違法行為を咎めない

 定期試験。気づいたらそれは終わっていた。


 息抜きのように力の抜けた生徒らは、翌日に張り出された紙を見て驚愕することになる。


「これって……」


 教室に着くと全員が慌てたとも困惑しているともとれる反応が飛び交う。あまり教室では話をしなくなった伊予も思わず声を掛けてきた。


「おはよう一夜くん。貼りだされた紙、見た、よね」


「見たよ。あの成績表はあまりにも綺麗すぎる」


 トップ50のうち、30位以内の生徒は伊予を覗いて全員Aクラスだった。その50位以内にも一人CクラスがいただけであとはBクラス。この学年がどういう選出でクラスが決まっているかは明白だった。


「でもあれは、おかしいよ」


 彼女の言う通り、これはおかしいのかもしれない。だけどもし自分の考えが正しかったとしたらそれはおかしなことじゃなくて必然的なことなんだと思う。


 そしてトップ50に入った生徒には1万PP、トップ30に入った生徒には10万PPが付与されたとその下側に小さく書かれている。試しに伊予の端末から確認すると確かに10万PPが増えていた。


 ざわめきは他のクラスにまで伝播していて、Aクラスだけがそれを高みから見物している。


 正直、あまり良い気はしない。


 だがそんな思いとは裏腹に、すでにクラスには特科試験の内容が明らかにされていた。おそらく時間帯は同じ。同時に電子モニターが降りてきてそこに立った二文字で示される。


「試験内容:離反者」


 それが最初の特科試験。それが意味するところは分からない。だけどみんな一度冷静にならないといけない。なぜなら一人が間違いを犯せばそれすなわちクラスの敗北と結びつくから。


 沈黙を破るのは決まって愚者か先導者だ。


 後者だと願いながら発言者、クラス委員長の設楽美佳の話を聞く。聞けば、担任が直々に彼女を指名したらしい。


「みんな一度落ち着いて。教卓にはまだこの試験の概要が書かれた紙があるから。それじゃ読み上げるね」


 彼女の言葉によるとこの試験はクラスに試験の解答を最初から知っている生徒が一人だけ仕組まれていて、その内通者を見つけるのが試験らしい。期間は三日。それまででに離反者を見つけられるのであれば方法は問わないとのこと。ただし、離反者が自らを明かした時点でそのクラスは不正解とみなされ強制的にPPを徴収する。


「方法は問わないっていうことは最も最悪の場合武力で解決する可能性もあるっていうことだけど、それは得策ではないのはみんな分かるよね。まずは事実を列挙して話を進めましょう」


 事実とは試験の結果であり、それを聞いて真っ先に伊予が浮かんだ。彼女はもともと頭が良い。どういうわけかAクラスに劣らない学力を持っているためこの話し合いで不利になるのは目に見えている。伊予の顔をちらりと覗くと、血の気が引いたように青ざめている。


「では、みんな自分の得点と端末を同時に示してくれる?」


 僕はこっそり彼女のもとに近づく。ひとりひとり確認しながら出席簿を使って記録している間に彼女になにか手を打たせないと。


 フェイク画像を今から写真に書き換えたものを送ろうとしたが、一夜は思い出す。先ほどの貼りだされた紙を。あれは昇降口を通る生徒なら一度は必ず見る。そして綺麗に並べられた文字列にある異物は誰にとっても記憶に残るもの。彼女のあの結果は言わずとも知られている。


