約束された敗北

 この試験の攻略法は例外がいる時点で無いと言ってもいい。


 不幸なことに、Dクラスには伊予という例外が存在している。たとえ離反者が好成績を収めたとしてもよくて彼女に並ぶか、もしくはそこそこ止まりだ。


 たとえ答えを知っていたとしてもそれを鵜呑みにして回答を埋めるなんて愚かなことをする生徒は残念ながらこの学校にはいない。結果としてどのクラスも苦戦を強いられることになったのだ。


「ならどうするの」


 成績を見ても突出した生徒は伊予を除けば良くも悪くもいない。これではらちが明かないのは目に見えている。どうしようもないぞ状況になったことに対して設楽は織戸にぶつけそうになった。


「別に、難しくないと思うが」


「言ってみてよ」


 彼が提案したのはクラス投票だった。


 これではさっきと変わらないじゃないか。そうみんなが思ったところで彼は説明を付け足す。


「だけど次は違う。端末を使わないで行うんだ」


「それでもさっきと同じじゃ」


「まぁ最後まで聞いてよ。設楽さんはみんなが顔を伏せたのを確認してこう聞くんだ。自分が離反者だという人は手を上げてくださいって」


 そういうことか。一夜はその質問の意味をすぐに理解した。


 離反者はこのルールにおいて自己申告をすることができない。加えて一度伊予に容疑がかかったこともあって離反者にはヘイトが向く可能性が高いはず。それを顔を伏せて匿名状態にすることで、設楽さん以外にその犯人を知られることなくこの試験を終わらせることができるんだ。


 かなり考えられた質問だなと思い感心する。


「……分かった。じゃあみんな伏せて」


 設楽は織戸に言われた通りの質問をして「大丈夫」と言ってみんなの顔を上げさせた。


 それで離反者はいったい誰だったのだろう。その疑問が残ったまま彼女は先生に耳打ちをすると思った瞬間、留まった。


「ごめんなさい。私にはできない」


 彼女は授業中にも関わらず走って教室を出て行った。


「おい、まだ授業中だぞ!」


 先生はあくまで授業中であることを注意して教室の扉を閉めると彼女は教卓の前に立って、生徒たちに視線を送っている。まるで何か言いたげな、そんな顔を一瞬見せると再び椅子に座ってただ一言。


「お前たちはどうする」


 とだけ言ってそれ以降喋ることはなかった。


 焦る生徒、彼女を追いかける生徒、何か方法がないか考える生徒。


 伊予と一夜はこの状況に困惑しながらも何かできることはないかと話し合う。


「どうしよう。設楽さんがいなかったら先生に報告することもできないし、何よりみんなばらばらに行動しているからもう話し合いどころじゃなくなってる」


「私たちも探しに行った方がいいのかな?」


 もう一度話し合いをするには彼女を連れ戻すのが一番早い。


「たぶん無駄だぞ」


 話に割り込んできたのは織戸だった。彼は手元の端末を操作しながらため息をついている。


「どうして無駄なんてこと言うの」


「これはチュートリアルだ。これから先いくらでも取り返せる」


 飄々とした態度からは余裕が見える。ただでさえ一日目に罰則を喰らっているとは思えない余裕ぶりにさすがの二人も困惑した。


「どうしてそこまで自信を持てるんですか」


 伊予の質問に彼は端末の操作を止めて答えた。


「このゲームは二限でたぶん終わる。俺みたいな馬鹿でも気づいたんだ、きっと他のクラスも気づいてるはずだ。あと、別に俺は余裕なんじゃない。執着がないだけだ」


 そう言うとまるで彼の言葉を聞いていたかのように放送が流れた。


「ただいまを以って特科試験を終了とする。合格クラスはA組とB組。そのほかのクラスは対象のクラスに対してPPを譲渡されます。詳しくは端末をご確認ください」


 一夜は自分の端末を確認すると1万PPがなくなっていた。


 ダメだったか。悔しさの残る感情を奥にしまって端末をしまう。教卓の前には先生が立っていて、残っている生徒に注目させる。


「今回は残念だったな。織戸、お前はおしいところまで近づいていた。次は期待しているぞ。残りの二日間は休みだ。反省なり休息なり好きにするといい」


 彼女は出席簿を持って教室をあとにする。


 総評すれば第一回特科試験は、惨敗と言えた。




 翌日、待ち合わせ場所彼女は先に来ていた。


「ごめん、待った?」


「僕も今来たところだよ」


 伊予と一夜は先生の言う通り反省会をすることになった。


 場所はこの間の喫茶店。一夜はあの喫茶店の珈琲をえらく気に入ってもう一度飲みたいと思っていたところでの誘いだったので快く受けた。


 待ち合わせから喫茶店までの道のりで、二人はリフレッシュしたかったのか試験とは関係ないことばかり話をする。角を曲がる直前、二人は顔を知った人と出くわした。


「あ、」


「……お前達、付き合ってたんだな」


「ち、違うよそんなんじゃっ」


 伊予が慌てて否定するが、それは逆に疑わしさを増す。彼は一人で納得してどこかに行こうとしたので腕を掴んで引き留めた。


「違いますからね」


「分かってるよ。からかっただけだ。……なんで手を離さない」


 誤解はきっと解けてはいるが、一夜が個人的に彼に対してきになることがあった。


「昨日の試験の反省会を今からするんですけど織戸くんも一緒に来ませんか?」


「なんで俺がそんなめんどくさいことに」


「いいですね!一緒に反省会しましょう!」


 もう片方の手を伊予が握る。逃げられる状況を失った織戸は観念して両手を上げた。


「分かった、分かったから手を離してくれ。そんな律儀に反省してるのなんてお前らだけだぞたぶん」


「良いんです。もしかしたらこの反省が次の試験で役に立つかもしれませんから」


 三人は喫茶店に入る。相変わらず人気のほとんどない場所で、本当に静かに過ごせそうだなと思う。一人奥のカウンターで珈琲を啜っている女性が一人いるが顔は見えない。


 テーブル席に着いて各々が飲み物を頼むと反省会は始まった。


「それで、どうして織戸くんはあの方法を思いついたの?」


「そこから始めるのか。……前提としてたぶんあの試験での離反者は十中八九、設楽さんだ」


「何か根拠があるの?」


「だって、先生に言えないって言ったらそれしかないだろ。自分自身が離反者無かったらあの時に犯人は分かって先生に言って終わりだ。それより前なら繰原と先生に言って終わりになってた。あの時点であそこまで疑わしくて留まったんだぞ。ほぼ確と言ってもいいだろ」


 確かに織戸くんの言うことはその通り名気がしてくる。でもそれが全部本当なんだったら……。まだ伊予は状況が理解できていない。分かったであろう一夜を見て織戸は言う。


「駿河も気づいたか。あの試験、普通にやったら100%失敗するようになってるんだよ」

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