生命の役割



 ディナは丸い石の上に立っていた。

 走ってくるケティを見て、がくりと膝を着いた。


「私の判断が遅い!!」

 叫んで顔を両手で覆った。

 ガクリと項垂れる。


 その姿を見て、傍に来たケティが首を傾げた。


 項垂れているディナを慰めて、畑の横にあるベンチに座らせたケティは、慰め役を娘のサンドラに任せて、自分は仕事に戻った。

 ディナの隣には、ぶち柄のサンドラが座っている。


「大丈夫ですか?ディナ様」

「うん、大丈夫。自分が不甲斐無かっただけ」

 貰ったジュースを飲みながら、サンドラを見る。

 緑色の綺麗な眼が、ディナの膝の上にいるスカサハを面白そうに眺めていた。


「気になる?」

「あ、はい。精巧なパペットなんて初めて見るので」

「…見て分かるの?生きているとかいないとか」

 ディナの言葉にサンディが頷く。


「大体は。我々の能力だと思います」

「へえ」

 ディナはサンドラの隣で、しみじみと夜摩の村を眺める。


 村全体を逆さにした籠のような物が覆っている。

 それは外からの侵入を一切許さない造りだ。同時に外に出ることも許されないだろう。小さな村に、堅牢な守りが作られている。


 ディナの視線に小さくサンドラが笑う。

「外壁、凄い見た目ですよね」

「うん、要塞みたい」

「まあ、要塞ですので」

 サンドラの返事に、ディナが目を丸くする。


「え、要塞?」

「はい。ヨル様の煙草を栽培していますので」

「そんなに?」

 きょとんとした顔をサンドラにされて、ディナの方が困った顔になる。


「この世界の守護者様の、必需品を栽培させてもらっています。なによりも守らなければなりません」

「それは、ヨルからの注文?」

 サンドラは少し上を向いて考える。


「いえ、もっと前からのお話だと思います。でも、ヨル様も長くされていますから」

「守護者を長くしている?」

「はい」

「どれくらい?」

 それにはサンドラは答えないまま、立ちあがってお辞儀をする。

 ディナが見ると、困った顔したヨルが立っていた。


「ヨル!」

「…ディナは無事だったようだな」

「うん。全然大丈夫」

「そうか」

 少しこめかみを指で押さえてから、ヨルもベンチに座った。

 サンドラが、ヨルにもグラスを渡す。


「ありがとう」

「いいえ。それでは私も作業に戻ります」

「ああ」

 ディナの隣で、ヨルがグラスを傾けるのをディナが眺めている。


「ヨルってどれくらい守護者をしているの?」

 質問は変えないらしいディナがヨルに聞く。


 ジュースを飲んでから、ヨルがディナを見る。

「700年ぐらいかな」

「え」

 ぱきんと音がするぐらい、ディナが固まった。


 じっとヨルを見上げたまま動かない。

 しばらくヨルが見守っていると、少しだけ目が動いた。


「化石」

「酷いな」

「生きた歴史」

「それなら、まあ」

 やっと起動したディナが言う言葉に、ヨルが真面目に返事をする。


「700年…」

 ディナの呟きにヨルは苦笑する。

 時間が測れないので、ディナはそれを考えるのは止める事にした。

 だいたい、考えたとて想像もつかない。


「凄い年上なのは分かった」

「…その差を年上と言うのは、なんか」

「え?だって年上でしょ?」

「……まあ、そうだな」

 あまり言われ慣れない言葉にヨルが戸惑うが、ディナには関係がなかった。

 だいたい今までと何かが変わる訳でもない。


「ねえ、牧場は見れないの?」

「…また今度だな」

「壊れちゃった?」

「いや、壊れてはいないが、近くで守り人が作業をしているだろうから、邪魔をしたく無い」


 ディナがヨルに聞く。

「あの人はいた?」

「ボードの事か?」

「うん」

「いや、いなかった」

 ヨルの返答に、ディナが顔をしかめる。


「じゃあ、他にもいるんだね」

「そう思うか?」

「うん。あの人は相当悪い気がしたから」

「…そうか」


 ディナに言われて、今回の事態の中で探査をしたのだが。ボードに関しては関与がなかったから、特には追跡していない。

 ここまで言われては、探知した方が良いだろう。


 ヨルが指先を動かして三枚ほどのパネルを展開する。

 前に怪異の画像を見せて貰った時に同じ動きをしていたので、違和感はなかったディナはヨルの指を見ながら思ったことを質問する。


「その爪の下にある指輪は、どういう物なの?」

 本当に、ピンポイントで答えにくい話を聞いてくるな。

 ヨルがついた溜め息にディナが首を傾げる。


「だって、珍しいものでしょ?普通は指の根元に付けるんでしょ?」

「まあ、そうだが。…端末だ」

「端末。機械のやつ?」

「そうだ。便利なので手には色々仕込んである」

「へえ」

 そう言って頷き、それからスカサハを撫でだすディナを見てヨルは苦笑するしかなかった。幸いにもこの場所は完全に外界と分離されているから、誰にも情報は漏れないが。

 こちらには重要な情報なのだ。すぐにどうでも良くなるなら聞かないでほしい。とはディナに言えなかった。


 目の前の畑で夜摩たちが黙々と畑仕事をしている。

 興味が出て来たディナが立ち上がり畑に入ろうとしたが、腕をヨルに捕まれた。

「だめだ、ディナ」

「え、どうして?」

「俺達は外から来ている。その靴や服には色々な物が付着している。畑に入れていいものか確認してからでなければ、入っては駄目だ」

 言われてディナは皆が畑に入る前に通る場所に、液体が入っているプールみたいな物を確認した。畑作業をしているものはすべて、そこにじゃぶじゃぶと入ってから畑に入っていた。