 ハッとして周りをみると、すでに疑いの目は彼女に向けれていた。


「この点数は何?」


「違います!私じゃない!」


 必死に訴える彼女の言葉に耳を傾ける人はいない。彼女が否定すればするほどそれは彼女を疑わしくすることにしかつながらない。


「なら、多数決で決めることにしませんか?あなたの言葉を信じる人がいるならきっと票を集めることになりますから」


 端末を操作すると投票画面が端末に表示される。そこにはDクラス全員の名簿がありその隣にはチェックする項目が設けられていた。


 全員が無言で端末を操作する中で、彼女に声を掛けることは共犯を意味していることと変わらない。何より彼女に話しかけてはいけないという同調圧力に一夜は屈した。


 ピコンッ、と端末が鳴って全員が投票し終えたことを知らせる。


「結果は………やっぱりあなたが疑わしいみたいよ」


 26票。それが伊予に与えられた票だった。


 結論は出たも同然、設楽の言葉で主導権はとうに奪われている。


 ここから挽回の目を引くのは厳しいか。


「離反者が決まったのなら設楽、お前が責任をもって私に耳打ちしろ。これは委員長の仕事だ」


 三葉先生は教卓の前で彼女が来るのを待っている。


 彼女は立ち上がり先生のもとに向かおうとして、足を止めた。


「言っておくが、失敗すればこれはクラスの連帯責任だからな」


 追い打ちをかけるように彼女は設楽に言葉を投げる。それは今から離反者を報告する彼女からすれば本当に彼女なのか?と釘を刺されているような気になるはず。


 立ち上がった彼女はその場でしばらく動かないでいると意を決したのか先生の方に歩いていく。


 そしてそのまま黒板の前に立った。


「確かに、離反者を決めるには早計すぎたかもしれません。この試験は明後日の放課後まであります。もうすこしだけ考えませんか」


 反対する意見もいくつか出たが、それも設楽は多数決で決める。


 そうして再考の余地を手に入れることが決まったことで伊予は深い安堵の息を吐いた。


「良かった、本当に」


 だからといって他に方法があるわけでもなく休み時間になる。


 特科試験の間、時間割は全て特科試験に置き換わるだけで休み時間などは変わらず存在する。それがあることで生徒たちも緊張と緩和を繰り返してちょうどいい塩梅で試験に臨むことができる。


 しかし今回廊下に響いたのはそんな解けた緊張をさらに引き締めるものだった。


「Aクラスが、もう離反者を見つけて試験をクリアしたらしい」


 そう知らない生徒が呟いたのを皮切りに他のクラスへと次々伝播していく。もちろんそれはDクラスも同じ。廊下の騒ぎはまるまる教室内に広がり、教卓に座っていた三葉先生は頭を抱えていた。


「そんなことありえるの?」


「少し、確かめてくる」


 一夜はAクラスの近くまで向かう。見ると確かに教室からはたくさんの生徒が鞄を抱えて帰る様子が見て取れる。噂は本当のようだ。ならどうやって?


 当然行き着く疑問だが端末にはただ一言A組が特科試験を合格した、ということだけが記されていた。


 これは、確かに単純な頭脳だけでクラス分けされたんじゃないということが分かる。


「本当だった。でもどうやって見つけたんだろう」


 今回がただ単に離反者を見つけるという特科試験でよかった。もし順位付けがあればさらにA組は他クラスと差をつけることになっていた。いや、待てよ。


「確か、この学年ってなんクラスあったっけ」


「4クラスじゃなかったかな。私が記憶してる限りだとたぶん」


「ならあんまり悠長にしている暇はないよ」


「どうして?」


 僕は生徒心得で確認したページを開いた。


「この特科試験はポイントが譲渡されると明記されている。つまり早く離反者を見つけないと強制的にPP徴収されるってこと。このことを早く設楽さんに伝えないと」


 だが今彼女の姿は教室にない。そうこうしている間にチャイムが鳴って二限目の時間になってしまった。


 彼女は慌てた様子で戻ってきて再び黒板前に立つ。


「それでは、もう少しだけ討論を進めましょう」


「ほかに離反者を見つける方法を探す術があると思う人は挙手を」


 あまり目立つのは好きじゃないけど、今言わないとこの試験が終わってしまうかもしれない。


「一ついいかな」


「どうぞ、織戸くん」


 彼は確か、前回の他己紹介の時の。


「この前回の試験で少し恥ずかしい経験をしたから、少しは貢献しようと思ってね。設楽さんはちゃんと生徒心得を読んだ?」


「いえ、一通りは読みましたがちゃんとと聞かれるとはっきりはいとは言えないです」


「なら、役に立つかな。この試験は期限は三日だから時間をかけて離反者を見つける試験だと思ってるかもしれないけど実際は時間制限がある」


「もう少し詳しく教えてもらえる?」


「なら見た方が早いよ。生徒心得の特科試験のところをよく見て。この試験はポイント変動が行われるんだ。付与じゃない。そしてこの学年は4クラスしかない。だからたとえ離反者を見つけたとしてもそれが三番目だった時点でポイントは失われるっていうことになるんだ」


 教室がどよめいた。やっぱりみんな生徒心得なんてそんなに読み込まない。目の前にきちんと提示でもされていない限り。そして事の深刻さを理解したクラスメイト達はさらに動揺することになる。


「でも、さっきAクラスは試験に正解したって」


「そうだよ。もう枠は一つしか残ってない」

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