第2話

 今日は土曜日。

 咲那学院における、序列戦の日だ。

 異能教会や政府の関係者だけでなく、社会人や他校生も、今日は観客として異能者の少年少女たちの勇姿を見に来る。


「相変わらず、人気なんだな」


 街中で、多くの人々がいるのにもかかわらず、普段は広告が表示されているモニターは、序列戦の様子を中継している。

 それを見るために、通りの端っこに寄って、足を止めている人も数多くいる。


「……行くか」


 別に一切の興味がないので、俺はそれを無視して駅に向かう。

 毎年、年末に行われる『神捧祭』という、教会が行う行事。

 序列戦は、その神捧祭で行われる『奉納戦』と呼ばれる異能大会に出場するための予選のようなものだ。

 しかし。ただ序列戦でいい結果を残せばいい、というものでもなく、国家の指定している異能者育成機関の学校で、上位3チーム以内に収まる必要がある。

 そのうえで、各地方でそれぞれ3チームの代表を決める、エリア代表戦を勝ち抜くことで、初めて奉納戦の舞台に立てる。


—――まぁ、もう興味もないんだけどな。


 俺も、弥生が存命だったころに教会代表である『十六夜弥生』のチームのメンバーとして、奉納戦を戦ったことがある。

 結果は、優勝。その結果、弥生は大聖女の席を手に入れることができた。


「駅は、と—――」

「あ、すみませんね」

「あ、いえ。こちらこそ」


 携帯の地図アプリを見ながら歩いていると、目の前から歩いてくる人に気付かず、ぶつかってしまう。

 屈んで相手の落としたパンフレットのようなものを拾って、埃を払ってから相手に返す。


「序列戦ですか?」

「えぇ。偶然チケットが取れたもので」


 そう言って、相手がピラピラとチケットを見せてくる。

 咲那の序列戦は、入場券を事前に購入する必要があるのだが。このチケットの倍率がとんでもなく高い。

 チケットは、次の序列戦の日の1カ月前に販売が開始される。

 しかし、この販売は先着順ということもあり、すぐに売り切れてしまうため、入手が非常に困難なのだ。


「よかったですね。ぜひ、楽しんでください」

「はい!もちろんです!」


 そう言って、俺は彼女の前から離れ、駅の改札に向かう。


—――――


「あら、篝くんじゃない」

「お久しぶりです、流奈さん」


 向かったのは、電車で都心から1時間ほど電車に揺られ、駅についてから20分ほど歩いたところにある、それなりに大きい図書館だ。

 図書館に入ると声をかけてきたこの女性は、氷堂流奈ひょうどうるなさん。

 この図書館をたったひとりで管理している方で、弥生の生前から交流のある、俺の事情を知っている数少ない人物のひとりだ。


「あれ、今日って序列戦の日じゃなかったっけ」

「……サボりです」


 序列戦の日は、不参加の生徒でも、異能科に在籍している以上は、列形成や入場規制のために出席する必要がある。

 しかし、俺のようにめんどくさがってサボる生徒は複数いる。


「もう、単位足りなくなって留年するよ?」

「いいんですよ。そうなったらなったで退学するだけなんで」

「……もう、そんなんじゃ弥生ちゃんに怒られ—――」

「……」

「ごめんね、余計なことだったわ」


 俺が流奈さんの発言を聞いて黙り込んだのを見て、まずいと思ったのか、流奈さんがそう謝罪してくる。


「……気にしていませんよ」


 実際、今の俺を弥生が見たらどう思うかなんて、分かりきっている。


「今日は何をしに来たの?」

「暇なので、話をしにきたんですよ。……そうですよね。肇さん」

「……バレてしまいましたか」

「隠す気もなかったくせに、何を言っているんですか」


 そう言って、本棚の奥からよく知っている人物が現れた。

 十六夜肇いざよいはじめ。月夜さんや弥生の兄にして、現十六夜家当主で、協会幹部『奏』のコードネームを持つ異能者だ。


「……久しぶりですね」

「久しぶりです。……何の用ですか」


 流奈さんの方を睨む。

 それに気が付いた流奈さんが気まずそうに口笛を吹きながら控え室に逃げ込んでいく。


—――あの人は後で問い詰めるか。


「そんなに警戒しないでください」

「……はぁ。それで、今日は何の用ですか」


 ため息を吐く。めんどくさいのは事実だが、忙しい中わざわざ俺のために時間を空けてくれたのだ。

 話だけでも、聞いておくべきだろう。


「今日私がここに来たのは、君の勧誘のためです」

「……」

「教会に異能者として戻り、月夜と戦ってはくれませんか?」

「ははっ。何を言うかと思えば」


 俺は思わず、そう笑ってしまう。


「俺は、あんたの妹を、弥生を殺した殺人犯ですよ」

「……」

「それに、俺は教会を追放された身です」


 あの事件の裁判で、俺は教会から追放されている。

 たとえ俺が教会に戻る意思を持っていたとしても、教会の上層部が認めはしないだろう。


「それに、月夜さんの気持ちを考えるべきだ」


 あの子は、俺を許してなどいない。

 たとえ肇さんが俺のことを許していたとしても、彼女が俺のことを認めやしないだろう。

 だって、肇さんが俺を許したことの、その経緯を、彼女は知らないのだから。


「……」

「……まぁいいや。聞くことを変えましょう」


 少しだけ魔力を出して、周囲に音が漏れないように結界を張る。

 この結界は、魔力検知で反応することがなく、外に音を漏らすこともない、隠密や密会などに優れた結界魔術だ。


「あなたは一体、なにを視たんですか」


 肇さんの目をしっかりと見据えて、俺は彼に、そう問いかけるのだった。

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