守護者、襲撃
起きたディナは、枕元に小さな猫がいる事に気付いた。
「ふわふわ」
撫でると、子猫はゆっくりと目を開けた。
なう。
「はああ!?」
結構どすの利いた声でディナが叫ぶ。
ソファに座って動きを見ていたヨルが、横を向いて笑った。
「猫様が!」
「気にいってくれたなら、なによりだ」
「ええ!?ヨルが連れて来たの」
苦笑しながら、気付いていないディナに説明する。
「それはロボットだよ」
「え、この子が?」
「ああ、良く出来ている作品だろう?」
抱き上げるとぬるっと動いて、何処を見ても生きている猫である。
「うそ!?」
「いや、ディナの護衛にと思って、以前注文していたのが昨日届いたから」
「護衛」
「そう。まあ普通に飼い猫でいいと思う」
キラキラした目で、子猫を見つめている。
ディナが、ぎゅっと抱えて柔らかさを堪能する。
「ヨルありがとう!!」
「どういたしまして」
ディナの機嫌が直って良かったと、パペットメーカーにヨルは感謝する。
子猫を抱えたディナは、ちょっと息が怪しい。
色々と肩とか腕とかを確かめた後に定位置は頭の上にした様で、ディナの頭に乗ると子猫は大人しく動くのを止めた。別段重くないのかディナに不満は無さそうだ。
「さて、それじゃあ見学に行こうか?」
「牧場」
「そう。行きたくなくなった?」
「行く」
初志貫徹のディナはヨルの傍に寄って、にっこり笑う。
「名前は、スカサハ」
「…猫の名前?」
「うん!」
ディナの元気な返事は素晴らしいが、何故、影の国なのか。
「ディナは神話とか好きなのか?」
そう聞いたヨルをバッと見上げて、ディナが口を開いた。
「大好き。出来れば研究したいぐらい」
「そうなのか」
物凄い目つきで見られたヨルは、行先を考えながらディナを連れて外に出る。神話が好きとなると、研究したいとなると。
早めに別大陸に連れて行った方が良いかも知れない。
しかし、天空のシステムはおかしなことをする。
宿屋の外に出てディナをバイクに乗せる。
ボードが一緒に外に出て、バイクの傍に立った。
「世話になったな、ボード」
「いえ、ヨル様の迷惑にならずに良かったです」
若干、迷惑事はあった気がするヨルだったが、ボードの顔を見てから肩を竦めた。
「次はもっと気楽に来たいものだな」
「ええ、本当に」
そう言って笑うボードをディナがじっと見ている。
ヨルがバイクを動かして宿屋を離れた後に、ボードが小さく呟く。
「次があると良いですね、ヨル様」
牧場を目指して走るバイクの上で、ディナがヨルに伝える。
「わたし、あの人も気持ち悪い」
「え?」
ヨルが目線を下げると、ディナが顔を見上げている。
「さっきの人」
「ボードか?あれも守り人だが」
「…気持ち悪い。おぞましい」
「なにかの勘か?」
ヨルの言葉に首を傾げる。
「勘と言うか、悪意が嫌なの。それだけ」
ディナはそれだけを言って、スカサハを服の中に入れた。
専用カバンを何処かで買わなければと思いながら、牧場の間の道を走る。約束を取り付けてある牧場はもう少し先なのだが。
ちかっと視界の端で何かが光った。
その瞬間にヨルが怒鳴る。
「スカサハ!ディナをとばせ!」
猫が素早く腕のモフモフを触る。
「え、ヨ」
ヨルの腕の中からディナが消えるのと同時に、長距離のレーザーがバイクの横を通過した。バイクのアクセルを全開に開く。牧場が壊されるのはいただけない。
サイドミラーを見ると、人が撃っているようだ。
もう一発、バイクの横を通過する。口径が大きくないのか抉れる地面の大きさはそれほどでもない。
「つまり、対人用か」
ふっと口の端に笑みを浮かべて、ヨルがハンドルを握りなおす。
なんのために、今日は煙草を吸っていないのか。
ヨルの周りに光が瞬き、無数と言えるほどの薄いパネルが展開される。それは透けて見えてゆっくりとヨルの周りをまわっている。
長距離レーザーがバイクの上のヨルに当たる。そのレーザーが太さを変えて反射された。細かったレーザーはパネルに反射されると、何十倍にも太さを変えて、まるで戦艦の大砲のように、撃ち手に向かって伸びていく。
高い建物の上から撃っていた人物は、その建物上部と一緒に瞬時に焼き消えた。
「さあ、俺に手を掛けるとはどういう事か、覚えて貰おうか」
ヨルが小さく呟いた。
観測装置から特異データが送られてくる。
通信士が画像を読み込み、モニターに映し出した。
その画像を見ながら、黒い軍服の青年が溜め息を吐く。
「ヨル様にたてつくとか、命知らずだな」
「…あの方は強いのですか?」
傍に居る部下が聞いてくるのを、トラストは再びため息交じりで答える。
「ヨル様一人でも、地上は守れるよ。俺達のように群れなくてもあの方は戦える。ただ、お優しいから俺達に守らせてくださっているだけだ」
「なぜですか?」
トラストは傍の部下を見る。
「俺達が生きる意味を作って下さっているのだ。自分たちで守るのと他人に守られるのとでは、生きる意義が違う」
