テンタクル

 三人は、こうも目立った行動をすればきっと彼らは付いてくるに違いないと思っていた。


 だが現実として彼らが一夜たちに反応を示すことはなく、それに気づいたのは校舎の中に入ってしばらくしてからデバイスに連絡が入ってだった。送られたのは織戸、とるとその相手は設楽で非常携帯越しにでも漏れてくる彼女の焦った声音を聞き逃すことはなかった。


「だれもあなたたちを追いかけようとしなかった。たぶん、校舎のほうにいない生徒を一網打尽にするつもりなのかも。だから、三人は絶対に捕まらないで!」


 その言葉が留守電として残っていた。


 確認した限り、だいたいの生徒は外に出ていたはず。まさかそんな包囲網みたいな作戦が成功するとAクラスは本当に思っているのか?


「とりあえず、上に行こう」


 渡り廊下のある三階まで行って外の様子を再び窺うことにする。さっき走った時にこちらに一人も来ていないということは中は少なくとも安全ということ。校舎に残った生徒もわずかではいるので、どの階でも外の蹂躙ぶりを見ている人がいた。


 中に生徒があまり残らなかったのは、多少仕方のないことではある。教室の面している廊下は一つで、それが何教室も続いている。加えて鍵をかけることができないのでとにかく警察有利だ。運動神経が良ければ話は変わるが、それも複数人となると外とは違ってすぐに詰んでしまう。唯一良い点としてはとにかく階が多いこと。階段は三か所あって渡り廊下もある。30人で一気に見張ることはできないし、かといって要点を抑えるだけにとどめていればAクラスは勝つことはできない。


 だが今は全員が外。多くの生徒を捕まえてからそれをするのは目に見えているが、逆にそれを塞ぐ手段もない。つまり手詰まりだ。


 五階に着くと、そこにも人の影がいくつか見える。織戸は設楽に連絡を取ろうとするも、彼女も懸命に今逃げているのだろうか。つながる気配がなく、仕方がないのでデバイスを閉じた。


「ひーとーよーくん。また会ったね。やっぱり私たち運命共同体かもしれないよ?」


 手を振って近づいてきたのは坂本さんと鈴木さん。他にBクラスの生徒はいないらしく、彼女達のクラスも外に出ている人が多いのだろうか。


「それは考え直した方が良いですけど、また会うなんて偶然ですね」


 しかも試験中に。そういう意味では運命に導かれているのかもしれない。


 デバイスにはそれぞれのクラスの確保状況というのが記録されるカウンターが表示されていて、少しづつではあるがどのクラスもその数字を増やしていた。それを確認していると突然彼女が呟く。


「そろそろだよね」


 それに対して分かっているという意味がこもっているであろう返事を織戸がする。


「そうだな」


 互いに顔を合わせて、分かっているなみたいな表情で静かに頷くのを見て何故だか無性に腹が立ったが実際何も分かっていないので何が起こるのかを待った。


 捕まった人数が合計で10人を超えた頃、彼女が言った通りデバイスが震える。届いた一通のメールは試合に新たな要素を加えるもの。かなりの長文のメッセージに、とてもじゃないが警察を相手にしている外の人たちが見る余裕があるはずもなく校舎にいる人たちにしかその情報は最初の段階で伝わらない。


「長いな」


 確かに長い。よく見ればこれは警察側、泥棒側どちらにも追加的に増えた要素だった。


 そのため前半にある警察側の文章を飛ばして先に泥棒側の文章を読む。


 それによると、ある条件をクリアすることによって警察捕まっても牢屋に投獄されなくなるという権利を獲得することができるようになるらしい。具体的には三度警察に捕まるまでその泥棒は逃げ続けることができ、仮にそこから逃げ切ることができた場合再び投獄されるには再び三度確保されなければならない。


「そのアイテムがテンタクル」


 触手。つまりは蛸ってことか。


 蛸の心臓は三つあると聞いたことがある。それから取って三度の命。


「その権利は全部で七つ。権利を獲得した者はデバイスから誰にその権利を与えるのかを選択することができる。ってこれ、他のクラスも選択できるぞ」


 織戸がその権利選択画面を開くと他のクラスの名簿にも移ることができていた。だけど今それはあんまり重要じゃない。重要なのはその権利をどうやって手に入れるか。一夜はさらに読み進めていく。


 権利を獲得する方法は鍵を使って警察を教室に閉じ込めること。


「なるほど。それはおもしろそうだ」


 警察を減らしつつ、自分たちの生存性を高めることができる。まるで一石二鳥のような要素だ。


 教室の鍵は予めいろいろな場所に隠されているとのこと。またその中にはマスターキーも存在していて、鍵は数量に達し次第再び配置されることはない。


「ただし、その鍵は警察も手にすることができる?」


 伊予が驚きで声をあげた。その声を聞いて織戸と坂本はすぐにデバイスをスワイプする。


 それで納得いった顔をして織戸は僕らに、その画面を見せた。


「このミッションは表裏一体だ。俺たちが有利になる側面がある一方で、不利になる要素も確実に存在している」


「これ、クラスメイトを助けるのとどっちを優先したらいいんだろう」


 Dクラスの生徒は今見ると10人は捕まっていた。このまま鍵を探している間にも生徒達が捕まっていくことを考えると一度は助けに向かわなくてはいけなくなる。


 だけど警察を警戒することなく鍵を取りに行くことができるのは今だけ。天秤に架けた時優先するべきはどちらか。坂本さんたちは添付された鍵のある位置を確認しながらすでに動き出している。きっと他の生徒たちもだ。


「なら、俺が助けに行く。お前らは鍵を探しといてくれ」


「でもいいの?」


「どっちにしろ誰かはいかないといけないんだろ?この中なら俺が一番運動神経が良いんだから助けに行くのは妥当だと思うが」


 僕や伊予が一緒に行っても足手まといになる未来しか見えない。それなら、手分けをするべきなんだと思う。


「そうだね。でも捕まらないでよ」


「当たり前だろ。二人とも、たくさん鍵ゲットしとけよ」


「「うん!」」


 彼が階段を降りていくのを見送って、二人はデバイスで鍵のある場所を示した地図を出す。たぶん地上に近い階の鍵は今行っても間に合わない。かといって外に出るのはリスキーすぎる。ということは、


「上に行こう、伊予」


「うん。まずは人のいない階まで上がっていこう」


 階段に足をかけて上の階を目指す。


 そして同時に、校舎の中に足を踏み入れる影があった。

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