「ごめんなさい。気付かなかった」

「うん。とても特殊なものを栽培してもらっている。皆もすごく気を付けてくれてる。分かってくれて良かった」

「はい」

 自分の迂闊さが、また自分で分かってちょっとがっかりする。


 ベンチにポスンと座って、ディナが溜め息を吐いた。

「わたしって、何か役に立ってるかなあ」

 隣に座ったヨルが首を傾げる。


 空は網目模様の外壁の隙間から覗いていて、そろそろ夕焼けといったところだ。

 二足歩行の猫ばかりの村の中は、農村らしく静かでのどかだ。

 畑も果樹園も美しい緑で、今が盛りと茂っている。


「わたしも役に立ちたいなあ」

 少女の夜摩達が、小さな声ではしゃぎながら後ろを通って行く。

 仕事が終わった後は、学校が始まるのだ。


「なぜ?」

 ヨルの問いかけが不思議だった。

 ディナはヨルを見上げる。


「何かの役に立つと、自分で思えるのは良い事だと思うが」

 足元で、小さく風が渦巻く。枯れた葉がさわりと動いた。

「役に立つか立たないかで、人の価値は決められない」

「そう?」

「そうだ。何も出来なくて人の手ばかりを借りている赤ん坊が、役に立たないと怒る人はいない」

「あかんぼう?」


 聞き返してきたディナにヨルはハッとした。

 ディナは赤ん坊を知らない。それは今の天空には存在しないからだ。


 立ち上がってディナの手を取ると、ヨルはケティに聞きに行く。

 つい最近生まれた子供がいると教えて貰った二人は、その子の家を訪れた。

 母親がおくるみに包まれた赤ん坊を見せてくれる。

 手を触れては駄目だと言われてディナが頷いて、その子を覗き込む。


 小さい、呼吸もあまり正しく出来ないような。

 自分の手の上に乗ってしまうような。

 この子が大きくなって、目の前の母親の大きさになる。


 お礼を言って離れた先で、ディナの中で何かが渦巻いていた。


 自分達と違う生態。

 それは。

「ねえ、ヨル」

「うん?」

 質問の意味がきっとヨルは分かるだろう。それを説明してくれるだろう。

 けれどディナの中の何かが、本質を知ることを拒んだ。


 ディナの表情をヨルが見ている。

 なにか深い所を覗いたような、怯えと恐怖と、少しの不快感。


「お腹空いたな」

「そうか。戻って何か作ろうか」

「うん」

 ぎゅっと握った手には、少し汗がにじんでいた。




 新鮮なお肉に若干のすまなさを感じながら、ディナはたらふくご飯を食べた。お風呂に入ってベッドに横になる。

 今日も大変だった。それだけでいい。


 自動ハウスの中のリビングの中で、ソファに座ってヨルは眉をしかめていた。

 頭痛が酷かった。

 丁度、薬が切れていて、取り寄せるのに時間が掛かる。

 それでも連絡をしなければならない。


 耳を触ってインカムを出す。

 呼び出しが長く感じた。

「今時間、良いだろうか」

 相手が答えないので待ってみるが、返事が無さ過ぎた。


「…欲しい薬のリストを送るから」

