AクラスVS

 試験が再開してから10分。


 溜めていたにしてはあっけなくそれは開示された。


「それ、今なんだ」


 デバイスに送信された情報を見て一夜は率直にそう思った。


 体育委員がPPを用いて行えることがここにきて公開される。内容を見れば割とシンプル。


 試験時間の10分短縮と試験の条件緩和。


 相変わらず要求値は10万PPとかなり高めのレートだけど、内容は十分それに見合っている。


「警察側は、何かルールを変更する方法は無いみたい。ただ代わりに校舎の階層をの渡り廊下をいくつか防げるっていう権利が与えられるんだって」


 それもなかなかに痛い。渡り廊下があることで多少の危険性が減らせているところもあるから、もし指定された教室の渡り廊下が塞がれているなんてことになったらきっと難易度は格段に上がると思う。


「あとはAクラスの動き次第だよね」


 今回は圧倒的な差を見せつけてこないAクラス。ただ単に人数差で詰め切れてないのか、時間が迫るまで切り札を伏せているのかが分からない。人数は地道に削られている現状ではあるけどこのままいけば全然勝てる試合ではある。


 伊予とデバイスを見ながら時間が経つのを待つこの間。


 動きがあったのは、二人が扉の軋む音がしてデバイスから視線を逸らした瞬間だった。


 デバイスが揺れて見ると設楽さんからだった。どうやら全員に聞いておきたいことがあるらしい。


「質問だけど、みんなはもう試験を終わらせたいと思わない?」


 彼女の言葉に反対する者はいない。早く終われるのならそれに越したことはないんだから。


 でもその言葉を聞く限り彼女は試験時間の短縮をするつもりなのかな。


「ちゃんとこれは確認を取ったことなんだけど、PPをい使えば残りの試験時間をすべて短縮することもできるみたいなの。で、今回私たちは定期試験で多くのPPを手に入れている。残りの時間を考えてら結構なPPを消費することになるけど、試験終了時に貰えるPPと定期試験でのプラスを考えたら結果的にはまだまだマイナスにはならないと思うんだよね」


 最終的な目標としてAクラスに追いつくとしても、年単位で考えないとそれはあまりにも現実的じゃない。ここは潔く勝ちを取りに行くというのが彼女の選択だった。


「反対の人はいる?」


「良いと思う」


「俺は賛成だぞ」


 チャットにそれぞれの意見が書き込まれて総意として試験を終了させるということになった。


「でも、それなら協力してるBクラスにも少しは負担してもらったらいいんじゃない?」


 誰かがそういう意見を出すと確かにと思った。協力関係を結んだ以上、それくらいなら許してくれる気がする。


「ちょっと連絡してみますね」


 一番彼女と交流があるであろう一夜が電話を掛けた。


「はい、もしもし。どうしたの一夜くん」


 すぐに彼女が出る。僕は手短にクラスで話し合った結果を伝えると、どうやらあっちもい同じ意見だったようですぐに話し合いは終わった。


「良いみたいです。どっちも40万PP使うっていうことで」


 そうすれば残り時間は数分になってほとんど勝ったも同然。


 安心しながら腰を下ろした二人。設楽さんはその旨を神殿くんにお願いして彼も確認する。


「これでなんとか勝ち?」


「うん。それにしても大変だった。ここまで動いたのなんて久しぶり過ぎる。絶対明日は筋肉痛だよ」


「足とかすごいことになってそうで怖いな……」


 彼女は今のうちに少しでも筋肉痛を減らそうとふくらはぎを揉み始めた。


 それ、意味あるのかな?


 一夜がデバイスのチャット欄を閉じると、試験終了の知らせが入っていた。


 だがそれは思っていたのと異なっていてCクラスがさっきのルール開示の時点ですでに試験終了までのPPを支払っていたと書かれている。


「これは、一件落着なの?」


「試験終了、生徒の皆さんは各教室まで戻ってください」


 終わりを知らせる放送が入る。




「はいはい、終わった終わったー」


 呑気な声で席に着いていたのは神殿。設楽さんは複雑そうな顔をしていて、下條道さんは頬を膨らませていた。恐らく自分の背が低いこと(周知の事実)が露呈したことを不満に思っているんだろう。


「とりあえず、お疲れ様。………どうして勝ったのにそこまで煮え切らない顔ができるんだ」


 彼女は淡々と吐き捨てるように言うと、もう用はないとでもいうように教室を出て行った。


 むしろ場が覚めてしまった。


「Cクラスは何がしたかったんだ」


 一番イライラしているのはほかでもない織戸だった。彼は何度もCクラスに助けられているのだが、眼中に無いような扱いを受けているので終始燻ぶっていたのだろう。


 じっしつ今回の試験はAクラスとCクラスが対決したと言ってもよく、BクラスとDくらすはあくまでもその周りでうろちょろしていたネズミ。猫たちはその縄張り争いをしているのに自分たちはびくびくと 隠れることとなった。


「いいじゃん、PPだけなら全クラスで二位なんだから」


 織戸くんの隣に座っていた四月一日さんが鬱陶しそうに呟いた。もちろんそれは彼に聞こえていて、物静かな彼女に対して彼はあまり強く出れない。


「今回一番落ちたのはBクラスだと思うよ」


 設楽さんがイライラしている織戸くんに言った。


 そう。それは間違いないと思う。


 平均点が高いがゆえに少しマイナスがあってもさしてダメージにならないAクラス、特科試験でAクラスに優位に立ちまわって勝ち筋があると士気をあげることのできたCクラス、定期試験で一泡吹かせて上位を大多数占めることのできたDクラス。


 じゃあ今回の試験でBクラスは何を手にしたか。


 定期試験でのわずかな取り分すら失ったうえにDクラスとの協力関係を築くという札を切ったこと。加えて彼らは禍根を残したまま。最悪の状況のまま終わっている。


「まずは自分たちの勝ちに喜んだ方が良いって言いたいのか?」


「そう。そうだよ織戸くん」


 定期試験だって手放しに喜べる結果ではない。その中でも最良の選択を取れたからその結果になった。


 それを喜ばずして何を喜ぶのだと、彼女は言いたいはず。


「まぁそうだな。Cクラスのことは今じゃなくてもいいか」


 そう。どうせ試験期間にしかPPの大きな変動は起きない。そして、今回の特科試験の仕様上何か策を仕込むためにPPを使うことはできなかった。


「なんだ、まだ気分が晴れないのか?」


 戻ってきた彼女の手にはぱんぱんの袋がいくつもある。


「お前たちの勝利を祝してせっかくお菓子とかを持ってきたっていうのに」


 それが彼女なりのやさしさと、しらたきの件についての感謝だった。


 沈んでいた空気は一気に明るくなり全員試験のことなんか忘れて机を合わせ始める。お菓子を広げて紙コップにジュースを注いでいく。


「まずは、作戦成功ってことで。乾杯」


 織戸も試験のことはいったん忘れて楽しむ。伊予と僕も彼と試験中に起きたハプニングなどを話して、和気あいあいと過ごした時間になった。


 試験結果。泥棒の勝利。


 総PP。Aクラス1280万PP。Bクラス970万PP。Cクラス730万PP。Dクラス1030万PP

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さよなら、従順なる僕たる者どもよ。 日朝 柳 @5234

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