あっけない終わり
二日目。天気は燦々とした晴れ模様。
特に天気は関係あるわけではないけれど晴れていると気分が良い。
「おはよう伊予さん」
「おはよう。今日もがんばろうね」
二人は挨拶をして始業のチャイムを待つ。三葉先生が珍しく早めに来ていたので生徒たちはあまり雑談などもすることなく自分の席で時間までゆっくりしていた。
ぎりぎりで織戸が教室の後ろの扉を開けて席に着くとチャイムが鳴った。
「それでは特科試験二日目を開始いたします」
お題にあがったのは「誤解」
抽象的な単語ではあったけれど、このクラスにおいてその言葉が見当てはまる人と言えばたった一人しかいない。
「これは、繰原さんでいいよね?」
だれの反論もなく決まる。むしろ彼女がここで選ばれるために出されたお題みたいだ。
次の問題に移る前にルール変更についてみんなが話し合うことになる。具体的には近くの人と話し合って出た案をあげるというもの。
僕は伊予のところに行って昨日話していたことの続きを尋ねる。そこにはちょうど昨日は別件で姿を消していた織戸もいた。
「よう」
「答案の件は成功したの?」
「それはまたあとでだ。それより今はルール変更の話だろ?二人はなんか案は思いついてるのか?」
一夜は昨日彼女と話し合ったことを伝える。ルール変更権で消費するのは伊予のPPにするべきなんじゃないかということ、ルールの変更は根幹を変えるものじゃなくてこのクラスのリスクを減らすために使うべきということなどを話した。
「なるほどな。確かにいい案ではあるな」
彼に褒められると安心する。彼はどこか俯瞰してみている印象が強いから着眼点としては悪くはないということだろう。
「俺もそれは一度考えたんだよな。現状、Aクラスに勝てる見込みがお世辞にもあるとは言えないし。ただ全クラスがその考えに至るはずだ。現状の情報だとこのクラスが名実ともに最下位なのはほぼほぼ確だ。その条件で今回のあまり難度の高くない試験。今からやっても間に合うか分からないが、こんなのはどうだ?」
それは博打に近い行為。だけどそれが成功すれば最下位脱却にいち早く近づける。二人ともそれを聞くと織戸の作戦がいいということになった。
「なら、俺が言うよ。あとは他のやつらがこの危険な橋を渡るのに賛同してくれるかどうか」
問題の解答時間前になって設楽は解答を提出すると他の生徒と話していた子たちも話をやめる。黒板の前に立った彼女が話し合いの結果をまとめ始めた。
最初に出た案は彼女自身の案。間違いがなくこの試験を終了したクラスには追加で倍のPPを与えるというもの。確かに変な疑り深いことをしていないクラスはこのまま試験を終わらせられるはずだからメリットは少ないがリスクも少ない。いい案だとは思う。
次に出たのは寺崎達のグループで、失敗したクラスからのPP領収ではなく学園からPPを支給するというもの。PPが奪われないっていうのは次の試験でも役に立つし、勝っても別の損はしない。その場合は上のクラスに損害を与えられないけどこっちの困窮状況から考えればこれ以上の窮地に陥るよりはましだと思う。
「次は俺だな」
織戸の番が回ってきた。彼の提案は今までの保守的な考えとは真逆なため受け入れられるかは分からないのが懸念点だけどどうだろう。
「提案するルールの変更は、今やってる試験の合格と不合格の条件を逆転させるっていうやつだ」
それこそが彼の考えた一番のルール変更。
「別にそんなに難しく考えなくていい。そのルール変更権を十問目の時に使う。問題の途中に使っちゃいけないなんてルールはないからな。それで、そこからの問題をすべて間違える。ルールの変更で間違いが正解に、正解が間違いなってるんだ。十問間違えれば、たとえそれまでの正解数が覆らなかったとしても俺たちのクラスが勝つ」
これでルール変更が決まれば十九問正解したことになる。その考えは多くの人を納得させたうえで一回目の意見と相反しているため反対の考えがなくなったわけではない。
「でもそれなら設楽さんのルールでいいんじゃないの?ミスが無かったら正解数を三倍にするとかで」
「それは確かにそうだが、俺たちはこの学年で一番低い位置にいるんだ。このままだとどうせ定期試験で突き放されていくだけだぞ」
強い言い方だが、正論の彼の言葉に意見を発した寺崎は押し黙る。PPがなくなれば終わりのこの学園でそんな負け前提の考えではPPを失っていくだけで手に入れることができない。彼女もそのことについては理解しているはず。だからこそ彼の考え理解したうえで反論したのだ。必ずしもこれからもPPが多く支給されるとは限らないから。
「……分かったよ」
「それじゃあ、多数決を取るよ」
設楽さんが黒板で一つずつの意見を示して賛成の者にてを上げてもらう。ほとんどが織戸の意見に手をあげたのでクラスの分断にはならずに済んだ。あとは他のクラスがどうするか。
十問目にルール変更権を鈴白さんが使う。これであとは全部の試験を間違えれば。彼女がルール変更を始める前にルールの変更権が先に使用されていたのか、九問目で変更されたルールの提示が行われる。
「これは……織戸くんの言ってたルール」
鈴白さんがその変更内容を見て言葉を漏らす。設楽さんがそれを確認するとそこには十問目の回答が終わった段階で試験が終了になるというもの。つまり試験は全部で十問に減っている。加えて間違いと正解を逆転させるという織戸の考えも変更点に加えられていた。
「これじゃあ織戸くんのルール変更は使っても意味がない」
それに今から間違えても一問だけ。全員が戸惑いで言葉を失う。そんなことをまるで意に介さないように十問目の問題は無慈悲に提示された。
「これは………俺の失態だ」
試験結果。
一位:Aクラス十問正解。
二位:Bクラス二問正解。
三位:C、Dクラス一問正解。
試験結果より、Aクラスの生徒にそれぞれ1万PPを付与することとする。
最後の最後で一夜は声を出した。せめて損失を減らそうと。
「寺崎さんの出したルール変更を使おうよ」
それを土壇場で鈴白さんが申請したことでPPを失うことはなかった。
付与されたPPからして十万PPを使って三十万PPを守ったともいえる。設楽さんが試験が終わって意気消沈した中でこちらに近づいてきた。
「ありがとう駿河くん」
「いや、僕は今回何もしてないから」
「もっとPPがなくなるところだったもの。だからお礼は言わないと。それに私も、何もできなかった」
「設楽さんはよくやってくれてるよ」
そんな彼女を見て呟くように織戸が言う。伊予もうんうんと頷いていた。
「あとこれ。次の試験の答案だ。カンニングなんて言うなよ?これは正当な戦略だ」
「織戸くん答案手に入れてたんだね」
伊予がハイタッチを執拗に求めたのでそれに応じると照れ臭そうにする。
「ありがとう。まだまだこれからってことね。それじゃあ」
「うん」
そうまだこれからだ。一学期の折り返し、夏に向けて時は動き出そうとしている。
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