矢面に立てば

 さっきの放送。Cクラスの人が警察を捕まえたってことなら残るアイテムの獲得権は六つ。


 デバイスにその知らせが来てから数分の出来事でとても驚いた。


 一夜と伊予も上の階に向かう途中にいくつか鍵を見つけたけれどそのどれもが置かれていた場所とは関係ない。上の階に専門の教室は多くあるが、置かれていたのはどれも一般教室の鍵ばかり。もしCクラスがその人を捕まえることができたとするんだとするとよほど手際がいいか運がそれをすべて超えたかしか考えられない。


 どちらにしてもさっきのことが本当なら警察が一人減って嬉しい限りだ。


「そろそろ鍵集めはいいかな」


「あとはどうやって降りていくかだよね」


 集まった鍵は5個。十分なほどに集まっているのであとは下に行って織戸と合流したいところだけど。


 デバイスを取って連絡を取ろうとするとクラスの捕まっている人数の表示が急激に減った。


「織戸君、成功したみたいだね」


「本当に?良かったぁ」 


 本当に助け出すことに成功したんだ。現在捕まっているクラスメイトは二人。それでもほとんど織戸に助けられた形になっている。


 そしてそれを見計らっていたように設楽さんが鍵の収集状況についての現状把握のためにそれぞれが持っている鍵を報告する。当たり前だけど、一番鍵を集めることができていたのは中で安全に鍵集めに集中できていた一夜たちだった。


 合計して20本あまりの鍵。たぶん今回の特科試験のフィールドの鍵の10分の1も集めることができてないと思うけど、四クラスもあれば別に少ない方ではないのかなと思う。


 鍵が集まって分かったことだけど基本的に鍵は一般教室、つまりクラスが割り振れられた教室が多い。


 これは泥棒と警察どちらにとっても有用性がある。泥棒側からすれば警察を閉じ込めるのに、警察からすれば鍵で閉じてしまえば校舎の中を廊下だけの一本道にすることができて泥棒を捕まえやすくなる。


 広い施設の鍵もそういう意味で言えば警察側が手に入れた方が有利ともいえる。わざわざ泥棒側がそこを封鎖して逃げられる範囲を狭める必要はないわけだから。


「それもこれもとりあえずは合流してから考えよう」


 階段付近まできて下を覗き込む。足音は聞こえてこない。


「見た感じ、階段にはいないみたいだよ」


「今のうちに部室棟の方まで繋がってる階に行きたいな」


「ここだと挟み撃ちされたら一巻の終わりだもんね」


 現在は十三階。少なくとも七階までは降りないと旧部室棟への渡り廊下がないので心もとない。


 慎重を期して階段を降りていると織戸から一夜に電話がかかった。


「織戸君、無事だったんだね」 


「なんとかな。今んとこそっちも大丈夫そうか?」


「うん。今階段を降りているところ。渡り廊下のある階までとりあえず降りようとしてるんだけど、他のみんなは大丈夫そうだった?」


「それなら心配するな。それより、中は大丈夫なのか?」


「うん。大丈夫」


 デバイスに気を取られていたからだ。伊予が咄嗟に僕の手を引いてくれなかったら気づかないところだった。


「ごめん、見つかった。切るね」


 完全に見誤った。ここまで一人で上がってきていたなんて。


 失敗を嘆いていとも意味がない。とにかく上に向かって走るが残りが少ないのを二人は知っている。


 最上階の十五階の上、そこはもともと園芸部が利用していた植物園の名残で温室ハウスが置かれていた。両側の階段の出口はここに繋がっていて、何枚もの扉が植物ごとに環境が違う中で育てられていたのだと分かる。


 二人は先に屋上についたので、追いつかれる前に反対の階段から降りるために植物園の中を走った。一瞬振り返ってみると、相手はデバイスを耳に当てているところからして他の人に連絡を取っているのだろう。だから、僕らがここにきてすぐに分かれたのに気づいていない。


