それぞれの時間
どこにも守護者がいないと、大多数は気付かない。
ヨルがバイクで走って移動するために、街に行かなければ何処にいるか分からない人がほとんどだからだ。
守護者がいないと分かるのは、知り得る者たちと。
異形の者たちだけだ。
“破壊”は久しぶりに地上に出た。
ヨルの気配がしないからだ。ここは空気が良くて好きだ。
大きな体をずるりと引き摺りながら、海岸を這っていく。
砂がさらさらして水がちゃぷちゃぷして。
日差しが降り注いで、空気も美味しい。
空腹は感じているが、いまはいい。
青空を仰いで目を細める。
とても遠い昔。自分はこうやって空を眺めていた気がする。
大事な誰かと。
「GUUOOOUUU…」
喉を逸らして鳴くと、少しだけ気分が良くなった。
【あら、ヨルがいないのね?】
アクワイアが画面を眺めながら呟いた。
自分の回りを小さなナノマシンが漂っている。
長い黒髪を肩に払いながら、赤い唇で嬉しそうに笑う。
座り心地のいいアンティークの椅子に座って、金属のカップを持ち上げる。
【ノートが何かしたのかしら?】
あの子も、もっと実力があれば使えるのだけど。
ヨルの身体の管理をするには、技術が足りないのよねえ。
アクワイアは自室を眺める。
大きなカプセルが部屋の中央にあり、周りは自分で開発した機器で埋め尽くされている。医療技術という点では、アクワイアに勝てる人物はそうはいないだろう。
大昔に存在した医療大国の技術の全てを習得しているのは、いまや彼女一人だ。
【イーラの所なんかに行かなくていいのに】
くすりと笑う。その微笑みは驚くほど穏やかだ。
貴方の好きにすればいいのよ、ヨル。
最後は、私があなたの面倒を見るのだから。
あの天空にいて、貴方を縛りつけている女を排除してね。
真っ白な部屋で、コトリはヨルから通信を受け取っていた。
「深度4ね」
ふうっと息を吐く。
ゆっくりと立ち上がり、沢山のコードとチューブを引き摺りながら、窓際に移動する。その身体は17,8の少女に見えた。
ヨルと双子のコトリは、ヨルよりも少ないとはいえ、遺伝子異常の影響を受けている。ヨルが地上で自分の身体を使って、検査結果を報告して、同じような処置をしている。勿論コトリも研究していて、それをヨルに還していた。
ヨルと違ってあまり移動できないコトリは、窓の外を流れる雲を見ながら、ヨルの回復を祈る。
お願いだから、無事でいてね。ヨル。
ガラリと壊れた機械が崩れて落ちてきた。
「お」
それを避けて、ほっと息を吐く。
レーヴェは傍に居るアルゴンに声を掛ける。
「大丈夫か?」
「ああ、平気だ」
二人は崩れた建物を見て、少し溜め息を吐く。
「ここを全部回収とか、ヨル様はほんと人使いが荒いと言うか」
「俺達の仕事が無いのを知っているんだよ、あの人は」
アルゴンが肩を竦める。
「まあ、自分でやった方が早いとは思うけど」
「ヨル様が自分で全部やったら、この地上に必要な人員っていないんじゃないか?」
「あのひと一人で、全部できそうだもんな」
ふははと二人で笑う。
落下した天空都市NO2は、回収が進んで、あと少し残しているだけだ。
傭兵団を結成しているアルゴンは、ヨルに頼まれて他には分からないように、傭兵団の団員だけでせっせと回収をしている。
あと少しでも気は抜けない。天空人の遺骸は燃やして埋めなきゃならないし、他の人に見つかってもいけない。
ここまで回収してしまえば、たとえ見つかっても言い訳が出来るぐらいには、モノがなくなっているが。
特にガラスの山が無くなって、見慣れない機械もなくなったのは良かった。
燃えている天空人も、骨になってしまえば、見分けは付かない。
「最初に見た時は驚いたけど」
「…あまり口にするなよ。ヨル様にばれたらことだぞ。あの人そんなに優しくないからな」
「おう。分かってる」
意にそぐわない相手への容赦の無さったら。
傭兵団の二人は、大きな体をぶるりと震わせてから、また回収を急いだ。
ハウトは人型を改良しながら、執事の報告を聞いている。
それは何時ものように、右から左で、あまり記憶には残らない。
基本的に、ハウトの興味はパペット以外にない。
しかも出来上がるまでしか興味を持たない。出来上がってしまえば、あとはどういうふうに動いていても気にしない。
壊れたら、また興味が湧く事もあるが。だいたいは次を作るだけだ。
しょせん人形だとずっと思っている。
ヨルと一緒に移動して作っている時は、もっと世界にも興味があった。
いや、ハウトに話をするヨルを通して興味があったと言うべきか。
ヨルに興味があると、言いきるべきか。
生きている人間は、ヨル限定で興味がある。
自分を見捨てなかった、ヨルにだけ執着している。
他はどうでもいい。
イーラさえ、ヨルが信頼しているのでなければ、全く興味が無い。
同じ大陸に共存している相手でもだ。
そのヨルが隠れている今は、何だかやる気が出ない。
しかし、いない今こそ、仕込むには丁度良いのだ。
世界にパペットをたくさんばら撒く。
それは全て、ヨルが有利になるように、少しずつハウトがやってきたことだ。
機械の身体になって長生きしたいなんて、人であれば誰でも考えることで。それを良い事にハウトの世界征服は、有利に進んでいる。はずだ。
少し休もうと酒を入れたグラス片手に窓を見れば、今宵も綺麗な月。
「月が綺麗だよ、ヨル」
神話の本を見せて貰って、満足して寝るのも何日目だろうか。
ディナは本を抱えて、借りている部屋に入ってソファに座った。足元にスカサハがいる。ちなみにネーミングには太鼓判を貰って満足している。
イーラさんは、知識が豊富だった。北欧は勿論、知りたかった別の神話にも精通していて話が尽きない。
自分の考えが浅い事は反省しながら、話が広がる事に何度も感動する。
ここに来るときに、ヨルが飽きないと言ったのはこれだったと実感していた。
それにしても、やっぱり。
ヨルがいないのは寂しい。
今頃は、まだ治療中だろう。いったい何が悪くて何を治療しているのかは見当もつかないが、長く時間が掛かるという事は、それだけ悪かったという事だ。
本当に、ヨルの具合を測るのは難しい。
ディナはベッドにポンと腰を落とす。そこにスカサハも乗って来た。
その頭と喉を撫でながら、ディナは考える。
ここに居る間に、考えてから話すという事が身についてきた気はする。
ヨルに会って、それが継続してくれるかは分からないが。
なにせディナにとっては、聞けば何でも答えてくれる人だと言う認識がある。大体は知っている知識の宝庫だと思っている。
スカサハを抱えてディナは横になる。
またヨルのいない朝が来る。
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