スピードがすべて

 その生徒は、中にいる生徒を次々に逃がしていく。まるでセール中の主婦たちのようにごった返した牢屋の周りは警察がいるとはいいつつもその人の圧の前には止められる術などあるわけがない。


「さぁ、みんな逃げて逃げて。僕たちはまだ負けない。というよりAクラスなんかに負けるわけがないだろう?」


 その煽りはきっちりと狙いを定めてAクラスに当たる。


 逃げていく生徒を捕まえるのに必死なのにそんな口撃が耳に入るだけで気が無意識にそがれる。気づかない間にルールの五秒を守ったまま彼はまた牢屋の中に入って生徒たちを助けると仲がほとんど空っぽになってそれに紛れて湯田川も姿を消した。


 置き土産のように煽り文句を垂れ流す放送だけがその場に残って織戸も逃げていく生徒たちに便乗して一夜のところに向かう。


 なんだったんだと思う一方、あいつに他のクラスは助けられたというのは事実。


「煮え切らないな」


 複雑な気持ちのまま盤上で動かされている感じがして好かない。それはAクラスの委員長も同じで、Bクラスの委員長や設楽さんのように人間味にあふれているほうが親近感が湧くのはしかたないことなのか。


 とはいっても湯田川とかいうやつはどちらかといえば道化で、それにまかせているクラスもクラスではあるが。


 デバイスを確認するとテンタクルの権利は全て獲得されていた。つまり何かするなら来るはず。


 ほとんどの生徒は逃げ切ることができたので最初とほぼ変わらない。


 家接に場所を聞いて合流すると、彼は設楽さんともう一人のクラスメイトと組んで行動していた。


「良かった捕まってなくて」


「まぁな」


 あいつのことは言う必要はないので伏せる。設楽たちは組んでいた四人のうち二人が捕まったので単独行動していた彼と合流したらしい。


 デバイスを見るとすでに捕まった二人は助け出されていたのでそっちに集まるそう。


「ありがとうね、織戸君」


「嫌俺じゃなくてだな」


 結局あの変人のことを説明するとすこしだけ複雑そうな顔をした。


「ああ………あの方ですか。それはまた」


 設楽はそういえば委員会の時に顔を合わせているのか。一人でなんかぺらぺらと話をしているのが想像に難くない。


「そういうわけだ。委員長があれだけ強気ってことはCクラスには何か隠し札があるんだろ。じゃないとあんなに捕まらなくなったのに合点がいかない」


 助けに行くほどの余裕。口ぶりからしてここで終わりにするのは嫌だというのは事実だが、Aクラスに一泡吹かせたいっていうのがあるんだろう。まだ見せてない札は残ってるんだろうな。


「分かりました。とりあえず全員最初に組んだ人と合流できたら、進展次第で動きましょう」


「了解」


「分かった」


 そうして設楽さんたちは離れていく。残った二人は警察から逃れながら伊予を探すために連絡を取る。


 さっき織戸は彼女を助けに行ったわけだが、そのあまりの人数に見つけられないまま離脱してしまった。おそらくどこかに隠れているだろうからすぐに合流できるはずだけど。


 しばらくして電話に出た伊予はずいぶんと息が切れていて走っているみたいだった。


「どうしたの伊予。ずいぶん息が荒れているけど」


「その、、校舎が大変なことになってるの」


 伊予はどこか安全そうな建物の陰に隠れながら息を殺しつつ中で起きていたことを説明する。


「とりあえずすぐには見つからなさそうな校舎の中に入ることにしたの。それで、二階に上がってどこかの教室で一夜君と連絡をとってから合流しようとしたんだけど、どこの教室も扉が開かなくなってて急いで校舎から出てきたところで」


 知らない間に校舎の中がそんことになっていたなんて。


 廊下しか逃げるところのないなんてほとんど逃げ場としての意味がない気がするけど、すべての教室の鍵を警察側で集めきれるなんてことはDクラスの持ち合わせている鍵からしてもあり得ないことだ。


 つまりそれは一つの結論を意味した。


「ということは、Aクラスがマスターキーを手に入れたってことだね」


 あまり考えたくないがそういうことだろう。


「そりゃ最悪だな」


 織戸も呆れて苦笑いしている。ただでさえ三クラスと渡り合えるくらいの総合力があるのにそこにマスターキーまで渡ったなんて考えただけで怖気がした。


「私ここからどうすればいいかな」


 聞いたところ彼女は校舎の近くにある木の裏。ちょうど今回の特科試験の範囲の端にいる。警察もそんなローラー作戦を取っているわけではないので袋小路になっている校舎の裏側にはいかないと踏んでわざわざ見に来るなんてことはないが逆に言えばそこからヘタには動けない。いつかは見つかるというだけで。


「僕たちで行くから待っててよ」


「うん。ありがとう」 


 それならこっちから迎えに行った方が良い。こっちに来ればある程度の広さもあるわけだからそっちよりも選択肢が増える。


 一夜は電話を切って隣でそれを聞いていた織戸は頷いた。


「もしAクラスにマスターキーがほんとに渡ったとしたらCクラスの湯田川とかいうやつが閉じ込めたっていうAクラスの委員長も動くだろ。そうなる前に助け出した方が良い」


 しばらく閉じ込められていたこともあって動き出した時を想定すると二人とも同級生ながら恐ろしさを感じる。底知れないとはこのことなのか。


「校舎にいるクラスメイト達は………」


「それは諦めるしかない。着実に逃げ道を塞いできてるからな」


 多分だけどこれでテンタクルの権利が失われることはないと思う。だけど、あれだけの人数を使ってやっと閉じ込めた体育館の警察たちもいつかは解放されると思うと釈然としない気持ちになった。


「そうだね。行こう」


 合流自体は難なくすることができた。牢屋はカラカラで、二度も牢屋から逃がしたことをみて人を入れ替えたみたいで織戸くんは「人が変わったな」とつぶやいていた。


 三人は神殿君たちの見える範囲まで下がってきて警察の動きに合わせて一定の距離を取る。


 一夜の携帯が震えたのを見てついに次の追加要素が来たのかとデバイスを開く。


 だがそこには追加要素についての連絡はなく、代わりに一人の生徒からの連絡が一通残されていた。


 内容はたった一言。


「助けて」


 差出人は坂本さんだった。


 二人にどうしようかと尋ねようとしたとき、さらにデバイスが震えた。


「来たな、追加要素」


 試験開始から一時間。デバイスには投票箱が設置される。


 残りのゲームの行方を決める投票が今、行われようとしていた。

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