にそれだけ言うと、行ってもいいと云う身振りをしたので、誠は、事務所を出た……。

 「ちっ……」

 誠は、施設長の坂井さんの言葉に怒りを感じた。

 そこで、休息室のソファーに座っている悠作に、この怒りをどう思うか? 聞いてみることにした。

 「悠作、ちょっと来てくれる」

 誠は、支援員さんに言われて、テーブルに新聞を広げて、作業の準備をしている、悠作を呼んだ。

 「何々、マコたん」

 悠作は、大きな頭を揺らしながら、誠の傍にやって来た。傍に来ると、メガネを指で整えた後、ジッと誠を見た。誠は、悠作に言った。

 「あのう、さっき、施設長さんから、皆に指示を、出すと、嫌われるって言われたけど、どう思う?」

 悠作は、「そうだね」と、ストレートに答えた。

 「えっ」

 誠は、その返事の様子に、唖然として、頭が真っ白になると、「ひとは変われる」と、言う、「誠の想い」の壁と、なって立ちはだかった。誠は、その壁を、越えられず、「変われない」という現実に、打ちのめされて、利用者の皆に働きかける、リーダーシップをしなくなった。

 それからというもの、誠は、周りに干渉しない様にして、怠惰な様子で、何事もないような毎日を、送っていった。

 

 ところが、ある日、利用者の新人のリサが、誠の仲間達の所に来るようになると、どこかから聞いたのか? 誠が、ボス・キャラになりたいと思っていることを、知って、誠を捕まえて、ボス・キャラになる様にと、迫まってくる様になった。

 「貴方、自分のやりたいことは、やらなきゃダメよ」

 誠は、リサの話を聞きながら、やりたいことがあっても、やっていいことと、やってはいけないことが、あると、思うのだけど……。リサは、ぷくぷくっと膨れて、誠を非難する。

 「根じょうなし、何のために生きているの?」

 誠は、素直に答える。

 「分からない」

 そこで、リサは、宣言した。

 「貴方、ここのボス・キャラになりなさい」

 誠は思った。

……ボス・キャラかぁ、悪くない……

 誠は、リサの剣幕に押されて、リサと二人三脚で、ボス・キャラを目指す事になった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る