間違えは今さら
設楽さんにそのことを伝えると、かなりご立腹の様子でどうして他の人と相談しなかったのかとしつこく詰め寄られた。それは冷静に考えれば当たり前すぎることなので返す言葉もなく、僕は言葉の雨を傘も持たずに浴び続けた。
「これからはくれぐれも一人で解決しないように。私たちはクラスメイト、仲間なんですから」
そう言うと、頭を抱えて姿を消した。たとえ僕が招いたことで僕に責任が向けられたとして、これからもきっとクラスをまとめるのは彼女なんだ。きっと彼女に架せられたものは僕よりも何倍も重いはず。
だからこそ、最後の彼女の言葉には説得力があった。誰もが協力する。そうしないとこの学園で上がっていくことはおろか、生き残るのすら難しいんだから。
「反省は終わったか」
「しょうがないよ。一夜くんはそうするしかなかったんだから」
幸いなのが、彼女らとの協力には時間が空くということだ。その間にクラスメイトを説得して、織戸君の手に入れた答案を使ってみんなで好成績を取る。そのためにまずは僕がみんなに言わないと。
翌日の放課後に設楽さんの呼びかけでみんなに残ってもらう。一応これからの特科試験についての話という体で呼び留めてもらったので、とつぜん僕が前に立ったのを見てみんなは少し意外そうな顔をした。
「僕から大事な話があるって言うのは意外だと思われたかもしれないけど、それには理由があるんだ。みんなはこの間の三葉先生の猫の件を覚えていると思う」
みんな顔を合わせてそうだねと頷く。先生も少し反省しつつこちらを見ている。
「しらたきを僕は無事見つけることができたんだ。ただその時に僕はある人と約束をした。猫の件を秘密にする代わりに、私の言うことを一つ聞いてもらうっていう条件で」
どういうこと?という困惑がクラスに伝播する。もちろんこれだけ言っても何のことか分からないと思うので一夜はさらに話す。
「そもそもこの学園で生徒は生き物を飼うことができない。先生なら話は別なのかもしれないけれど、あの教室のことまでばれたらさすがに言い逃れできないと思ったんだ」
そこまで言ってからみんなの方を見るとひとり頭を抱えた人がいる。三葉先生だ。
待って、今何か余計なことを言った?
改めて自分の言動を振り返っているとその答えは生徒の方から示された。
「あの教室って何?」
「………あっ」
これは失敗だ。こうなるとみんなの疑問を解消するには説明せざるを得ない。
諦めたように三葉先生が立ち上がって教卓に立つ。
「それについては私が説明する。始めに、これは私自身の問題であって決して駿河くんは関係ないことを理解したうえで聞くこと。非難はすべて私に向けてくれ」
その前提で彼女は話を進めた。
「私はこの校舎の空き教室で猫を飼っているんだ。で、それは許可されたものじゃないということだ。つまり結論を言うと彼は私のこのことがばれればクラス全体に影響があると思ってBクラスと交渉したということだ」
「じゃあ先生が悪いってことですか?」
「そうだ。すべて私が悪い」
堂々と言い放った彼女の強い語気に、誰も意見をそれ以上述べない。むしろ燻ぶったような気持ちが心に残って目だけで訴えるような視線を彼女に送るのみ。
「あとででも、私に文句なりなんなりしてくれ。まぁそれか学園に訴えてもらってもいい。ただし彼には何も言うな。それだけは絶対に守れよ」
彼女が去った後には沈黙が流れる。やっぱり教師しているときの先生には威圧感があって気軽に接することができる人はいない。
このまま黙っているわけにもいかないので一夜は交渉の件について具体的に説明する。
「僕が交渉をしたのは、たぶん話していた感じからしてBクラスかCクラス。でも追い越されることを考慮するんだったらBクラスの方が可能性が高いかも。とにかくその女子とした交渉の条件で僕らのクラスが手に入れたものはさっき言った通り猫の件についての口封じ。それで相手が求めてきたのは、時期は分からないけど特科試験が行われているときにクラス同士で協力すること」
それだけを聞くとあんまり悪いようには聞こえない。実際ぼくもそれが悪い条件には思えないというのは今も変わらない。
「それはいいんじゃないの」
僕の気持ちを代弁する声が出る。ここまで相手の掌の上だったらもう完敗だけど、相手もそこまではきっと考えてない。協力すればAクラス相手に有利に進めれるくらいのものだと思う。
「うん、だから僕も色々な可能性があるんじゃないかと一通り考えたうえで彼女と約束した」
一通り僕の言いたいことを言い終わると、手が上がった。
「一ついい?」
「うん」
「その子が誰かは分かるの」
名前。最初に彼女が名乗っていたものを僕は復唱するように唱えた。
「坂本彩音。確かその名前だった気がする」
「その子、Bクラスのトップだよ」
もともと控えにとっていたのか、写真で撮った定期試験の成績を見せてきた。
クラス順位31位。伊予ほどじゃないにしてもAクラスを除いたうえで一番賢いってことになる。
「でもどっちにせよチャンスってことだよね」
そうCクラスを追い越せるかもしれない。クラスが前向きな方向に転がったところでタイミングを見計らっていたかのように織戸が立ち会がる。
「そこで俺からみんなに提案がある。これを見てくれ」
彼の右手には答案用紙が掲げられていて、それをおおっぴろげに見せびらかすようにもう片方の手でそれを大げさに叩いた。
「これは次の定期試験の答案用紙だ。この学校のテストのカリキュラムは徹底されてる。基本的に授業が滞ることは無いから、テストは事前に作成されてるんだ。定期試験が行われているときにはすでにもう次の定期試験は作り終わっているふうにな」
「つまりそれを暗記してテストに挑むってこと?」
全員の意見を代弁するように設楽さんが答える。
「そうだ」
「でもそれって」
「よくないこととか言うなよ、設楽。この学園でそんなこと言ってたら上には行けないぞ」
正攻法で突き進むのには限度があることを彼女も理解しているのでそれ以上は設楽さんも言い返さない。
「来月にはもう定期試験がある。俺たちはこれを使ってAクラスに勝つ。勝ちたい奴は手を挙げてくれ」
最初はまばらだった手も気づけば全員上げていた。
「ありがとう。俺の我儘を聞いてくれて」
そうしてこの日から定期試験に向けて暗記会が始まった。誰もが無駄な努力を一生懸命にした。
これが僕たちにできる努力だから。
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