次こそはユニフォームを着て
紫鳥コウ
次こそはユニフォームを着て
指導している大学院生と少しずつ打ち解けてきて、授業の方も滞りなく進んでおり、ひとまず安心している
リモコンの横には一冊の洋書が置かれている。アフリカのS国のローカルな和解システムを論じた著作で、先月刊行されたものだ。今日中に読んでしまおうと決めている。
だから、テレビを見ているわけにはいかないのだが、どうしても「この試合」だけは、観戦しなければならない。
千葉の球団のファンである胡桃玖留実は――琥珀紋学院大学の文学部で
二位のチームとのゲーム差は僅か「2・0」だ。この三連戦をスイープされてしまえば、リーグトップの座を明け渡してしまう。しかしこのカードは現在「一勝一敗」で、今日勝てば、ゲーム差を広げることができるのだ。
本当なら、あのライトスタンドの「圧」のある応援に加わりたい。だけど、今年は大学外での用事も多く、例年にない激務であり、チケットを取ることができない。だからこうして、リビングから声援を送っているのだ。
真夏なのに、クーラーをつけていない。窓を開けているだけだ。選手たちも、現地で応援しているひとたちも、この暑さのなかで闘っている。クーラーのきいた部屋で過ごすというのは、胡桃教授のポリシーに反する。
一回裏。ノーアウト満塁のチャンスを作ったが、ホームゲッツーになってしまう。その後の打者はレフトフライに打ち取られた。
裏の攻撃のときだけは立って応援している胡桃教授は、がっくりとうなだれた。
しかも、二回表は先発投手の制球が定まらず、四球で満塁を作ってしまった。コーチがマウンドに向かって間を取ったものの、直後の打者に走者一掃のスリーベースを撃たれた。これでスコアは「0-3」である。
(まだ二回だから! うちの打線を信じてる!)
だがしかし、四回表に相手の強力打線に打ち込まれてしまい、先発投手が降板した。これで「0-7」だ。
がっくりする胡桃教授だが、九回裏までなにがあるか分からないと気を取り直して、四回裏の攻撃を応援した――のだが、三者凡退という結果だった。
それからは、スコアが動くことはなく、さくさくと試合は進んでいった。どんどん、元気が失われていく。暑さはより暑く感じられ、汗はだらだらと流れ、蝉の音がやたらうるさく聞こえてくる。
そんなときに、一本の電話がかかってきた。相手は、同僚のアリス・ロベール教授だった。フランス出身で日本近代文学の研究をしている。
「
ちらっとテレビを見る。相手チームの攻撃中だ。
「うん、少しなら大丈夫だよ。どうしたの?」
用というのはこういうものだ。
フランスのサッカーリーグで優勝したチームと、日本のクラブとの親善試合が予定されている。その試合を一緒に見にいかないか……という。
当選の倍率が高そうな気もするが、びっしりと予定が埋まっている手帳の「白い穴」の日に開催される!
イタリアのミラノを本拠地にする(赤いユニフォームの方の)クラブのサポーターである胡桃教授であるが、世界トップレベルの選手を生で観たいという気持ちは強い。
電話を切ったあと、目を
と、そうしているうちに、七回裏の攻撃がはじまった。
さすが、今年の〈我がチーム〉は違う。連打のあと、少し調子が沈んでいて、打順が下がっていた「大砲」が、タイムリーツーベースを打った。その後、上位打線に繋がり、絶好調の三番、四番が長打を打ち「6-7」にまで迫った。
そして極めつけは、今年メジャーから移籍した「長距離砲」のツーランホームランだ。
「逆転したわあああああ!」
洗濯物を取り込んでいる隣の家のひとが、ビクッと肩をふるわせた。そして「いつものやつか」と、ほっとため息をついた。
最後は、「守護神」が三者凡退に抑えて、ゲームセット。
首位を走る千葉のチームは「8-7」で勝利をおさめ、カードの勝ち越しを決めた。
そして夜――胡桃教授は、急いで例の研究書を通読したのだった。
* * *
放送事故と言っていい。
テレビカメラが、客席のふたりの美女を十五秒もうつし続けていたのだから。ボールの行方を追わずに、
仲良しのふたりは、忙しい日々のなか、偶然重なった休暇を、サッカー観戦をして楽しんでいた。目の前では、スーパースターたちが、高度なテクニックを見せつけている。
「いまのスルーパス、すごいですね!」
「ボールコントロールも、すっごく美しくて、オシャレ!」
〈了〉
次こそはユニフォームを着て 紫鳥コウ @Smilitary
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