二回戦、前章

 あれから一週間、放課後になって先生が去ったあとに生徒全員のデバイスが震えた。


 皆がそれを確認するとそこには「再試内容決定のお知らせ」とある。


 スワイプしてその内容に目を通した。試験内容:バランサー。


「どういうこと?」


「これだけじゃ分からない。何かに対して均衡を測るみたいな試験っていうことかな」


 それぞれのクラスがそれぞれに考察を深める中で、その試験内容が明らかじゃないままに動き出そうとしたクラスがあった。その火の粉はDクラスまで届かずに彼らは気づかない。


「試験開始は、来月の頭から……来週ってことね」


 それまでに対策を立てるべきであるのは前回の特科試験の内容からして明らかだった。


 そこで、織戸は立ち上がった。


「少し、設楽さんのところに行ってくる」


 今となっては二人と行動を共にしている織戸はそう声を掛けると、今も試験内容について考えている彼女のもとに向かう。近づいて肩を叩くと耳うちをする。


すぐに彼女は納得した様子でとなりにいた友達であろう人との会話を中断して教卓の前に立った。


「みなさん、よろしいですか」


「皆さんの中で委員会に所属している人は挙手してもらえませんか」


 委員会。たしか織戸くんが調べると言っていたのを思い出す。結局あれがなんなのか彼に聞きそびれていた。でもクラスメイトに聞くってことはもう既に決まっているということ?


 織戸が戻ってくると同時に、手が複数上がった。その中には織戸も含まれていた。驚いた顔をして彼を見ると、


「だから調べたいと言ったんだ」


 と言われる。


 彼自身もその中に含まれていたということか。


 手が上がったのは合計7名。織戸、中島、御手洗、櫛中、裏野、鈴白、神殿。


 設楽は彼らに自身の委員会の役職を黒板に書いてもらう。チョークを置く音がして、全員の役職が判明する。


「それで、これには何か意味があるの?」


 声をあげたのは実際に委員会に所属している裏野だった。今わざわざ委員会について考える意味があるのか。その彼の意見に頷く声はいくらかある。座っていた織戸はそれに答えた。


「俺は必要だと思う。たとえば前回の「離反者」の特科試験はPPの譲渡を行うことが前提に試験が行われていたと、試験の目的のところに追記されている。あらかじめ委員会の役割を把握していれば、万一なにかしらの配役がされていた時に対策しやすいと思わないか?」


 確かに前回は先生への報告という役割と、離反者であるという役割の重複によって渋滞を起こしてしまうという問題を抱えた試験だったそれならば、あらかじめ委員会に所属している人を明らかにしていけば、万一試験を進めていく中で詰まるところがあれば原因を見つけやすくなるかもしれない。


「まぁ一理ある。分かったよ」


 どうやら衝突は避けられそうだ。他に質問がある人はいないらしく、それ以上に疑問の声があがることはなかった。全員で把握する必要のあることはもう無いだろう。そう思い設楽さんはとりあえずの解散を決定する。


 三人もそのまま帰ろうとして身支度を整える。


「二人はどうする?僕はもう帰るつもりだけど」


「それならあの喫茶店行こうよ。あそこでカフェオレ飲んでる時が一番落ち着くんだ」


「俺は別に部屋に戻ってもするこはないからいいぞ。PPを使う予定も特科試験以外ではほとんどないし」


 ということで三人はいつもの喫茶店に行った。マスターは今日もいつもの席に通してくれる。見ると前回もいた人がカウンターに座っている。


「なんかメールが来てる」


 織戸がデバイスを開いて中身を確認する。内容は委員会を開くというものだった。ここにきて初めての委員会の開催。それをわざわざ特科試験の前に行うというのは凄く意味深に感じてしまうのは僕だけだろうか。


「これって他のクラスの人とも会うってことだよね」


「そうなるな。でも合同って書かれてる。……個別の委員会ごとの話し合いではないらしいな」


 だがそれ以上話は盛り上がることはなく、話題は試験のことを忘れるように校内施設のことに移った。


「実はさ、この間商店街に行ってみたんだけどね………」


 伊予は話が尽きることもなく永遠に楽しく話を続けていた。自分からすればそんなPPの使いかたはできないし、するということもないのでただ単純に彼女の笑顔が見れるだけで聞いていて満足できた。


 だがそんな彼女の話もあっという間に終わって、カフェオレの中身がなくなる。二杯目を頼んで、織戸は再び試験についての話を始めた。


「一つ気になったことがあるんが聞いてくれないか?」


「どうしたのそんな真剣な顔して」


 伊予が彼の表情を見て言うが、織戸はいつも真剣な顔をしている気がする。それとも僕だけ見ているものが違うのか?


「試験期間のPPの使用について二人は覚えているだろ」


「まあ」


「使用に制限はないってやつだよね」


「そうだ。それって悪用できると思わないか」


「悪用?」


 なんだろう。教師陣をすべて買収して試験を満点にするとか?


 でも人のそんなの物理的に無理だし。そもそもそんなお金……。そんなことを考えているうちに彼は解答を示した。


「次の定期試験の問題を買収するとかできると思うんだ」


 それは確かに。一番効率よく一番特科試験を有利に進めることのできる選択肢。


「それなら私だけじゃなくてみんなもPPを手に入れることができるし、Aクラスをぎゃふんと言わせられる!」


 そんな大きなメリットを含んだ行動、もちろんリスクも伴う。


「でも一度しかできないけどな。もしDクラスの生徒が何人も上位にいるなんてことが起きたらさすがに不正か何かを疑われて当然だから」


 でも面白そうではある。このまま何も無いまま特科試験だけで巻き返すというのは非現実的。


 あとはあの先生がそれに答えるかどうかだけど。


「まあ何はともあれ、それは特科試験が順調に進めると分かったらの話だがな」


 そう。さすがに二度も惨敗はしたくない。全員がやる気を十分に備えて、来週を迎えることになる。




 その頃、Bクラス内部。


「これでいいのね?」


「ああ。そうするべきだろ」


 票数は若干の偏りがあるだけでほぼ半数に分かれている。


「これは多数決。異論は認めないわ。私たちの方針はこれよ」


 強く黒板を叩いてチョークの粉が舞う。動き出すのはもう少し先のこと。

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