積もる歴史の存在意義
翊紫翔
第1話
放課後。生徒たちが部活動や委員会など、それぞれの行動を始めた時刻から少し下頃、俺はこの人気の少ない校舎裏に呼び出されていた。
「あなたが、万丈篝、ですか」
「そうだけど、なに?」
そう肯定すると、目の前の少女は俺に向けて剣を向けた。
どうしてこうなったのかは、今からおよそ3年ほど前にさかのぼる。
―――――
「か、がり……」
「どうして!どうして俺を生かした!」
暴走して、意識を異能に乗っ取られていた。
肉体の主導権が戻った時、少女はすでに地面に倒れていて、俺の持っていた剣は血にまみれていた。
「殺したく、ない、から……」
「……馬鹿だ、お前はッ!俺を殺していれば、お前は……!」
「……」
「大聖女であるお前の命と、替えの利く、ただの一般人である俺の命!どちらを優先すべきかなんて、そんなこと―――!」
そう、言いかけた時。少女の人差し指が俺の唇に触れる。
見ると、少女は責めるような視線で俺を見つめている。
「あなたの命に、決まってる、でしょ……?」
「っ……!」
そうだ、こいつは、いつだってそうだった。
自分の命よりも、他人の命。救える命が目の前にあるのならば、たとえ自身が犠牲になるとしても、それを救おうとする。
根っからの善人、正義の味方。それがこの十六夜弥生という少女だった。
「それに……。あなたのいないせかいなんて、つまらないよ……」
「弥生……」
「ね、かがり、くん……」
「……なんだ」
だんだんと、か細くなっていく弥生の声。
「いきて。いきて、しあわせになって」
「……」
弥生の手を強く握り、叫ぶ。
「分かった!幸せに、なる!だから―――!」
生きてくれ、という言葉が、喉元まで上がってきて、引っ込んでいった。
こんなことになった原因に、いまさらそんなことを思う資格などない、と言うように。
そんな様子を察したのか、弥生は力なくふふっ、と笑って。
「ありがとう、ね……」
「弥生……ッ!」
「だいすき。あいしてる、よ―――」
そう言い遺して、十六夜弥生という少女は息を引き取った。
―――――
そして、今に至る。
俺は大聖女・十六夜弥生を殺しった大罪人として異能教会に逮捕された。
しかし、大聖女の遺言と、能力の暴走を俺が自分自身で止めることができなかったこと、暴走しないための対策ができなかった状態であったことが検査で発覚したため、俺は処刑を免れ、保護観察と、保護観察中の能力の使用禁止が下された。
その保護観察処分も、1週間前に解かれ、自由の身となり、強制的に入学させられていた異能者育成の名門校・咲那関西学院異能科にて、異能教育のカリキュラムを受けることになった。
「十六夜弥生。あなたが殺した人の妹です。これだけで、用件はわかるでしょう」
「……そう、だな」
「答えてください。あなたはなぜ、私の姉を殺したのですか」
刃を向けている少女の名は、十六夜月夜。3年前に俺が殺した弥生の妹だ。
姉と同じく優秀な異能者で、教会の次期大聖女候補生の少女。
教会の異能者の中で、特に優秀とされている異能者が、大聖女の死後招集され、1,2年間で実績を競い、次期の大聖女を決める。その候補となるのが、大聖女候補生だ。
そんな優秀な彼女が、俺を殺すためにこうして呼び出してきた、というわけだ。
「……」
「答えて!なんで、なんであんな簡単な任務で、異能を暴走させたの!」
少女は、激情のまま、俺に向けて剣を再び突き出す。
刃の先が喉元に触れ、少しだけ血が流れる。
「……殺すなら、殺してくれ」
「っ!」
「殺されても、文句はない」
「……」
「やるなら早くしてくれ。あいつの妹に討たれるというのなら、受け入れられる」
「こ、の……ッ!」
少女が、「お望みどおりに」と続け、剣を大きく振り上げる。
俺は、自身の人生の終わりを察して、そのまま目を閉じて、ただその時を待つ。
―――すまんな、弥生。お前を殺しといて、俺1人で幸せになんて、なれないよ。
「待ってくれ、お嬢!」
そんな、聞き覚えのある声が聞こえ、何かをつかむような音がした。
「九龍……」
それは、俺が高校に上がってからできた数少ない友人のひとりである、吹雪九龍であった。
九龍は月夜の腕をつかんで、剣を振り下ろせないようにしている。
