誰しも金では動かない
翌日、普段の授業を終えて放課後を迎える。犯人捜しをしようなんてことも起こらずに彼らは各々の時間を過ごす。名簿を抱えてHRを終えた先生が出て行こうとしたので呼びとめた。
「先生、いいですか」
彼女を呼んでいるというのに反応がない。そのまま教室を出て行ってしまいそうだったのでもう一度先生を呼ぶ。
「三葉先生、待ってください」
「ん、なんだ?」
手にかけていた扉をそのままに彼女は顔を上げてこちらを向いた。
「少し、お話いいですか」
そう言って彼女に連れられていったのは職員室でも、生徒指導室でも、はたまた彼女の担当教科である国語の準備室でもなかった。
「ここ、どこですか?」
入る前に教室の外の下げ札を確認したけれど何も書かれていなかった。そんな教室がこの学園に存在していたのを初めて知ったけれど彼女はなにも気にした様子もなく当たり前のように鍵を開けて入っていった。
「ほら、駿河くんもそこに座って」
置かれた椅子にぎこちなく座ると膝の上になにやら暖かな感触がした。入ってきたときから分かってはいたが、そこには真っ黒な毛並みの猫が座り込んでいる。
「どうだ、そいつはしらたきと言ってな。どうやってかは分からないがこの学園に迷い込んでしまったらしい。なので私が責任をもって育てているんだ。可愛いだろ?」
そういう彼女の手元には他の猫が顎舌を触られて気持ちよさそうに目を閉じている。
「すみません、状況が飲み込めないんですけど」
「ここは私の隠れ家だよ。君も知っていると思うがこの学園の教育理念が変わったことで二年以降の生徒はみな一様に他の校舎に移った。六年制から三年制に変わったことに加えてそれだけの人数が減ったんだ。今やこの強大な校舎はほとんどハリボテみたいなものに成り下がっている。部屋の一つや二つ、申請すればすんなり貸してもらえる。確か生徒も部活とかを立ち上げれば部屋を借りれるって聞いたな」
まぁ競い合う中でそんな仲良しこよしする生徒がいるかどうかは知らないけどな、と付け加える。
つまりここは彼女の趣味部屋ということみたいだ。
「……納得はしました。でも僕は別に先生の趣味を見に来たんじゃないですよ」
「分かってる。でも先生方は誰も興味を示さないんだ、たまにこうして人と共有しないとこの子達も可哀想だ」
とりあえず先生は僕のことを考えてはいないのは分かった。
今も熱心に猫を愛でている先生に、先日の出来事について尋ねる。
「先生は、この間の特科試験の時にどうし設楽さんをクラス委員長に指名したんですか」
撫でていた手を止めて彼女は一夜の話に耳を傾ける。返ってきたのはあまりにも理解不能で、無意味な返答。
「それは私の選択じゃない」
「それじゃあ、指名した人は誰なんでs」
「それも答えられない」
言葉を遮るように放たれた言葉。これ以上詮索するなとでも言いたげな彼女の語気に一夜は質問を変えざるを得なくなる。
「じゃあもう一つ。あの試験は普通に解こうと思って解決することはできるんですか」
今度は核心を突く質問。これを確かめるために来たと言ってもいい。
だからこそ安心する、彼女が笑みを浮かべたから。
「そこまで分かっているんじゃないか」
「ということは……」
「そうだよ。あれは普通の解き方じゃ離反者を私に言うことはできない。三日という期限を設けたのも、この学園のシステムそのものを理解させるためだ。だからこそ、一時間もかからずにその方法にたどり着いたAクラスはおかしいって話だけど」
あとに続いたBクラスもそうだけど、やっぱりAクラスは凄い。
格差がはっきりと目に見える形で表れている。仮にそのシステムを把握していたうえで行っていたとしても結果が覆るのかは分からない。
「PPというのはどんな試験でも賄賂的な使い方ができるってことなら、Aクラスに勝てる見込みは無いんじゃないですか?」
「それは違うよ駿河くん」
彼女は先ほど述べたことを繰り返す。
「今回はあくまでPPのシステムを浸透させるためのものだ。いつでもこの方法が成り立つなら君の言う通りPPの多いAクラスの独壇場になる。そうならないから4クラスもあるんだよ」
あとは君達が考えて行動するだけ。私が導くのはあくまで地図の見方。
道の進み方は君達が考えるんだ。
彼女の部屋を後にした時、一人の少女が目の前を横切った。
見覚えのある後ろ姿だけど声を掛けるには至らない。デバイスの振動がして確認すると伊予からだった。
「もしもし」
「どうしたの、慌ててるみたいだけど」
「すぐに職員室の前に来て。大変なことになってる」
僕は電話を切ってすぐに職員室に向かって走った。階段を何周かして降りて職員室に着くとそこには多くの学生が固まりになって抗議の意を示していた。
「もう一度試験をやり直せ!」
「不公平だろ!」
「これがこの学園の言う教育なの!」
各々が不平不満をぶつける。彼らの主張を聞く限り、何かしらの不正行為でも見受けられたのだろうか。
「皆さん落ち着いてください。話はしっかりと聞きますので」
出てきた職員は腰を低くしながら生徒の対応をする。そんな態度の先生が出てきて彼らはさらにヒートアップしていく。
「とりあえずここから離れよう」
彼らの仲間と思われて停学なんてされたら困る。
彼女の手を引いて校舎から出ると、帰ろうとしている織戸に出会った。彼の手にはメモ帳があり、どうやら調べていたことに多少の成果はあるみたいだ。
「やっぱりお前ら」
「違うから!」
伊予は僕の手を離すと彼の口を塞ぎにかかった。彼女は顔を赤くしながらしかりつけるように織戸に念押しをする。彼の言葉の続きを聞けなかったので分からないが、彼女の気に障るようなことを言ったのだろう。
「どうする、今日もあそこで話し合いする?」
言い合っていた彼女らも中断して一夜の提案に賛成する。三人で例の喫茶店に向かう。
店内はいつものように珈琲の良い香りが漂っている。
「いらっしゃい」
三人が席に着いたと同時にデバイスが振動した。全員がそれを手に取って机に出すと同じ文言のメールが届いていた。
「再試について?」
三人のPPは知らぬ間に戻っていた。
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