第3話
『奏』の異名を持つ異能者にして、十六夜家当主の男、十六夜肇の能力は、未来視だ。
未来視といっても、未来の出来事を断片的に、数秒程度しか見ることしかできない。
そして、この人が能力を使ったということは、何か俺やその周囲の人間に何か悪いことが起こるということだ。
「教えてください肇さん。いったい何を視たんですか」
「妹と、九龍くんの死です」
「……」
この人の未来視は、対象者の運命を観測する異能であるがために、そのほとんどが近い将来起こることだ。
運命を変える方法はたったひとつ。未来視の観測の外にいる人間が、その人間の死因となる運命を取り除くこと。
「……運命を、変えたいと。そういう認識で、いいんですよね」
「はい」
教会から追放された異能者が、異能を行使することは原則禁止されている。
しかし。この人には、恩がある。引け目もある。
これ以上、この人から家族を、親愛なる友人を奪わせるわけにはいかない。
「……分かりましたよ」
そう言って、その話を承諾する。
「ありがとうございます」
「……それで、それはいつ来るん—――」
「大変!大変だよ篝くんっ!!!」
そう言って、奥に引っ込んでいた流奈さんが、携帯を持って、かなり慌てた様子で飛び出してくる。
「どうしたんですか?」
流奈さんの持っていた携帯の画面を見る。
映し出されている画面には、緊急速報という見出しが書かれていた。
「……咲那でテロ!?」
「……」
「ッ、肇さん!」
先ほどまで話していた内容。
そして、今映し出されている内容を見て、俺は肇さんの方を向き、叫ぶ。
「えぇ……。この事件で、間違いありません」
「ッ!」
「ストップです、篝くん」
その返事を聞いて、慌てて図書館を飛び出して咲那に戻ろうとしたところで、肇さんに呼び止められる。
「……なんですか。救うというなら、ここにずっといるわけにはいかないでしょう!」
「もちろん、理解しています」
「なら—――ッ!」
「しかし、襲撃犯について何の情報も得ていないままでは、いくらあなたでも厳しいでしょう」
そう言って、肇さんが差し出してきたのは、A4サイズの冊子にまとめられた資料だった。
それを奪うように取り、ざっと目を通してページをめくり、読み進める。
「……」
犯行グループは、最近国内の様々な場所で集団テロを行っているグループのようだ。
襲撃犯は、10名。そのうち、異能者は8名。
異能の詳細を確認し、その異能者の情報のすべてを可能な限り頭に叩き込む。
「よし、覚えました」
「相変わらず、早いですね」
「……意外と、衰えないものなんだね」
「……そうですね」
そうして、俺は図書館を出て、咲那に向かうための準備をする。
「……それじゃあ、行ってきますよ」
「どうか、どうか妹と九龍くんのことを、お願いします」
「……もちろんです」
九龍と、月夜さんの命が最優先だ。
そう目標を設定して地面を蹴り上げようとした瞬間。
—――魔力反応……?マズイッ!!!
肇さんと流奈さんを抱えて大きく飛ぶ。
その瞬間、図書館前の広場が爆発する。
「……」
「あちゃー、避けちゃったよ」
「だれだ」
「おっ、ターゲット全員いる。やったね!」
この爆発を仕掛けてきたであろうふたりの人物が炎の奥からゆっくりと現れてそう言う。
身には『対魔力装甲』を纏っており、重火器を所持している。
—――魔力装甲……。めんどくさいな。
対魔力装甲。
非異能者である者が異能者を制圧するためによく使われる装備で、一般的には非異能者で構成されている特殊部隊で運用されることが多い。
魔力による衝撃を軽減し、装甲に魔力が込められている間は、肉体へのダメージを無効化する術式が込められている。
「悪いが時間がないんでね。さっさと終わらせる」
そう言って、能力を展開して敵に向かって突っ込む。
—――――
「九龍くん、そちらはどうですか?」
戦闘が終了し、俺が生かしておいた襲撃犯どもを拘束している間、肇さんが通信を入れていた。
「……っ、やはり……。えぇ、分かりました。すぐに向かわせます」
「どうでした?」
「咲那の方は、観客が混乱していることもあり、避難が遅れているようです。九龍くんからの情報では、けが人も多く出ていると……」
どうやら、あっちの方は想像以上にまずい状況らしい。
けが人が多く出ていると肇さんは言ったが、こんなにも用意周到に準備をして襲撃をかけてきているのだ。恐らく数人程度は死者が出ているだろう。
「……分かりました。すぐに咲那に向かいます」
襲撃者の拘束が終わったので、ゆっくりと立ち上がって再び能力を起動する。
「……大丈夫なのですか?」
「えぇ、問題ありません」
「……篝くん」
心配そうに、流奈さんがこちらに歩いてくる。
距離が縮まると、流奈さんは俺の頬に手を添えて、少しだけ悲しそうな顔をする。
—――この人は、分かっているんだな。
「死んじゃダメだよ。ちゃんと生きて、帰ってくるの」
「……死ぬつもりはありませんよ」
「……気を付けてね」
流奈さんから離れて、地面を思いっきり蹴る。
ものすごいスピードで空に飛びあがり、勢いに乗ったまま障害物を避けつつ、ビルからビルへと飛び移る。
この速度のままであれば、5~10分ほどで咲那まで戻れる。
—――間に合ってくれよ……!
これ以上、肇さんに大切な人を失ってほしくない。
あの人に、恩人である彼に、俺と同じような孤独を味わわせたくはない。
その思いを胸に、次々とビルを飛び移る。
俺に向けられているであろうサイレンと、怒声が聞こえる。しかし、その音すらも置き去りにして、俺は走る。
—――もうすぐだ……ッ!
咲那の校門の前で着地をして、走る。
目指すは、序列戦の会場である『闘技場』。
咲那の敷地の中央部分に位置するコロッセオと同じような形をした建造物だ。
学院の創設時に建造され、今まで多くの戦いが繰り広げられてきた、歴史のある建造物にして、咲那のシンボルでもある。
その場所に向かって、障害物のすべてを避け、最短ルートで向かうのであった。
積もる歴史の存在意義 翊紫翔 @nahatomu
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