「はあ?何だって?」

 自動ハウスのドアが開いて、白衣の男が入って来た。


 驚いた顔のヨルに近付いて、額を触る。

「ああ、熱もあるな。お前また無茶したんだろう」

 素早く注射器を取り出して、腕に押し付ける。

 薬剤が身体の中に入ってから、ヨルはハッとした。


「いきなり来るとは」

「何言ってるんだ。こんな時間に連絡してくる事がおかしいだろ。普通なら通信でリスト送ってくるだけじゃねえか」

 男がまだ触診をしている。喉を触って少し目を細めた。


「…精密した方が良いかもな」

「いや、」

「いやじゃねえよ。細胞の増加が強い気がする。テロメアがまた悪さしているかも知れん。これ以上若返ったらことだぞ」

 グッと言葉に詰まったヨルを、男は眺めた。


「お前の身体は異常だ。その認識をもっと持て」

「ノートツアル。ちょっと待ってくれ。今は女の子を預かっている。長期の入院は無理だ」

「…聞いた。知ってる」

 その言い方が不満そうで、ヨルはノートを見る。

「誰から聞いた?」

「長様から聞いたよ。俺にその子の診断も任せるって」

「ああ、そうか」


 それはそうだとヨルが肯いた。

 万が一の時は、送り返すことが出来ないディナは見殺しにするしかない。それは嫌だしコトリが何も考えない訳がなかった。

「お前から連絡が無いから、どうするかって思っていた」

「…悪い。考えていなかった」

 ヨルの隣に座って、ノートが溜め息を吐く。


「まあ、明日考えるんだな。薬が効いたら眠くなるだろ」

「ノートは」

「ここに居る。逃げられても困るし」

 肯いてヨルが目を閉じるのを、横でノートが見ていた。




 翌朝起きたディナがリビングへ行くと、寝ているヨルの横でその顔を眺めている白衣で眼鏡の男がいた。頬杖をついて眺めていた目線をディナに向けてくる。


 ディナはその場に立ったまま、まさかヨルって本当に女性嫌いなの!?と思っていたが、少女の心は誰にも分からない。

 誰か妄想だと教えてあげて欲しい。


「…お嬢さんが、ディナちゃんかな」

 甘いアルトの声で、白衣の男が聞いてくる。

「う、うん。あなたは誰?」

「俺は、ノートツアル。ヨルの主治医だ」

「主治医。ヨル具合が悪いの?」

 ノートが片眉を上げる。


「検査したいんだが、本人に断られてる。お嬢さんからも頼んでくれないか?」

「…うん。聞いてみる」

 話し声に眉をしかめて起きたヨルの額を、ノートが触った。


「まあ、こんなもんか」

「……」

「相変わらず、寝起きは機嫌悪いなお前」

「……外行ってくる」

 立ち上がったヨルを、ノートとディナが見送る。


「ノートツアルさんはヨルが好き?」

 ダイレクトアタックを仕掛けてくるディナを、ノートが目を真ん丸にして見た。

「こりゃ、ヨルも大変だな」

「?」

 質問の返事ではない言葉に、ディナが首を傾げる。



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