第2話


「んー……」


 序列戦の日。

 俺は学校には行かず、街中を歩き回りながら何をするかを考えていた。

 異能科の生徒は平常通り出席日なのだが、俺のように何人かの生徒たちは、学校が管理している学区から離れて活動している。

 言い方を変えているだけで、やっていることはただのサボりだ。


「……図書館にでも行くか」


 学区の外に出て、街の方に出てきたはいいのだが、休日ということもあり、やはり人だかりができている。

 しかし、特別街の方で用事があるわけでもないので、電車を利用して郊外の方まで出て、いつも行っている図書館に向かう。


―――結局、あそこの図書館に行っちゃうんだよなぁ。


 サボって学区の外に出ても、俺が行く場所は決まって、郊外にひっそりと佇んでいる図書館である。

 実際、街の方で何かをする用事があるかと言われれば、何もすることがない。

 かなり前の序列戦の日にサボって街の方で一日過ごしていた時は、喫茶店をハシゴして無駄に時間を潰すことになってしまった。


「お兄さん。終点だよ」

「あ、ありがとうございます」


 イヤホンをつけてそんなことを考えていると、目当ての駅に着いていたようで、車掌さんが声をかけてくれる。

 どうやら、停車してからだいぶ長い時間経っていたらしく、慌てて電車から降りる。


「あ、イヤホンの充電切れた」


 街の方からおよそ45分。

 都会の雰囲気とは打って変わって、静かで穏やかな空気に変わる。

 駅の改札を抜けて、駅の外に出て、目的の場所に向けて歩く。


「ま、いいか」


 イヤホンの充電が切れてしまったが、ここから目的の場所までは徒歩でも10分もかからないから、帰るまでに充電を済ませておけば、大した問題にはならないだろう。


「……やっぱり、観光地目当ての人たちが多いのかな」


 一見穏やかで何もなさそうな郊外の場所だが、意外と観光名所が多く、そちらの方に向かう人々が大半だ。

 しかし俺は、そんな人たちと真逆の方向に向かう。


―――――


「着いた」


 目的地の図書館に到着したので、扉を開けて中に入る。


「あれ、篝くんじゃない」

「流奈さん。お久しぶりです」


 俺のことを出迎えてくれた女性は、坂出流奈。

 この図書館の主で、少しだけ抜けているところがある、俺よりもふたつほど年上の女性だ。


「今日もサボりなんだ?」

「まぁ、見に行ったって、なにもできないですから」

「そっか。なら仕方ないね」

「例の本、入ってます?」

「うんうん、入って―――」

「その本というのは、これですか?」


 流奈さんがそう言いかけた時、本棚の影から見覚えのある青年が、俺の求めていた本を持って現れた。


「肇、さん……」

「あら、知り合い?」

「えぇ、知り合いです」


 ニコッとほほ笑んでそう答える肇さん。


「……何の用ですか、肇さん」

「そんなに警戒しないでください。私はただきみに話が合って来ただけなのですよ」

「……昔から、あなたが俺に持ってくる話というのが厄介な案件ばかりだったから警戒してるんですが?」

「ふふふ。違いありませんね」

「―――篝くん、私奥にいるから、終わったら呼んで~」


 いつの間にか外に出ていた流奈さんがそう言って奥の部屋に入っていく。

 ニコニコしながら手を振って「ごゆっくり~」と言っていたので、恐らく表の札『Open』から『Close』にしてきたのだろう。


「はぁ……。それで、話って言うのは?」

「おや、聞いてくれるのですね?」

「ここまで仕込んでいるんだ。どうせこれからも俺の行く先々に出てくるんだろ」

「……」

「だったら、ここで話を終わらせた方がいいと判断したまでだ」

「相変わらず、頭が回るのですね」

「……それで、用件というのは?」


 近くに置いてあった椅子に座ってから、目の前の青年に用件を聞く。


「あぁ、そうだったね」

「……」

「用件というのは、これだ」


 そう言って、肇さんは俺に携帯端末を差し出してくる。

 その画面に映し出されていたのは、今行われている序列戦の映像だった。


「……こんなものを見せて、なんのつもりですか」

「見ていたら分かるとも」

「は……?」


 ちょうど行われているのは、九龍と月夜さん、それと玲奈のスクアッドの試合だ。

 やはり、いつものように事態が起こってから本題を言うつもりなのだろう。


「少し見ていたまえ、もうすぐだからね」

「……まさか」

「おや、もう気が付いたのかい?」

「―――画面の端っこの観戦席にいる覆面男、が持っている鞄」


 うっすらと画面に移っただけだったが、俺にはそれで十分だった。

 やけに不自然な覆面に、銃でも入っているのか、不自然な膨らみ方をした鞄。

 それを見て、俺はその言葉を発していた。


「正解」


 肇さんがそう言ってニヤッとした瞬間、事態は起こり始める。

 俺が言った、その覆面の男が突然空に向かって銃を発射したのだ。


「……テロリストッ!」

「さて、ここからが本題だ、篝くん」

「ッ!そんなこと言ってる場合じゃ……ッ!」

「このテロリストたちを、制圧してほしい」

「馬鹿も休み休み言ってください!ここから咲那までじゃ、距離が遠すぎる!到着する頃には、もう全部終わってしまう!」

「間に合うだろう、きみなら」


 ……悔しいが、この人の言う通りだ。

 普通なら間に合わないが、俺が異能を行使すれば、ここからでも10分程度で咲那まで向かうことができる。


「そして君にひとつ言うことがある」

「……なんですか」

「間に合わなかった場合、月夜も九龍も、玲奈さんも。全員死ぬことになる」

「……は?」

「奴らの目的は月夜だからね。そりゃあ関係者は全員始末されるとも」

「ッ、あんたは!」


 こうなることが分かっていて、何の対策もしなかったのか。という叫びをグッと堪える。


「さて、どうする?考えている時間はないよ」

「ッ!今回だけだッ!」


 九龍と玲奈には、恩がある。

 それを返せないまま別れるだなんて、そんなことは絶対に嫌だ。

 そうして、俺はそのまま図書館を飛び出した。


「本当に、これでよかったの?」

「あぁ。これから来る『災い』には、彼の力が必要不可欠だからね」

「……本当にそれだけ?」

「きみには、隠し事はできないね」

「何年一緒にいると思ってるの」

「……とても個人的な願いだけど、やはり私としては、彼には前を向いて生きていてほしいんだ。

 たとえ、それを彼が望んでいないとしても、ね」

「そっか」


 私にできることは、ここまで。

 あとのことは、月夜や九龍くん、玲奈さんや篝くんに任せるとしよう。

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