彼女の掬えなかったもの
伊予は自分がミスしてしまったと自責の念に駆られながら牢屋に向かっていた。
あの時、私は一夜くんにまかせっきりで逃げていた。屋上の警察を閉じ込めたのですでに満足してしまってそのあと織戸君と合流しなくちゃならないってことを完全に忘れていた。
何よりまだまだ試験は続いていくのに気を抜いていた時点で私はダメなのかもしれない。気落ちしながらも牢屋に入ると何となく警察が多い気がする。織戸君に一度ほとんど脱走させられてるからかな。
牢屋の周りには六人がゆっくりとその位置を変えながら歩いて見回る。教室に閉じ込められた人のことも考えれば三分の一が泥棒を捕まえには行けない状況にあるっていうこと。
「残りのテンタクルの権利が2つになりました。泥棒のみなさんは頑張ってください」
放送が流れた。すでに5つが権利として付与されているということは、5人は教室に閉じ込められている?こんなに少ないと警察も牢屋をみはってばかりじゃダメなんじゃないのかな。
警察は一向にその場から離れようとはしない。そして彼らは規則的に動いているせいで好きになっている場所というのが生まれない。どこかが油断していてもそれを挟んだ二人がその隙を補っていた。
「鍵を閉めたのが私じゃなくて一夜くんだったら」
それだったら今ごろ神殿君にこの権利を渡せていたのに。
後悔先に立たず。彼女は少しづつ牢屋に近づいている織戸には気づいていなかった。
「切り札を切るタイミング、それを見謝っちゃいけない」
彼女はこの試験が始まってからそればかりを胸に抱えていた。となりにいる真子はそれを感じ取りながらも、クラスのために作戦を立ててそれをさも彩音が考えたかのようにみんなに伝える。
実際問題、彼女の作戦はうまくいった。それによって獲得したテンタクルの権利を体育委員と一番運動神経の良い生徒に付与して今のところその運動神経の良い生徒に捕まった生徒を逃がす役割を頼んでいる。
今のところ一番捕まっている生徒が多いのは残念なことにBクラス。本校舎三階で6人くらいで固まっていたのを一網打尽にされた。その時捕まっていない生徒が半数を切るという最悪の状況だったけどたまたま織戸が助けに行った(彼女らは知らない)ことによって、入れ替わる様に生徒が逃げることに成功したので難を逃れた。
Cクラスの動向は捕まって生徒の数からでしか把握ができないが、さっきから捕まった生徒の数を見ても一番少ないのはずっとCクラス。
それにさっきの放送。Aクラスを挑発していること。前回の特科試験だって再試になった生徒の反乱の原因はCクラスの生徒たちだと聞いた。一体あのクラスは何がしたいの?
本当なら夏休みにも行われるはずの特科試験にあの取引を使いたかったけど仕方ないかな。
でも使うなら爪痕は残したい。Aクラスをあっといわせられるくらいの何かを。
「真子、ちょっといい?」
「どうしたの改まって」
「私、今回の特科試験でDクラスと協力することにした」
「……それでいいなら私は何も否定しないよ。ただあなたの進む道を拓くだけ」
彼女は立ち上がるとクラスチャットに彼女の端末を使って打ち込んでいく。内容はクラス委員長が取引をした結果Dクラスと手を組むことになったというもの。真子の持っている体育館の鍵を使ってDクラスと協力してできるだけ多くの警察を閉じ込めるから協力してほしいという内容だった。
「どうする、彩音も行くの?」
「もちろん。私が行かなくてどうするって話だよ」
二人はAクラスの教室を出て体育館に向かう。途中で牢屋から助け出そうとしているひとが自分のクラス以外にもいるのを見て、その隣を走って通り過ぎた。あの顔、確か一夜くんの。
今はそれよりも一夜くんだ。電話をすると案外すぐに彼は出た。たぶんもともとこの試験で電話をかけてくると踏んでいたんだと思う。
「もしもし」
「もしもし。協力するっていう話ですか?」
「そう、よくわかったね」
