第3話 洗濯と休憩ですわ〜

 アンジェリカが王都を追放されたついでに愛機を持ち逃げしてから数時間後。

 彼女を乗せたラヴィーネは狭い川幅の川岸に膝をついて正座の状態で座っていた。


「冷たいですわ〜。気持ちいいですわねえ」


 軍服を脱いで洗い、太い木の枝の皮を風の刃で削ぎ落とし、それに洗った軍服と軍服用ミニスカートを引っ掛けてラヴィーネに持たせて乾燥中のアンジェリカ。


 では、今彼女は素っ裸かと言われればそうでもない。


 川に入って水浴びをしているアンジェリカはタイトな全身を覆う操縦士用インナーを着用している。


「このインナーのおかげで魔力の回復に苦労はしませんが、デザインはどうにかならなかったのかしら。窮屈ですわ」


「よくお似合いですよマスター」


「あら本当? ならば悪い気はしませんことよ。それにしても、こうやって貴女とのんびり過ごすなんていつぶりかしらね」


「私の記憶ですと三年ぶり、でしょうか。まだ訓練生だった頃に一度、夜警の際に」


「ああ! あの夜ね? 流星群を一緒に見た」


 パタパタと小さな旗を振るように、洗った軍服が引っ掛けられた木の枝を振るラヴィーネと話しながら、アンジェリカは川に向かって手をかざした。


 緩やかな流れの川の水面に映る、白と青で彩られた操縦士用のインナーに身を包まれている自分の顔と睨めっこ。というわけではなく。

 アンジェリカはかざした手に魔力を集中すると、水の魔法で水球を作り出し、その中に魚を閉じ込め、水球をごと持ち上げて閉じ込めた魚を鷲掴みにした。


「う〜ん。これなら素手で取った方が早そうですわね」


 魔法を解除したアンジェリカは、柔らかい川岸の地面をラヴィーネの指で突いて作った穴に水を入れた小さな水溜まりに魚を放り込むと再び川へと向かう。


「ん〜。今ですわ〜」


 のんびりした口調とは裏腹に、アンジェリカは素早く腕を川に突っ込むと水中にいた魚を掬い上げ、ラヴィーネの作った水溜まりに向かって放り投げる。


 それを二度ほど繰り返し、アンジェリカは川から上がるとラヴィーネの足元へ向かう。


「お見事ですマスター。まるで熊のようでした」


「あらラヴィーネお上手ね。そんなに可愛らしくなくってよ?」


「いえいえ、マスターは大層可憐でございますよ?」


「貴女も美しくてよラヴィーネ」


「え、あ。ありがとう、ございます」


 唐突に操縦士であるアンジェリカから褒められ、洗濯物が掛けられている木の枝を振っていた手を止めるラヴィーネ。

 もし彼女が人間だったなら顔を赤くしていたかもしれない。


「さて、では早速いただきましょうか。火を使うと煙が出てしまいますが、背に腹は変えられませんわね」


 軍服を乾かす際に、ラヴィーネが森からもぎ取った木の枝を組み上げ、魔法で火をつけ、川原で見つけた手頃な石を打ち付けあって作ったナイフで魚を締めると、枝を突き刺して焼き始めた。


「ああそうですわ。風の魔法で煙を散らしましょう。多少はマシな筈ですわ」


 こうしてアンジェリカは魔法を使いながら全身を乾かしながら魚を焼いて腹を満たすと、手早く痕跡を水の魔法で洗い流し、まだ完全に乾いてない軍服をラヴィーネから受け取ると、操縦席にインナー姿のまま乗り込んだ。


「さて。お腹も膨れたことですし、行きましょうかしら」


「どちらに向かいますか?」


「留学中の私の幼馴染を頼るためにも、ラスター兄様の息の掛かった者が多い南西のサウレス砦に向かいます。ラスター兄様は私と同じく父のことが嫌いですから、恐らく警備を薄くしてくださっているはずなのですわ」


「ラスター様が、マスターはサウレス砦に向かうと思っていると?」


「お兄様なら恐らくは、という程度の淡い希望ですわ。最悪の場合は強行突破しましてよ」


「砦を回避するという方法もあると思うのですが」


 ラヴィーネの操縦席に座り、軍服を適当に放って操縦玉に手を乗せたアンジェリカに訝しげに声を掛けるラヴィーネだったが、アンジェリカはそんなラヴィーネの操縦席で意地の悪い笑みを浮かべていた。


「ちょっとした嫌がらせですわよ。ブレシア国王へ『さよなら』の挨拶を兼ねて、ね」


 ラヴィーネを立たせ、操縦玉を押し出して発進させるアンジェリカ。

 川を飛び越え、アンジェリカを乗せたラヴィーネは一路南西へと向かって歩いていく。


「髪を切ってきて正解でしたわねえ。長い時より遥かに早く乾きましてよ」


「マスターの長い御髪、好きだったのですが」


「ごめんなさいねラヴィーネ」


「いえ。その肩までの長さも昔みたいで可愛らしくて好きですので問題ありません」


「そう言ってくださると嬉しいですわ。ありがとう、ラヴィーネ」


 耐震衝撃機構により、揺れが抑制された操縦席内で微笑むアンジェリカ。

 その微笑みを見て、ラヴィーネは微笑むことは出来なくとも嬉しいという感情で満たされていた。


 いつの間にか傾いた太陽が、青かった空をオレンジ色に染めていく。


 これまでは夜襲に備えなければならない緊張感を運んで来ていた、その宵闇を迎えるまでのグラデーション掛かった空を、アンジェリカは初めて綺麗だと感じていた。

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