夢見る阿保はただの阿呆
七月前半、クラスのみんなで暗記会をするのが当たり前になって数週間が立った頃。
それは知らない間に普通の勉強会に変わっていて、みんながそれぞれに勉強を教え合うような仲に変化していた。特にその中でも伊予は一番勉強できるということもあって色々な子に頼りにされている。
そのおかげもあってか、勉強も身になってきている。最近では意味も分からずに暗記していたものがその過程までちゃんと理解して答えにたどり着くことができるようになってきた。加えてクラスの中に一体感が芽生え始めていて、とてもいい調子な気がする。
初夏の爽やかな天気は、その風景に似合った暑さを晒してくる。クーラーがあるというのは本当に良い。中学にはなかった恵みだ。しばしみんなで休憩に入ると廊下を覗く。
当たり前だが他のクラスはこんな勉強会なんて行っておらず、そもそも生徒が校舎にあまり残っていない。今日は次の特科試験の発表日なので放課後にどこかに集まっているのかもしれないが。
「確か、Cクラスは体育館を借りてるって聞いたな」
「あの子からは何か連絡来てないの?」
「何も。あれからなんの音沙汰もないよ」
そういえばCクラスのあのPPの減りようについてなんだったのか分かっていない。
何か大きなことを企もうとしているのかな。
「繰原さん、少しいい?」
後ろで彼女を呼ぶ声がして席を外す。それを二人で眺めていると織戸が呟く。
「なんだかんだなじめてよかったな」
「そうだね。最初はどうなるかと思ってたけど」
一回目の特科試験で彼女は危うく濡れ衣を着せられそうになっていた。あれを放置していたら確実に彼女は孤立していたと思うと、今の彼女にはどこか安心感すら覚える。
「何か織戸君はCクラスについて思うことがあるの?」
さっき気にしていたように呟いていたので尋ねる。彼は頭を掻きながら「大したことじゃないが」という枕詞をつけて先日聞いたという話をし始めた。
「Cクラスはどうやら割と大きな額のPPを支払って夏以降の特科試験の予定について先生に聞いたらしい。今の調子で行けばPPに比重的には定期試験の方が重いのにだぞ?だから俺もわざわざ答案を買い取ろうとしたわけだが。なのにCクラスは特科試験の方を重視したのが気になるんだよな」
今の試験のシステムだと、確かに定期試験で上位を独占する方が結果的に多くのPPを手に入れることができる。それは予めAクラスという存在が証明している。あの試験だけで何百万PPの差が生まれているのは確かだ。
「むしろそれを聞いたうえで特科試験について事前に情報を集めることにしたんじゃない?」
「……確かにそれは俺の読みが甘かったかもしれないな。だが少なくとも0じゃない。PPの振り分けが規制されるのも少しづつだろう。一気にPP配当が減れば今まで前回みたいな使い方をしたら一気に破滅するのは目に見えてるからな」
ちょうどいいタイミングで伊予が戻ってくる。
「何の話してたの?」
「いいや、なんでも」
そう言って織戸がごまかす。それを見て今度はこっちに聞いてきたので僕も彼に倣った。
「大したことじゃないよ」
「嘘だ。試験のことじゃないの?」
「なんだ、分かってるじゃないか」
織戸がからかうように言うので彼女は怒る。怒ってもあんまり怖くないので彼は普通に今話していたことを繰り返した。内容を理解すると彼女は閃いたように声を出す。
「坂本さんに聞いてみればいいと思う」
「でもあいつ、どっちのクラスか分からないんじゃなかったか?」
「そうだよ。彩音は」
急に伊予の視線が鋭くなった。なんだ、今なにか怒るようなこと言った?
「だから、見に行けばいいんだよ」
「見に行く?」
「誰も他のクラスを見に行っちゃだめなんて言ってないし、生徒心得にも書いてないよ」
言われてみれば暗黙の了解的に誰も他のクラスには近寄ろうとしない。それはもはや慣習のようなもので誰もが口にはしないがわきまえていること。だからこそ、僕たちのクラスもこんなにも堂々と答案暗記会なんてばれれば速攻通報レベルのことをしているわけで。
「それはブーメランだからダメだ」
やっぱりそれは織戸くんも気づいてた。そうして結局何もCクラスについて進展することもないまま時間が訪れる。全員のデバイスにお知らせが通達された。
「次の特科試験について」
デバイスを開いて内容を確認する。
試験内容:TRPG
聞いたことのあるゲームだ。確かロールプレイゲームをなんか色々な道具を使って話が作られていくみたいなやつだったような。
「相変わらずこれじゃ何をするのか分からないな」
「でも面白そうじゃない?」
伊予の意見は少しだけ分かる。一度はやってみたいとは思うゲームだから今回できるのは少しだけ楽しみと言うのは同感だ。
「俺はとりあえずCクラス見てくるわ」
「さっきと言ってること違うよ?」
「分かってるよ。教室に行くんだ」
また何をするつもりなんだ。
後になればわかることか。
「まぁいいか。そうだ伊予。ちょっとわかりづらいところあったんだよ。教えてくれる?」
すると目を輝かせて彼女はそれについて聞いてくる。
「どこどこ?教えてあげる」
生き生きとした彼女に僕は勉強を教えてもらって、その日は終わりになった。
さてさて。
「まずはいるかいないかだな」
ゆっくりと扉の背後に潜みながら中に誰かいるかを確認する。放課後からしばらくしていたので人のいる様子はない。ゆっくりと扉を開けるが反応はなかった。
「さすがにいないか」
教室の後ろの方で録音機を隠せるところを探していると、前方で物音がする。
誰だ。
振り返って誰がいるのかを確認する。教卓の下で動く何かがいる?
「……」
とりあえず身を隠そうと屈んだ。
「……ん。もう、四時か」
起き上がったその何かは、寝起きの声をあげながら鞄を持って教室を出ていく。
焦らせるなよ……。
「さっさと戻ろう」
目立たないところに録音機を置いて教室を出ようと扉に向かう。入り口を見て織戸は後ずさりした。
さっき出て行った生徒がこちらを外から眺めていた。扉を開けてその少女はゆっくりと近づいてくる。
「なに、してたの?」
しくったな。後悔先に立たずとはこのことなんだと、織戸は理解した。
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