シュレディンガーの猫探し
梅雨ほど嫌いな季節は無い。そう思いながら雨の降る外を眺めながら一夜は授業を受けていた。
やり直しになった特科試験がやっと終わったことでみんなひと段落をつく時期。試験結果と共に各クラスの総PPが公開された。それによるとAクラスは1170万PP、Bクラスは910万PP、Cクラスは700万PPにDクラスが820万PP(全クラス五桁以下切り上げ)らしい。昼休みになって一夜の机に集まった三人はそのデータを見て話していた。
「こう見ると一回の試験でだいぶ差が開いてるね」
「そうなんだよな。結局理事長の子供の話ももう誰もしていない。逆言えばそれで試験をやり直せたのは良かったんだろうな」
その点にはCクラスに感謝したい。だが家接はこのデータを見て思う。
「どうしてCクラスのPPの減りが僕たちのクラスより激しいんだろう?」
仮に僕みたいな訳アリがいたとして、それがCクラスに偏ってるなんてことはあんまり考えられない。順当に考えればCクラスだけ何かにPPを使っていることになるわけだけど……。
「誰か、設楽さんよりももっと実質的なリーダー格がCクラスにはいるんじゃないか」
「そうかなー?なんで織戸君はそう思うの?」
「思い出してもみろよ、特科試験をもう一回する原因になった出来事を。確か二人はその光景を見ていたんじゃなかったのか」
職員室のあれか。確かクラスメイト達が大勢抗議していたやつ。
あれってCクラスだったんだ。
「あれを扇動した人がいるってこと?」
「たぶんそうだろ。じゃないとあんなリスクのある行動は取れない。まあ再試するって初めから想定して動いてたなら話は別だが、最悪停学のリスクを背負ってまですることじゃない」
「でもそれで今回の結果じゃ意味ないんじゃ」
Cクラスは特科試験で最下位、加えて総PPも学年で一番低いとなると失ったものに対して何も手に入れたないことになる。しかもクラスで暴動を起こしたせいでたぶん先生たちには目をつけられてるだろうからあんまり派手なことをすることも多分できないだろうし。だが織戸はさして気にしていないかのような返事をする。
「それは、気にしなくていいんじゃないか?」
「どうして?」
「だって、来年の春までにそれが覆ってればいいんだから。どれだけ失敗しようと最後に成功した奴の勝ちだからな、この学園では」
最終的に行きつくところはそれ。結果がすべて。
あったまりすぎた。話題を変えよう。
「そういえば、定期試験の答案用紙の件はどうなったの?」
結局特科試験の時に結果を聞き忘れていた。その後がどうなったのかを伊予も気にしている様子なので、彼はデバイスをスワイプする。
「それがだな、三葉先生というのは案外口が堅かった。PPを払うと言っても要求は飲み込んでくれなかったんだ。お金で買えないものもあるとかなんとかぬかしやがって、一瞬先生っぽいところを見せたのは気に食わなかったが結局は教えてくれたよ」
「今の流れで教えてもらえたんだ。何したの?」
「まさか脅したりはしてないよね」
彼ならやりかねないのが怖い。まぁそれで押し負けるような人ではなさそうなのが三葉先生だけど。
「俺を何だと思ってるんだよ。そんなことするわけないだろ」
すました顔で彼は続ける。
「実は先生が空き部屋を私物化しているのをたまたま見てな。それを交渉材料にしたらすんなりくれた。PPも使わなくて済んで一石二鳥だったよ」
それを脅しと言わずして何というのだろう……。
何はともあれ目的は達せられたということだ。負けっぱなしで終わることが無くて良かった。
「これでもAクラスにはまだまだ及ばないって考えると、一体何人天才がいるんだろうな」
「覆せないものもあるからね」
それを憂いていても仕方がない。だからこうして小さな一歩を進んでいる。
「というか、どうして織戸は先生の部屋のこと知ってるの?」
てっきり、あの場所は僕くらしか知らないかと思っていた。先生の態度からして明らかに許した人しか迎え入れてなさそうだし、僕みたいな人に言わなそうな人を選んでいるのかと。あれがばれると多分クラスでの立ち入りが悪くなるとは言わないけど、クールな先生はもう気取れない。
「ああ、それなら普通にお前の後をつけてたんだよ」
当たり前のようにつけていたことを宣言されたので思わず返す言葉を失う。そう思うと織戸と会話をしている先生の表情が目に浮かんで哀れになってきた。
「これがその答案な」
「ホントに答えが書いてる試験用紙なんてあるんだ。なんかずるしてるみたい」
「ずるしてるんだけどね」
「それは言っちゃダメだろ。あとは試験の近くになるまで安全な場所に隠しておくってことだけだ。ちょっとこれだけは置きに行ってくるわ」
鞄にしまった織戸は教室から出ていく。しばらくしてチャイムが鳴ったが彼はまだ帰ってこない。幸い、授業は担任の三葉先生だったがすこし様子がおかしい。
いつものきりっとした雰囲気が薄れているような気がしないでもない。だがそれを誰かが指摘することもなくいつものように授業が始まる。だけどあからさまに元気のない彼女の授業は順調に進むはずもなく、ほんとうに中途半端なままチャイムが鳴ると延長することもせずに名簿を持って風のように教室から姿を消した。
全員がその光景に困惑したが、大半は彼女の書き残した六限は自習という文字に歓喜して忘れてしまう。だけど一夜はそれがどうも気になったので、帰る支度をする人の中で彼は抜け出すように教室を出る。途中で生徒とすれ違ったが顔までは良く見えない。なぜか笑っていたのが不気味で、すぐに顔を逸らした。
着いた場所。慎重に扉を開けると、やはりそこに先生はいた。
「やっぱりここにいたんですね、三葉先生」
「あ、駿河くん。私に何か用があるのかい」
あくまで毅然とした態度でいるが、先生の様子がおかしいのは何も僕だけが知っていることではなかった。そして、この部屋でもう一つ異変を僕は見つける。
「しらたきは、どこにいるんですか?」
「……いなくなってしまった。朝からずっと探しているんだがどこにも見当たらない。昨日風が気持ちいいからと窓を開けっぱなしにしてしまったのが何よりの失敗だった」
他にもいる猫が悲しそうな顔をする先生に寄り添って鳴く。そんな猫たちを撫でながらも、彼女の顔がはれることはない。
「僕も探すの手伝いましょうか?」
「だが、私個人のことだ。人に迷惑をかけるのは」
「ならクラスのみんなで探せばいいじゃないですか。理由は飼っていた猫が逃げ出したとかでいいと思いますけどね」
「そう、なのか?」
別にここのことを明かさなければ誰も疑わない。むしろ生徒の中には借りを一つ作れたと思い喜んで参加する生徒もいるはずだ。そこは先生の態度次第だが、たぶん天秤に架けるまでもなく猫を選ぶ気がする。
「ということで、みんなで猫を探しませんか?先生のためにも、そして僕たちの未来のためにも」
謳い文句としては良いんじゃないか?初めてクラスメイトの前でこうして話した気がする。緊張はしたけどみんなの反応が良いのでそこまできにならなかった。
「そうだな、もし見つけてくれたらそれ相応のお礼はするつもりだ」
「それなら」
「いいじゃん。猫ちゃん早く探しに行こう」
みんな教室を出ていろんな場所に向かっていった。
「ほら、大丈夫でしたよ」
「そうだな。ありがとう」
さて、僕も探しに行こう。
まずはどこからにしようかな。
「水?」
水分補給するために噴水の場所とかに来る気がする。
ということで一夜はまず中庭の噴水に向かうことにした。
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