第3話
アリスちゃんは相変わらずまだ、訓練場に残っている。マー君は最後に彼女から、私とあなたは違うと、そういう意図の含んだ証言を貰って、これで終わりにしようと思い、声をかけることにした。
「どうしてそんなに頑張るの? 」
今までで一番大きな声だった。その声に気づいたアリスちゃんは照準器から声の主の方へ視線を向けた。少し考えるような素振りを見せてから返事が返ってきた。
「自分の本心に従っている時が、私にとって一番落ち着く時だから」
なんだ、他のみんなと変わらないじゃないかとマー君はそう思った。辺りは急速に冷え込んでいき、それに伴ってマー君らの体温も同じように冷たくなっていった。彼は、厳しい環境下に置かれた時、大事なのはそこから逃げることではなく、好き勝手することなのだと、アリスちゃんが教えてくれたような気がした。一体自分は何を信じたいのか、何がやりたいのか、マー君の中に答えはもう決まっている。
「マリナちゃん、僕は先生の言ったことを信じることにするよ。そして僕は、お父さんにもう一度会うために必ず任務を遂行する」
マリナちゃんは「あっそ。勝手にすれば良いじゃない」と面白くなさそうに答えた。そして、
「でも、そういう本音は誰彼構わず口に出すものじゃないと思うわよ。」
と付け加えた。
マリナちゃんは、アリスちゃんとはまた違う意味で、変わり者だった。授業を受けない割には、頭が良く、合理的な考えを持っていて、いつも作ったような表情をしていた。その美しさから、クラスの男たちから彼女は一目置かれていたが、みんな付き合い方がよく分からず、日が経つにつれて彼女に興味をなくしていった。
マー君は、最初は言うつもりなんて全くなかった。なぜなら、それはあまりにも明からさまなことで、おそらく彼女の術中にハマってしまうことになると思ったからだ。しかし、任務を遂行させると決めた今では、マー君はどんな可能性でも模索しなければならない。だから、どうしてもマリナちゃんに聞かなくてはいけなかったのだ。
「別にキミみたいに、相手を騙す必要がないんだからそれでいいだろ。それより、どうして授業に出てなかったのに、“僕たちと先生”の会話内容を知っているんだ」
マリナちゃんは始めて自然な表情でニコッと笑った。あの時の先生と似たような満足そうな顔だった。
数日後、マリナちゃんにはスパイ容疑がかけられ、監獄に収監されることとなった。マー君の証言を元に、身辺調査が行われた結果、学校と軍との交信記録をマリナちゃんが不正に入手していたことが分かったのだ。ただ、気になることは、軍事作戦についての情報にはいっさい触れられておらず、軍の研究機関から送られた最新の医療や生態学に関する資料が根こそぎ盗られていたのだった。
マー君はクラスのみんなから喝采を浴びることとなった。
「マー君、やっぱりすごいんだね」「スパイを見つけられるんだなんて、やるじゃないか」「君は世界を救った、僕たちのヒーローだよ」「私、実はマー君のこと前から気になってたんだよね」
だが、マー君は特段喜ぶわけでもなく、頭を悩ませていた。どうして、あんなに満足そうな表情をしていたんだろう。まるでスパイ活動がバレたとしてもなんら問題がないとでもいうように。
授業も終わり、マー君はさっそく、マリナちゃんと面会をしてみようと思い、一か八かでマリナちゃんが収監されている、軍事基地と併設している、通称ヘルメス監獄へと向かうことにした。そこで収監されているのは、アリスちゃんのような、スパイ容疑をかけられている者や、他国の捕虜たちだ。軍事基地の近くに置くことで、例え脱獄したとしてもすぐに対応が可能だし、噂では捕虜を使って、なんらかの実験を行っているらしい。
向かう道中、マー君は自分の眼前に広がる景色に思いを馳せていた。見慣れた建造物、でこぼことした地面、お店から聞こえる笑い声、生まれた時からずっと変わっていない景色だ。マー君はこの、発展も衰退もしていない景色を気に入っていた。そして、彼は今奪われたものを取り返すのに必死だった。そのためなら、なんでもするとまで言った。
「逃げろー、何かが降ってくるぞ」
突然、誰かの大声が町中に響いた。
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