正しさに頼るな

 設楽さんが委員長という役割を羽織って、司会進行を始めた時点でこのゲームは規則として詰んでいる。


 彼女は自身自分を告発できない。それなのにあの時点で疑惑があるのは彼女だけ。


 崩壊したゲームの上にあるのは鎖に縛られた見苦しい屍。


「それって、どうしようもないってことじゃん!」


 そこまでは気づかなかった。でもそうだとしたら、あんなに疑わし気な表情を伊予に向けたのは演技ってこと?全員を疑っていてもしょうがない。まずは織戸くんの言っていることが正しい前提で考えよう。


「じゃあもう一度ルールを確認する必要があるってことだね」


「そういうことだ」


 織戸と一夜は生徒心得を当たり前のように取り出すと、伊予は困った顔をして二人を見た。


「どうした、お前も早く出せ。三人で分担した方が早く終わるぞ」


「え、これって私が悪いの?」


「どうしたの伊予さん」


「一夜くんまで!」


 どうやら彼女は生徒心得を持ってないみたいだ。それなら仕方ない。


「じゃあ伊予さん、もう少し寄って」


「……うん」


 何かもじもじしながら椅子を寄せる伊予だったが、一夜はその瞬間を見ていなかった。


 そのまま開いた手帳を二人の間において話を続ける。


「まずは、特科試験のページから」


「待て。こういうのは最初から見るべきだ」


「でも特科試験でのことなんだからそのページを見るのが早いんじゃ」


「それだとお前みたいな考えの奴ならすぐ見つけられるだろ。こういうのは大抵目立たないように書かれているもんだ」


 確かに。僕はそれなりに特科試験の前にこのページを読み込んでいる。他のページに記載されているなら僕が読み落としたと思わないのも間違ってはいないか。


 読み進めてはいくが、特に引っかかる部分はない。この大学の試験、成績評価、PPシステムと見るが変な所はない。他に書かれているのなんて服装規定とかこの学校の理念とか、校歌に部活動についてと読んでは見たが絶対にここではない。


「何にも見つからないよ。ホントにここに書かれてるのかな」


 そうなってくるとこの生徒心得に書かれているのかが怪しくなってくる。


 だが、二人が織戸を見るとあるページから手を動かさずに止まっていることに気がついた。


「これだ!」


 思わず大きな声をあげて、静寂とした店内に声が響く。カウンターにいる女性に頭を下げると彼は自分の気づいた点について指摘する。


「ここだな、今回の試験で使われたところは」


 彼が示したページはPPに関する条項が書かれた場所。


 この学園のシステム的にはこれが一番怪しくはあるけど、そんな項目なんてあったっけ。PPの使用についてつらつらと書かれている一番したに小さく目立たないような大きさで、


 ”※試験期間中のみPPの譲渡及び使用の対象ついて制限は無い”


 と注意書きが添えられていた。


「PPの譲渡、使用の対象に制限が無いって……まさか」


「そのまさかだろこれは」


 これがこの学園の教育方針なのだとしたら、僕たちは根本から考えを改めないといけない気がする。


 まだ理解が及んでいない伊予は、僕の持つ生徒心得を取って同じページを開きながら頭を抱えた。


「先生にPPを渡したんだね」


「あ、そういうことか!」


 賄賂。この学園内は外の商業施設と遜色ない。加えてこの学園から退出する際にはPPは全て現金に変換されるという原則が存在する限りそれは貨幣としての価値を失わない。むしろ学園外でも通用するというのにしては生徒が得ることのできる額面がでかすぎる。


 そしてこの賄賂というやり方がこの後も通用するというのであれば……。


「これってAクラスの独壇場なんじゃないの?」


「そうなるな」


 定期試験ではほとんど学力順で構成されたクラス編成の都合上、最も多くのPPがAクラスに流れ込む。そして特科試験ではPPの使用が自由なため手に入れたその大量のポイントで彼らは試験に挑むことができる。


 いまだに多くの社長令嬢、大家の子息が多く入学するこの学園でPPをもったいぶる人なんて多くないことを考えれば他クラスに希望を見出すことはできない。


 じゃあ無理じゃん。


「お待たせしましたー」


 最悪のタイミングで注文した飲み物が届く。一夜は頼んだアイスコーヒーを思いっきりあおって飲み干すと、グラスを机に置いた。


「それはダメだ」


 彼のはっきりとした物言いに二人は飲み物に伸ばしていた手を止めた。


「僕はどうしてもこの学園で上を目指さないといけないんだ。だからお願い。二人とも僕に協力してくれないか」


 一夜は深々と頭を下げると両の手を添える。


 こんな、まだ夏の訪れすら感じないこんな時期に諦めることなんて僕にはできない。


「おい落ち着けよ。とりあえず頭上げろ」


「そうだよ一夜君。事情があるなら話は聞くよ?」


 冷静になった一夜は自分がおかしなことをしていたと気づいて、頭を冷やすためにもう一度アイスコーヒーを注文する。


「ごめん。見苦しいところを」


 二人は気にしていない様子で飲み物をストローで飲む。


 だけどさっき言ったことは本当で、結果を出して卒業しなければならないんだ。


「別に気にしないぞ。俺もその下で燻ぶったままが気に食わないのは変わらないからな」


「わ、私も!どうせならいい成績で卒業したいもんね」


「ありがとう伊予さん、それに織戸くん」


「それにはまず、この状況を変える方法を考えないといけないな」


 織戸くんの言う通りだ。このままだと一生Aクラスと差が開いたままになる。それにその間にはまだ2クラスも残ってる。


「なら、明日先生に直接確認するのはどうかな」


「あの堅物そうな先生がそんなこと教えてくれるか?」


「意外とああいう先生の方が優しかったりするけどね」


 どちらの言い分もあり得る。が、減るものでもない。要は試しだ。


「なら、私は設楽さんにそれとなく特科試験のことを聞いてみる。きっと自分のせいで試験に失敗したと思ってるだろうから」


「俺は委員会について調べるかな。設楽だけがクラス委員長に指名されているのはおかしい気がするし、もう五月だ。委員会の集まりくらいあるだろ普通」


 それぞれがそれぞれで動き始める。


「「「ごちそうさまです」」」


 三人が出ていく店内で、マスターは困った顔をしていた。

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