第3話
直也は母の手帳を握りしめながら、門司港の駅に向かっていた。頭の中は母の懺悔と美里の存在についての考えでいっぱいだった。彼は長い間、自分が一人っ子だと思っていたが、突然姉の存在を知ったことで、心に様々な感情が渦巻いていた。怒り、混乱、そして姉への深い興味と愛情が入り混じっていた。
「美里…どんな人なんだろうか」
と直也は心の中で呟いた。彼の心には母が残した手帳の内容が何度も蘇っていた。手帳には美里の養子先である今田家の住所が記されていた。
「美里を探し出して、母の懺悔を伝えなければ…」彼は強くそう決意していた。
駅に到着すると、直也は手帳を見ながら今田家の住所を確認した。彼はその住所を手掛かりにして行動を開始することに決めた。
「ここが出発点だ」
と自分に言い聞かせた。
電車に乗り込むと、直也は窓の外を眺めながら、これまでのことを振り返った。母の介護に専念していた日々、そして今、自分が新たな旅に出ている現実。
「母さん、見守っていてくれ」
と心の中で呟き、目を閉じた。
電車が目的地に近づくにつれ、直也の胸の鼓動は高まった。駅に到着すると、彼はすぐにタクシーを捕まえ、手帳に記された今田家の住所を告げた。タクシーが静かな住宅街に入ると、彼の心には不安と期待が入り混じった。
「本当に会えるのか? 美里は自分を受け入れてくれるのか?」
タクシーが止まり、直也は深呼吸をして車を降りた。目の前には手入れの行き届いた庭と立派な家が広がっていた。彼はしばらくその家を見つめ、勇気を振り絞って玄関のベルを押した。ドアが開き、中から優しそうな女性が現れた。
「こんにちは、何かご用ですか?」
と女性が尋ねた。
「私は田中直也と申します。美里さんにお伝えしたいことがありまして、母の手帳を持ってきました」と直也は緊張した声で答え、手帳を差し出した。彼の心は今にも跳ね出しそうだった。
女性の表情が一瞬硬くなったが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「その手帳を見せていただけますか?」
と言い、手帳を受け取って読んだ。
「これは…」
と京子は驚いた表情を浮かべながら、
「ああ、美里のことですね。ちょっとお待ちください」と言って家の中に戻った。
家の中で京子は深呼吸をし、心を落ち着けようとした。手帳の内容が気になりつつも、美里のためにこの男性と話す必要があると感じていた。
数分後、京子が戻ってきて、
「美里は今出かけていて、夕方には戻ります。どうぞ、お入りください」と招き入れた。
直也はその招待を受け入れ、家の中に足を踏み入れた。家の中は温かく、家庭的な雰囲気に包まれていた。彼はリビングルームに案内され、座るよう促された。
「どうぞ、お茶でも飲んでください」
と京子が言い、お茶を差し出した。直也はお礼を言いながら、お茶を受け取った。そして、彼の心の中には新たな希望と緊張が渦巻いていた。美里との再会がどのように展開するのか、それは彼の人生にとって大きな転機となるだろう。
夕方が近づくと、直也はリビングルームの窓から外を見つめていた。日が沈みかけ、空がオレンジ色に染まっていく。静寂の中で、彼の心臓の鼓動だけが響いているように感じられた。
そのとき、玄関のドアが開く音が聞こえた。直也の心臓は一瞬にして早鐘を打ち始めた。彼は深呼吸をし、心を落ち着けようとした。
「ただいま」と優しい声が響く。
直也は振り向き、その声の主を見た。玄関に立っていたのは、美里だった。彼女は直也よりも少し年上に見え、その顔には優しさと知性が漂っていた。美里の目が直也を捉えると、一瞬の驚きがその顔に浮かんだ。
「こんにちは、田中直也と申します」
と直也は緊張した声で自己紹介した。
美里は直也をじっと見つめた後、柔らかな微笑みを浮かべた。
「こんにちは、美里です。お会いできて嬉しいです」と穏やかに答えた。
その瞬間、直也の心にあった不安と緊張が少し和らいだ。彼は母の手帳を取り出し、美里に差し出した。
「これは母が残した手帳です。あなたに伝えたいことがたくさん書かれています。」
美里は手帳を受け取り、丁寧に読み始めた。彼女の目に涙が浮かび、直也はその光景を見守りながら、母の思いが伝わることを祈った。
「お母さんが…こんなことを…」
美里は涙声で呟いた。彼女の声には驚きと感動が入り混じっていた。
「ありがとう、直也さん。お母さんの気持ちがわかって、本当に嬉しいです。」
直也は美里の言葉に胸を打たれ、
「母もずっとあなたのことを気にかけていました。今は、二人でこの手帳の意味を理解して、母の願いを叶えたいと思っています」と力強く言った。
美里は直也の言葉に頷き、
「そうですね。お母さんのために、私たちも頑張りましょう」と答えた。
その瞬間、直也の心には新たな希望が芽生えた。姉との再会が、彼にとって新たな人生の始まりを意味していると感じたのだ。
二人はリビングルームでしばらく話し合い、過去の出来事やそれぞれの生活について語り合った。直也は美里の優しさと理解に感謝し、美里もまた、直也の真摯な態度に心を打たれた。二人は徐々に打ち解け、まるで長い間会っていなかった姉弟が再び繋がったかのようだった。
外では夜が更けていき、静かな門司港の風がそよそよと吹いていた。直也と美里の間には、新たな絆が生まれ、これからの未来に向けた希望が広がっていった。
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