「それくらいしかあなたが僕に電話をかける理由が見つからないので」
「それなら、毎日電話してあげようか?」
「………けっこうです。本題に進んでくださいよ」
警察を遠目に見つけて真子が手で静止したので建物の陰に隠れながら話を続ける。
「実は私たち、体育館の鍵を持ってるんだよね」
電話越しに彼が驚くのが手に取る様に分かった。どうしてだろう、彼との会話をしているときはなぜかいつも主導権をこっちが握っている気がする。それが妙に気持ちが良いのか分からないけど、彼との会話は楽しい。
「だから協力して警察たちを閉じ込めようってこと。どうせならたくさん閉じ込めたいもんね」
「分かった。その件については特科試験前にみんなに言ってあるから協力はしてくれるとは思うけど、僕たちのクラスにはまだテンタクルが付与されている人が一人もいない。だから協力するにしても囮とか陽動とかはそっちに積極的に引き受けて欲しいんだけどそれでもいいかな」
「もちろん。ただCクラスの動向しだいでは形勢が傾くかもしれないから何人かは私たちのクラスも分散させるよ」
「うん、それは僕たちも同じだから」
「それじゃあ、集合は体育館の中で」
「分かった」
電話を切ると、すでに警察はどこか違うところに行ってしまったらしい。
会話の一部始終を聞いていた真子はこっちをむいて一言。
「なんで楽しそうにしてるの?」
「え、そう見えた?」
「まぁいいや。早く行こ」
私は自分の顔をつねってみる。別に熱くはない。そちらにしても気が抜けているのは確かだ。
両手で二回自分の頬を叩いて立ち上がる。
「置いてかないでよ真子」
「彩音が遅すぎるんだよ」
体育館に着くと、数にして三十人いるかいないか。あらかじめ連絡していたのでテンタクルの権利を持った生徒もこちらに集まっていた。
「集まってくれてありがとう。早速だけど作戦について話をするね」
クラス委員長として彼女が前に立って話す。本当に一夜くんは話を通してくれていたみたいで、こうしてDクラスとBクラスの生徒が顔合わせしても何かを言い出す人はいなかった。
作戦のほうはシンプルだけど意外とタイミングが重要なものだった。まずはどうにかして警察を数人呼び込む。できれば三包囲くらいからおびき寄せられれば一番いいかな。
「そしたらその間に全員で開いている扉を閉めて欲しいの」
その間、外から扉をしめて警察に開けられないようにしないといけない。
警察をおびき寄せた人たちはそのまま体育館の壇上上がってその裏口から出て鍵を閉める。そこから一番足の速い人に外周してもらって三か所の鍵を閉めてもらうっていう算段だ。
「だけどこの作戦、聞いて分かると思うけど体育館の外側を閉めているあいだはその人たちは無防備になる。だから警察を体育館に近寄らせない役割も必要になってくる」
だから今集まってる生徒の数でぎりぎり足りる足らないか。
ここで団子になっていても警察の餌食になるのでできれば早めに作戦を開始したいところだけど、一つ意見があると言って手が挙がった。それはクラスメイト。
「なんですか?」
「それだと一番リスクが高いのは体育館の周りで警察を挑発する役割ってことですよね」
「そうです。それは申し訳ないですけど、Bクラスに受けてもらいます」
「じゃあ、捕まっても助けてくれるんですか?」
作戦を出した側としてリスクの高い行動はできるだけBクラスが受けることになっている。これ以上生徒が捕まるのを懸念するのも分かっていた。言い返せないでいると一夜くんが口を開いた。
「なら、織戸君にまだ牢屋に助けに行くのを待ってもらう。前回たくさんの生徒を助けたのがその人だといったら少しは安心できると思う」
「……分かった。なら良いよ」
なんとか収まった。
全員の同意が得られたところで作戦を開始する。残り二時間半、まだ試験の終わりは見えない。
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