第3話

『時間がありません。最速で学院への到着をお願いします』


 イヤホン越しに肇さんの声が聞こえる。

 今、俺は異能を展開して、民衆に見られながら、ビルからビルへと飛び移って学院を目指していた。


「いろんな人たちに見られてるんですけど、これ後でちゃんと説明してくれるんでしょうね!?」

『それはもちろんしますが』

「だったらよかった!」


 少しだけヤケクソ気味に、そんなことを叫びながら移動を続ける。


『篝くん、あとどれくらいで学院に到着しますか?』

「このペースなら、あと5分ぐらいですけど!」

『そうかい。ならいいんだ』

「……あ?」


 そんな肇さんの声を聴いた瞬間。

 地上でふとなにかが発光した。

 どう見ても、魔力を放つ魔術、『魔弾』。それを認識した瞬間、俺は移動から戦闘へと切り替える。


—――こんな街中でやる気かよ……ッ!


 そんなことを考えながら、俺は自分に迫ってきた魔弾を躱し、地上に飛び降りる。


—――――


 場面は少しだけ切り替わって、学院の競技場。


「はぁ、はぁ……ッ!」


 私は今、序列戦の最中に乱入してきたテロリストの相手をしていた。


「九龍さんッ!観客の避難はどうなってますかっ!」

「すまないが、まだまだかかりそうだ!予想以上の混乱で、なかなか進んでない!」

「くっ!」


 流石に、観客の避難を優先しながら多対一の戦闘は厳しすぎる。

 相手が非異能者とはいえ、銃器や対魔力装甲で武装したテロリストである以上、そのひとりひとりが異能者に匹敵しうる存在だ。


「はぁっ!」


 魔弾の魔術を放つ。

 しかし、相手の対魔力装甲が魔弾の威力を減少させ、霧散させてしまう。


—――さすがにあの装甲がある以上、私に決定打はない……!


 しかし、自分以外の異能者で、この場にテロリストと交戦できる異能者はいない。

 序列戦では交戦し、テロリストと先ほどまで戦っていたチームの面々も、つい先ほど最後の一人が倒されてしまった。

 私が倒れてしまったら、避難誘導をしている九龍さんや、避難している観客にまで被害が及んでしまう。


「なかなか根性のある女じゃねぇか。こんな任務でなければ、声のひとつでもかけたのによ」

「ふぅ、ふぅー……」


 呼吸を整える。 

 相手が面白がって、お遊びでこちらの相手をしている以上、私は時間さえ稼げたらそれでいいのだ。


「だがまぁ、そろそろ終わりにしようか!」


—――速いッ!


 その瞬間、相手が私との間合いを詰めてくる。


「くっ!」


 相手の凶刃を躱し、そのまま後方に飛び退く。

 しかし、相手はそのままの勢いで再び私との距離を詰めてくる。


「ぐ、ぅ……!」

「ゲハハハハハ!このまま死んじまえッ!!!」


 間一髪のところで振り下ろされる剣をナイフで防ぐが、体制が悪いうえ、相手は私よりも数段パワーが上のため、少しずつ押されてしまう。


「やぁッ!」

「うぉっ!?」


 押し倒される寸前で、男を蹴り飛ばして、再び距離を取る。


「はぁ、はぁッ……!」


 そろそろ体力の限界が近い。

 相手が慢心していて、遊んでいるから、1対1の戦いができているだけだ。


「なぁリーダー。俺ら暇だよー」

「まぁ待ってろや。あの女は俺の獲物だ」

「えーーー。リーダーばっかりずるいよぉ」


 そんなことを話している彼らに向けて、私は魔弾を放つ。

 しかし。


「ッ……!?」

「ねーーー。何回もそれ撃ってるけどさぁ……」

「ぐっ!?」

「無駄だってわかんないのかなぁ!」

「が、ぁッ!?」


 反応が遅れ、首を掴まれたまま押し倒され、腹部にナイフを刺されてしまう。

 刺された部分を中心に、熱い感触と鋭い痛みがやってくる。


「ッ、あぁッ!!!」


 それでもなんとか力を振り絞って、馬乗りになってきたテロリストを退ける。

 痛みと苦しさをこらえながら立ち上がるも、すでに私の体は限界を迎えていた。

 魔力はすでに8割強を使用し、魔力枯渇を起こしかけているし、体力も限界を迎え、視界もぼんやりとしてきている。


「まだ、まだぁ……」


 そう言って魔術を発動しようとするも、上手く魔力を操作することができず、そのまま地面にへたり込んでしまう。


—――もう、ダメだ……。


 もう、反撃するための手段がない。

 魔術が発動できず、ナイフを握る手に力も入らない。


—――あぁ、死にたくない、なぁ……。


 テロリストが、下卑た笑いを顔に浮かべ、ナイフをその手に持って、こちらに近付いてくる。


—――結局、何も成せず、終わるんだな……。


「ごめ、ね……。おね、ちゃ—――」


 そう言いながら、私は目を閉じる。

 しかしその瞬間、死を待つ私の耳に入ったのは、爆発音にも聞こえるような、轟音だった。


「ぁ……」


 抱き上げられる感覚とともに、その方向を見る。


「あなた、は……」


 それだけ言って、私は意識を手放した。


—――――


「……ギリギリだったか」


 彼女を抱きかかえたまま、彼女の様子を観察する。

 腹部に致命傷を抱え、危険な状態ではあるが、この状態であればまだ助かる見込みはある。

 肇さんの言った間に合わなかった場合、ということはもう起きないだろう。


「お嬢!―――って、篝!?どうしてここに!?」

「ちょうどよかった。この子を頼む」


 タイミングよく現れた九龍に、俺は月夜さんを渡す。


「危険な状態ではあるが、まだ助かるはずだ」

「―――分かった。事情は後で聞かせろよ!」

「……無論だ」


 九龍がこの場から去っていくのを見届け、俺はテロリストたちの方を向く。

 数は、4。予想していたよりも少ないと思ったが、どうやら月夜さんがそれなりに倒していたようだ。


—――ふむ。これならなんとかなるか。


 剣を向ける。


「なぁリーダー。あいつ殺ってもいいか?」

「あぁ、やってもいいが。ちょっと待て。だ」

「……」


 リーダー格の男が前に出る。


「なぁおまえ。十六夜弥生の騎士だった男だろう」

「―――」


 そんなことを、男は聞いてくる。


「だったらなんだ」

「はっ!だとしたらよくこの場に現れることができたよなぁ!あの女の『姉』を殺した男がよォ!」

「……」

「なんだ、今度は妹の方を殺すってかぁ!?いいじゃねぇかいいじゃねぇか!!!」

「うるさいぞ、下衆が」


 その一言で、愉快そうに笑っていた男は真顔になり、不機嫌そうにこちらを見てくる。


「あー、もう許さねぇわ、お前」


 その一言を「殺ってよし」と判断したのであろう3人が、一斉にこちらに向かって走ってくる。


—――確かに素早いけど……。


 間合いがあっという間に詰められてしまう。


「『落ちろ』」


 しかし、俺がそう唱えた瞬間、奴らは大きく後ろに飛んだ。

 そして、奴らが先ほどまでいた場所には、無数の剣や槍、といった武器が地面に突き刺さっていた。


「『第1能力:解放』」


 雫が地面に落ちて、波紋が起こる。


「『始まりの鐘は、世界を創った』」


 波紋の発生している場所から、いろんな形状の武器が、地面に刺さったまま現れる。


「なんだ、これ?」

「『第1能力:武器庫』。解放完了」

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