「お前もなに受け入れてんだッ!せっかく拾った命、無駄になんてするんじゃねぇ!」
「離して九龍さんッ!その人殺せないッ!」
「だめだ!お嬢の手を血で濡らすわけにはいかないッ!」
「なんでッ!殺してって、その人が言ったんですッ!」
「それでもだ!あんたの理想は、仇を討つだけで果たせるものなのかよ!」
「……ッ!」
九龍のその発言を聞いて、月夜さんが腕を下ろす。
その顔に怒りは宿ったままだったが、先ほどまで宿っていたすさまじいほどの殺意は、すでに消え失せていた。
「……今日は、もう帰ります。でも、私はあなたのことを許しません。兄さまが許しても、私だけは……ッ!」
「……」
そう言い残して去っていく彼女の背中を見届けながら腰を下ろし、先ほど俺を助けた少年に問いかける。
「なんで、助けたんだ」
「あほか。ダチ殺されかけてんのに助けねぇバカがどこの世界にいるってんだ」
「……」
「お前もさ、簡単に受け入れてんじゃねぇよ。弥生様に幸せになれって言われたんだろ?」
「……」
「はぁ、んじゃ俺は行くけどさ。死ぬんじゃねぇぞ」
そう言って九龍はその場から立ち去っていく。
「じゃあ一体、誰が俺を裁いてくれるんだ」
「……知らねぇ。だが今死んだら、地獄だろうが何だろうが、お前のことを蹴り飛ばしに行くからな」
「……」
そんな言葉を吐きながら、九龍は去っていった。
「……無理だよ。人を殺しといて、幸せになんてさ」
罪は罪だ。犯した罪には、ふさわしい罰が与えられなければならない。
俺は、弥生の死後。裁判で下されるであろう死刑を受け入れるつもりだった。
それが、俺に下されるべき裁き。
しかし、現実はそうはいかなかった。あろうことか、弥生の兄であった肇が、当時の状況を調べ上げ、俺を保護観察にまで減刑した。
『弥生があなたを生かすといったのです。あの子の最初で最後のわがまま。兄として聞かないわけにはいきません』
『約束したのなら、その通りに生きなさい。幸せに生きること。それを、弥生も君に望んでいるでしょう』
それが、最後にあった弥生の兄との会話だった。
あんなことを言われても、俺にはそんな資格がない。……だけど、あんなことを言っておいて、俺には自害する勇気がない。
……だから。
―――――
「待ってくれよ、お嬢!」
「……九龍さん」
篝をあの場において、お嬢の走って行った方向を進んでいくと、お嬢が校舎中庭にある池に立ち尽くしていた。
「お嬢らしくねぇぞ。あんなに取り乱して」
「……」
「やっぱり、無理だったか」
俺はあいつの能力を、その強さを知っている。
だからこの学院で彼女をリーダーとするスクアッドを作る時、俺はすべてを承知したうえであいつを部隊のメンバーに推薦した。
面会したうえで、最終的に仲間として受け入れるかを彼女が決めるつもりだったのだが……。
「……すみません、せっかくあなたからの推薦だったのに」
「怒りも憎しみも、失った悲しみも、簡単に消えるものではないからな。仕方ないさ」
大聖女様には、俺も世話になっていた。
弥生様が存命だったころから、お嬢とも篝ともそれなりに交流があった俺からすれば、どちらの気持ちも理解できる。
お嬢は、たった3人しかいない家族のひとりを。篝は、信頼し愛した相棒を、失った。
「さ、行こう。人数が集まらなくても、明日から序列戦だ」
「……そう、ですね」
序列戦。それは年1、冬に開催される異能大祭に参加するための校内戦。
全国各地の異能科の存在する学校で行われている行事のひとつで、序列と呼ばれる順位を参照して、その都道府県の各地域の代表が集う都道府県予選、各地方の代表が集まり代表を決める地方予選、そして、全国各地から集った強者たちが競い合う、異能大祭・本戦。
通常4~6人で参加するのが普通だが、今年度の受付までに間に合いそうもない。
途中でメンバーを追加することも可能だが、それでも現状の人数。2人では、お嬢の理想をかなえることは難しいだろう。
「ま、言ってても仕方ない。なんとかしよう」
「……はい」
そういって、俺はお嬢と一緒に歩き出すのだった。
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