安堵、and

 しらたきを抱えて戻ると、僕が抱えているものを見て三葉先生は急いで駆け寄ってその子を受け取った。


「どこにいってたの、心配したんだから」


 そう言って頭を撫でるが、肝心の本人はまるで知らないといった顔で鳴く。みんなが戻ってきて、次々に猫のところに行って愛でる。


「みんな、ありがとう」


「たまにはこっちにも連れ来てよ」


 鈎が言ったことにみんな頷く。あっという間に人気者になったしらたきは彼女と一緒に教室を出ていった。見ると時間はいつの間にか四時になっていた。


「帰るか」


「そうだね」


 純粋に疲れた。何か甘いものを食べたい気分に一夜は二人を誘うことにする。


「ねえ、ちょっと寄り道しない?」


 訪れたのは、初日から気になっていたスイーツのお店が並んでいるところ。いくつかの店には生徒の気配があり、気にする必要もないとは分かっているが無意識のうちに避けようとしてしまう。


「一夜くんはどこに行きたいの?」


「え、そうだな。パフェを食べたいかな」


「なら、あそこにしようよ。私あのお店で食べたことあるけどめっちゃおいしかったんだ!」


「織戸くんはどう?」


「なんでもいい」


 ずかずか先人切って入っていってしまった。慌てて二人も中に入る。内装は白に統一されていて綺麗でなんかおしゃれな感じがする。店員がメニューを持って机に置いてなんか綺麗なグラスを人数分置いていく。飲むと謎の風味のある水でなんか癖になる。


「偶然ね」


 後ろから声を掛けられた。振り向くと聞いたことのある声がした。一席離れた場所にある二人掛けの席に座っている女子。ケーキを食べながらこちらを見ていたのは、さっき別れたばかりの二人じゃないか。


 口に含んでいた水を拭きだしそうになって抑えると気道に入ってむせる。大丈夫?と隣に座っていた伊予が背中をさすってくれたので大丈夫と手を挙げる。


「おーい、大丈夫?」


「お気になさらず」


「うわっ、他人行儀~」


 口を尖らせてぶーぶー言ってる彼女を見て伊予は誰?っという顔をしている。入る店を間違えたと思ったけど今更出るわけにもいかない。僕はとりあえず彼女らが興味を失うのを期待してメニューを決めようと二人に言う。


「いいの、知り合いなんじゃ」


「知らないから無視して良いよ」


「そう言ってるんだ。とりあえず注文しようぜ」


 各々が注文をしてパフェが来るのを待つ。無視するとはいってもやっぱり気がそっちに行く。しびれを切らした織戸が口を開けた。


「用があるのか?」


 視線の先には席の離れた二人がいる。彼女らはパフェを食べ終わってチルタイムをすごしていたので声を掛けられるとは思っていなかったらしい。


「今話してもいいの?」


「別に取って食おうっていうんじゃないんだからそんなに怒った顔しないでよ」


 でも警戒するのは当然だと思う。結局は他のクラスなんて敵みたいなものだ。協力するのが必至なこの学園のシステムの上で、他のクラスと仲良しこよしをするというイメージが浮かばないのは致し方ないのかもしれない。


「なんで今なの」


「それは……チャンスだから?」


 彩音にとっては彼のクラスメイトがいることは良いことだった。彼一人相手に話を進めても絶対にうまくはいかない。一つの約束を糧に大きな交渉に持ち込めるなら万々歳だ。


「お待たせしましたー」


 パフェが三つ置かれて、三人はそれを食べ進める。予想以上のおいしさにパフェの方に意識が全部持っていかれた。それを傍目からみていた二人は「おいしいもんね」と仕方なさげに食べ終わるのを待った。


「用はなんだ」


「いや、そんな真面目な顔しても遅いよ」


織戸の淡々とした声音で問いかけるが威圧感はその前の行動ですべて掻き消えた。まさか彼が甘党だったとは意外だった。


「いいから言えよ」


「そう言われると言いたくなくなるな」


「……お前なぁ」


 ダメだ完全に弄ばれてる。僕は二人の間に入るようにして話を進める。


「分かったから。それで、坂本さんは結局何をしてほしいの?」


「彩音でいいよ」


「じゃあ、彩音でいい?」


「うん、それで決まり。してほしいことはね、もう決まってるんだ」


 これの良くないところが、都合不都合どちらに転んだとしても断ることができないということだ。僕はパフェの下に残ったフレークを掬って口をもにょもにょする。こんなんで蛙化しないでね。


「私たちと協力関係を築かない?」


「それは個人的にということか?」


「いいえ、クラスでよ」


 つまりはDクラスと、彼女らのクラスとが協力するということになる。だけど改めて考えると彼女たちは一体どのクラスなんだ?


「それってメリットある?」


 伊予が呟いた。言われてみればそうじゃないか。わざわざ一番下のクラスと協力するなんて足引っ張る人を増やすに過ぎない。彼女たちのクラスのメリットなんてあるのか?


「あるよ」


 明確に彼女は言いきった。それ相応の何かがあるに違いない。


「それは、次の試験?それともその他の場合?」


 確認するところは確認しておかないと。そもそもこれは僕としては賭けになる。信用をすべて失うかそれに勝ってCクラスを追い越すか。


 独断で結んでしまった約束がゆえに。


「もちろん、特科試験の時だよ。でも条件がある。私たちが協力したいときになったらキミに連絡する。それが協力する合図だよ」


 不平等条約を結ばされた気分だ。あまりいい気持ちではない。


「……分かったよ。でも連絡なんてどうやってするの?」


 このデバイス、もともとクラスメイトとのチャット欄だけはもとから設営されていてその他の機能をほとんど触ったことがないけど他のクラスともできるのかな。


「ほら、デバイスかざして。これでチャットできるようになるから」


 どうやらほとんど僕の知ってるチャットツールと変わらないみたいだ。


「じゃあ、私たちはこれで。これからもいい関係を築いていきましょうね」


 二人は席を立って店を出ていった。二人がいなくなってしばらくしてから織戸が口を開いた。


「お前、なんか弱みでも握られてんのか?」


「話なら聞くよ?」


「大丈夫。大したことじゃないから」


 こんなことになるならやめておけばよかった。後悔したけどもう遅い。


 今はただただ設楽さんにどうやって説明しようかと頭を悩ませていた。

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