裏道回り、悟られず

 Bクラスの委員長、坂本彩音は気落ちした心を紛らわせるために窓の外を眺めていた。


 再試となった特科試験、それに乗じてBクラスは主にPPを増やすことに専念していた。勝っても負けても、手元にPPさえ残すことができるのであればそれはもはや敗北とは言えない。失うことをチップにゲームに参加して成り上がりを狙うよりも、たとえ手持ちが簡単に潤うことはなくても少しづつ肥やしていく。それがBクラスの選んだ方針だった。


 幸い、学力も知力も学年の中では平均以上の生徒がそろっていた。まさかこうも簡単に成功するとは思っていなかったけど。


「クラスが分かれてるのは、どうにかしないとね」


 あれ以降クラスが二分してしまった。結果に対して失ったものが大きすぎた。


「なーに落ち込んでんの彩音」


「……真子。なんでここにいるの」


「なんでって、親友なんだからどこにいるかくらいだいたい分かるよ」


 空の廊下には生徒の姿はない。二人取り残されて、みんなは一体何をしているんだろうか。


 私一人でこんなに悩んでいて意味はあるんだろうか。


 そんな悩みを隣にいる彼女に打ち明けたら、私の望んでいる答えは帰ってくるだろうか。


「あっ」


 猫だ。という声は真子から聞こえてくる。


「こんなところに迷い込んでくるもんなんだね」


 周りは謎の絶壁に囲まれているこの学園。ほとんど閉鎖空間なのに猫なんか迷い込んでくるんだ。もしくは、あの壁を登ってきた凄い子なのかもしれないけど。


「気晴らしにあの猫ちゃんと戯れに行こうよ」


「でも」


「いいからいいから」


 彼女に手を引かれて階段を降りていく。やっぱり、私はこういうのがいい。




 噴水に向かった一夜たちは、靴を履き替えて校舎を出ると水の叩く音が聞こえる方へ向かう。そこには絶えず水が噴き出している噴水があり、周りは申し訳程度にベンチが置かれていてその後ろには小さな庭園のように花が植えられている。しかしそのどこにも猫の姿はなかった。


「やっぱりそう簡単には見つからないか」


「そもそも猫ってどこを好むとかってあるの」


「調べてみようか」


 デバイスを開いて単語をいくつか羅列して検索をかける。出てきたのは静かな場所、土や砂、芝生や食べ物を得られる場所だそうだ。


「ここもある意味では、その場所だけどね」


 この学園のほとんどは舗装されているため、こうして地面が土になっている場所はあまりない。


「それなら、校庭は芝生だよね」


「食べ物の線を狙うなら飲食街に行くべきだな」


 二人ともが違う場所を示した。方向的にはちょうど真反対の位置にある。


「なら、間を取って僕が部室棟の方に行ってくるよ」


「そんなところに何かあったっけ?」


「あそこには廃止された部活の活動場所がある。日向ぼっこするには最適の場所だと思うよ」


「じゃ、あとで集合な」


 織戸がそう言うと三人は互いに違う場所に向かった。道中でもイメージ的に暗所とかが好きな気がしたからそれっぽいとことろを見てみたけどやっぱりいなかった。


 部室棟に着くと、その建物の前方には大きな芝生とそれを取り囲むようにあるトラック。その後ろには大きなネットがかけられているからたぶん野球部の場所で、隣にはテニスコート、弓道場、体育館と施設を詰め合わせたみたいな場所になっていた。


「でも誰も使ってないんだよね」


 そう思うと少しだけ悲しくはあったが、今はそれよりもしらたきを探すことを優先しないと。とりあえずしらたきの名前を呼びながら歩き回る。


 六月と言っても晴れた空のもとにずっといると汗も掻いてくる。日陰を探しながらぶらぶらと散歩をするがやっぱりそう簡単には見つかってくれない。しばらく歩き回って休憩でもしようかと自動販売機を探していると、角を曲がった先で生徒の声が聞こえてきた。


 どうしたんだろうと曲がり角で耳を澄ましてみたがどうやら何かと戯れているらしい。邪魔しても悪いのでとりあえずしらたきじゃないかだけ確認するためにこっそりと覗いてみる。


「あれ、しらたきじゃ」


 戯れられていたのは猫だった。しかもしらたきと同じ毛の色。遠目だから目の色は判別できないが限りなく記憶の中の姿と重なる。一夜はそのまま歩いて戯れている人のもとに向かう。


「あの、少しいいですか」


「ん?どうしたの」


 改めて思うと他クラスの人と会話をするのは初めてかもしれない。ここは一応自己紹介をしておくべきか。


「僕、駿河一夜っていいます。少し聞きたいことがあるんですけど」


「私は坂本彩音。この子は鈴木真子よ。それで、聞きたいことって言うのは?」


「その子のことについてです。その猫はあなたたちが飼っているんですか?」


 そういうと彼女は抱えていた猫を置いて言った。


「まさか。ただ、窓から外を眺めていたらのんびり歩いているこの子を見つけてね。遠目から見ているつもりだったんだけど思いのほかこの子が懐いてきたから遊んでいたの」


 ということはたぶんこの子がしらたきだろう。


 よかった、こんなにすぐに見つかって。もっと時間がかかるか、見つからないかもしれないと思っていたから一安心だ。


「実はその子、もう既に飼い主がいるんだ」


「そうなの?でも生徒が飼育するのは許可されていなかった気がするけど」


 さすがに鋭い。そう切り返されるのは分かってはいたが、とはいっても彼女らの手にも置いておく理由がないのも確かだ。何か考えは無いだろうか。


「飼い主がこの学園に脱走してしまったのを捜索するように言われてね。そこまで大掛かりにしてするべきほどのことじゃないから、現状最下位のクラスであるDクラスにその仕事が渡されたんだ」


「ふーーん」


 あんまり信じてない風に僕を見つめる二人。弱ったな。こういう時織戸くんだったらもっと起点を利かせることができるんだろうなと自分を悔やむ。


「嘘だよね」


 きっぱりと彼女は言った。


「だって目が泳いでるもん」


 ダメだな、完全にばれてる。これは正直に言った方がいいか?でも、そうしたら三葉先生の立場が危うくなってしまう。


「まぁいいよ。でも代わりにさ」


 彼女が近づいてきて耳元で囁いた。


「一つだけ、私の言うことを聞いてほしいな」


 それは彩音の思いついたクラスをまとめる良い作戦。


「ね?ここはWinWinの関係でいこうよ」


「…………?まぁ、分かった」


 こうして彼女に一度だけ協力するという条件に、しらたきについて追及しないという約束をした。

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