「いまだ」


 伊予は電話をする警察に悟られないよう、ドアを開けてすぐの通気口の裏から出ると扉をしめて鍵をした。その音に気が付いてドアノブを捻ったり叩いたりするがそんなものじゃ開くはずがない。


 そうなると残る出口は一つだけ。こっちに向かって鬼の形相で迫ってくるのを僕は温かい目で見守った。近くまで来たところで僕は扉を閉めて、全体重を使ってドアを引っ張った。


 残念ながらこのドアは押して外に出るタイプなので、よっぽど力の差がない限りそっちに開くことはまずない。ドアを挟んだ攻防を続けていると廊下を通ってきた伊予が来てちょうど力がこっちに傾いた瞬間の扉が完全にしまった状態、そこで施錠した。


 僕が手を離してもドアノブがガチャガチャとなるだけでドンドン叩いても扉は空かない。


「これはラッキーだったね」 


「屋上が園芸部室だったなんて思ってもなかったよ」


 運も実力、そこはCクラスの人とあまり変わらないのか。なんにしても一難去ってまた一難。


 次はここから織戸君と合流しなければならない。


「あ、テンタクルの権利を手に入れましたって通知が来た」


 鍵を閉めた本人に通知で知らせが入るのか。


 抜いた鍵をポッケにしまって階段の下を確認する。だいぶ下の方でこちらに向かってくるのが見えているけど、まだ時間がかかりそう。


「遠回りだけど反対側から降りようか」


「もう連絡が入ってるんじゃないかな。それなら何階か先に降りておいて屋上まで行くのを待った方が良いんじゃない?」


 僕たちを追い詰めるためにわざわざ三人も動員するとは到底思えなかったが、念には念を込めるべきなのか。とりあえず反対側も階段で下を覗いたが誰も向かってくる様子はない。


「こっちに来るのが見えたらどこかの教室でやり過ごすことにしない?」


「確かにそれがいいね」


 二人は降りていく。しかし誰もこっちからは来ている気配がないのでそのまま七階まで行けるんじゃないかと思ってしまう。十階を切ったところでこのままいけると一夜は踏んだ。


「次降りたら廊下をまっすぐに行くよ」


「うん」


 渡り廊下が見えた。


 これならいけるか?教室の扉は全て閉められていて生徒の姿はない。みんなどこかの教室に隠れて警察をおびき寄せようとしているのかな。人気のない廊下を走って渡り廊下に着いた時だった。


「捕まえた」


 その声は一夜の背後からした。振り返ると、声の主は伊予の肩に手を当てている。


 そしてそのゼッケンはAクラスのもの。


 最初から階段で待ち構える算段だったのか。ということはあの時見たこっちに来ていると見せたのもフェイク。


「ごめん、一夜くん」


 彼女の謝りは間違っている。彼女の作戦であれば捕まることはなかった。僕が甘えたせいだ。


「逃げて!」


 僕は彼女を背に走った。渡り廊下を抜けて部室棟。そこにはいくらか生徒がまばらにいた。


 あからさまに警察を閉じ込めようと身構えている人もいれば、なんとなくでその場にいる人もいる。しかしこうなった以上一夜はなにがなんでも織戸くんと合流しなくてはならない。鍵をすべて僕が持っていたのが幸いしている。これを織戸くんないし設楽さんに届けることができれば僕たちの仕事は大いに果たすことができたと言ってもいい。


「ごめん。絶対助けに行くから」


 少なくともここで織戸と一夜は連絡を取り合うべきだった。


 それぞれがそれぞれの方向を向いてしまった結果、最悪のタイミングで彼女の切り札が切られようとしていたから。笑みを浮かべた囚われの少女がデバイスを操作する。


「私を閉じ込めたのは失敗だよ、湯田川君」


 特科試験開始から20分。テンタクルの権利獲得数、5。泥棒の確保状況、7%。

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