天秤の担い手

 二回目の特科試験当日。バランサーの正式なルールが公開された。


「これがルールね」


 その試験名から察する通りこの試験は平衡を導く試験だった。


 全部で30出題される問題があり、その一つ一つに順番にクラスとして一つの回答を示す。それを10回連続で成功させるか10回失敗することが試験の終了条件らしい。


 例として示されているのは、「12」というお題が出たとすればそれに対応する出席番号または誕生月を持つ生徒の名を示す、というような具合らしい。


「つまり似たものを持つ人が出ればいいってことだね」


 ただしそれにも条件があり、同じ人を選出することはできないとのこと。それで30回の設問数っていうことか。また一度だけJokerを使って一問乗り切るという方法やあえて問題に答えない選択肢もあるみたいだ。


 出題数の理由が分かったところで、試験開始の時間も発表される。今回は二時間目からだということなので一時間弱猶予がある。ここで作戦を立てろということらしい。


「ルールはみんな分かったよね?それじゃあ作戦を考えよう。みんなの意見はある?」


「なら私が」


 手を上げたのは鈴白だった。確か彼女は委員会に所属していた子だった気が。


「みんなにも、委員会の集まりで何があったのかを先に共有しておこうと思って。今日までこのことは伏せられていたから」


 わざわざそんなことをするなんて、生徒を試しているのかはたまた意味のある情報だからなのか。


「委員会は行事とか何かの出来事、例えば特科試験の時に特例として指名される場合があるらしいの。その場合は他の生徒よりもより高度な権利を有するみたい。それで、今回の特科試験にもそれがあった。指名されたのは私、図書委員会みたい」


 高度な権利とはいったいなんなのか、というところまでは教えてくれなかったらしい。そんな漠然とした内容で他の生徒が本当に納得したのかな。


 何も選ばれていない僕にはそれを確かめる術が、、あった。織戸がいるじゃないか。


「織戸君、ちょっと」


「どうした。まだ鈴白が話しているぞ」


「分かってる。でも気になって。さっきのあの話は本当なの?誰も図書委員にだけ与えられた高度な権利について先生たちに追及する人はいなかった?」


「いたぞ。いたが、そのうえで教えてくれなった。教えてくれないならどうしようもない。だから俺は先生に今聞いた」


 そう言って彼が出した端末にはPPを送った履歴がある。宛先は三葉先生だった。


 今まで黙って聞いていた彼女が立ち上がって、鈴白の話している途中に割り込む。突然のことに彼女も驚いてはいたが、先生が話を始めるとあってはとめることもできない。


「補足だ。PPを貰ってはあんまり無下にできない。それに、答えられない内容じゃないからな。図書委員が持っている高度な権利とは、何か。それは生徒心得に書かれている規則の変更権だ」


 どういうこと?


 それが全員の抱いた疑問だった。落ち着け、と先生がなだめて一から順に説明する。


「要はルールを変更できるってことだよ。試験の中には絶対に答えられない問題っていうのが前回同様存在する。それをJokerを使って回避してもいいがそれだけじゃ越えられない場面もある。その時には彼女に付与されたその権利を使うしかない。適用範囲は今回の特科試験の規則欄。変更権は10万PP。十分吟味しろ」


 要は考えよう。ルールを理解したうえでその抜け道を見つければ勝機もあるということだね。


 説明が終わってみんなが生徒心得を凝視していると、チャイムが鳴る。特科試験の予鈴だ。


「そろそろ始まるからな、みんな心するように」


 今回の試験はその性質上、絶対に一日では終わらないようになっている。たとえ序盤に失敗したとしても後半で巻き返せる。だから前回よりは明確に易しい設計だ。


「あとは、どんな問題が出るかだね」


「うん。さすがに例題みたいな難易度じゃないはず」


 試験開始のチャイムはすぐに響いた。


「これより、特科試験:バランサーを開始します」




 三問目が終わった段階で、クラスの中の雰囲気は微妙なものに変わった。


 理由は試験内容にある。


 僕たちが想定していたものと実際に出された問題の難易度の差異がかなりあったからだ。少なくともこの段階で悩むような問題に出会っていない。


「やっぱり本質は試験の方じゃないねこれは」


「私もそう思う。でも何か方法あるかな?」


 試験のルールに手を加えられると言っても具体的な策として僕が思いついたのはJokerの使用回数の制限解除。だけど今の感じを考えるとそんなことをするまでもなく試験が終わってしまう。だから10万PPには見合ってない気がするんだよね。他に思いついたので言えばお題変更権。でもこれもさっきと同じ。今のところは使わなくてもよさそう。


 あとは……ルールに抵触しても良いらしいから、この特科試験を全クラス合同ではなくて例えばAクラスとBクラスの一騎打ち形式に変えるとかならいいんじゃないかなと思う。まだAクラスには勝てないとしてもCクラスならその目がある気がするし。


「だけどこのクラスで10万PPを出しても手痛くないのはたぶん伊予だけなんだよね」


「そっか、私だけ定期試験でPPを貰っているから」


 それを考えるとAクラスはやっぱりそこら辺を考えないでどんどんルール変更を行えるのはアドバンテージになる。でも的確なルール変更だったら一度であっても十分すぎる成果を得れるはず。


「次のお題が来たね」


 設楽さんの呼ぶ声でみんなが集まる。


 その声に近寄りながら織戸はひたすらにデバイスに文字を打ち込む。


 彼にとってはこちらが本命。どうにかして次の定期試験の答案を手に入れる。そのためなら持ち合わせのPPをすべて使ってもかまわない覚悟だ。


「そっちは頼んだぞ」


 二人の肩を叩いてそう言うと彼はトイレに駆け込む。集中するためだ。それを見送った二人は設楽さんの言うことに耳を傾ける。


「次のお題は、、、弥生ね。なんでも気づいたことがあったら言ってね。協力が一番大事なんだから」


 生徒一人一人が随分と声をあげるようになってきた。これも彼女の努力の賜物だ。伊予と一夜もその中に混ざって意見を上げる。一日目、出された六問に全問正解したDクラス。明日の十二問の間に、決着はつきそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る