「自分で守れた方が良いと」
トラストがモニターに目線を戻し頷く。
「そうだ。自分の手で守れた方が、やりがいも出るだろう。工夫や鍛錬もするだろう。そうやって生きる意義が増える。ただ守られるのは、やがて生きる意味を失う」
「それが守護者様」
「そうだ。我々を守ってくださるヨル様だ」
トラストの監視には気付いているが、何時もの事だと無視をする。
この大陸にいる間は、気にしてはいけない。
牧場の間の道を通り過ぎて、荒地に飛び出る。
その途端に三か所から、レーザーが飛んできた。それもすべてパネルが反射する。正確に撃ち手に跳ね返り、焼き消す。
ヨルがバイクを止めた。
バイクのエンジンを駆けたまま降りて、荒地の上に立つ。
ヨルの眼の前に多数の情報が、ばらばらと通り過ぎていく。
内側のパネルに文字や静止画が映っては消えていき、ヨルがゆっくりと右手を肩辺りまで上げる。
パチパチと小さな音がして、数枚のパネルに人物が映った。
「今なら許してやる」
ヨルの声に、パネルの中の人物たちが息を飲むのが映っている。
「お前たちが、何を考えて行動しているかは知らないが、俺を排除するのは良い手ではないと思う。考え直した方が良い」
パネル内の人物たちが、それぞれに何かを怒鳴った。
その言葉を、ヨルが吟味する。
「別に、権力を求めた事はないが」
また誰かが話す。
「今考えている事は、自分の命よりも大事な事か。五分だけ時間をやる。考え直せ」
そう言ってから、ヨルは町で買った鳥柄の絵が付いた煙草を咥える。
味が好きな銘柄だが、何時ものような効能は無い。
ただの時間つぶしだ。
ヨルの視界には、カウントが映っているが、パネルの人物たちは何か銃器を構えたり、手元のパネルをいじったり、誰かと通信したりしている。
その間も、別のパネルに情報が流れていて、ヨルはそれを眺めていた。
「アバランチ」
ヨルの声に、パネル内の人物たちが一斉に動きを止めた。
「そんな組織があるのは知っていたが、今日はいっそう能動的だな」
パネル内の人物像が増えても、ヨルの判断は鈍らない。
いま、ヨルが見ているパネルの中には数十人の画像が流れている。それぞれは見知ったものも知らないものも居るが、その情報はまだ流れ続けている。
それぞれの場所、人物の経歴、人間関係、武器の入手ルート、その他いろいろ。
目の前を流れていく情報を、ヨルはじっと眺めていた。
その間も、カウントは減っていく。
一分を切った時に、ヨルのいる場所に向けて走ってくる装甲車が見えた。それは大きな物で、5台程が走ってくる。
それを眺めながら、ヨルは紫煙を吐き出す。
「命がいらないとは、思わなかったな」
呟きも届けられる状況で、呟くヨルにパネルの中の人物たちが一斉に怒鳴った。大体が煽る様な言葉だったが、一人だけ攻撃しないと言った人物がいた。
その人物のパネルに印が付く。
装甲車から一斉にレーザーと砲弾が打ち出された。
それは立って居るヨルに集中する。
やりとりを傍受している通信士が、トラストを振りかえる。
装甲車が近づいているのを、ヨルの視界に入る前から知っていた黒神軍は、それでも動かない。手助けなど邪魔にしかならないと分かっていた。
モニターを眺めているトラストが小さく笑う。
「本当に攻撃するとか、バカしかいないな」
ヨルの周りで幾つもの爆発が起こる。それはヨルの髪を揺らしたが、それ以上の効果はなかった。巻き上がった砂煙が収まった時に、変わらず立って居るヨルの周りで、パネルから一斉に怒号が巻き起こる。
「それで終わりか?弾もレーザーも尽きるまで撃ってもらっていいんだぞ?」
笑いながら言うヨルに、怒鳴り声と困惑の声が混じって届く。
「来ないなら、反撃するが?」
そう言ってヨルが地面を蹴る。周りのパネルごと浮いた身体は、まるで重力などないように簡単に装甲車の上に降り立った。
一キロはあった距離が、一秒で無くなる。
装甲車の上に立ったヨルは右手を軽く降った。それから次の装甲車の上に移動する。ヨルが去った装甲車が爆発を起こす。またヨルが移動する。
それは散歩のように。
5台の装甲車は、10秒もしない間に爆発して動きを止める。
近くで眺めていたヨルは、パネルを見ながら、もう一度質問をする。
「まだやるのか?止めるのか?」
パネルには数人が残っている。全員が震える声で、攻撃を止めると宣言した。
「そうか」
眺めていたトラストのモニターに、ヨルが映る。
『聞こえているか?トラスト』
「はい。聞こえています」
少し紅潮した頬で、トラストが答える。
『資料を送る。対応してくれ』
「分かりました。必ず」
トラストが答えると、ヨルが頷いてモニターが元の画面に戻った。
通信士が驚いた顔でトラストを見ている。
自軍の何重にも守られた場所の、しかもトラストの前のモニターにだけ、割り込んで入って来る通信などありえない。
あせっている通信士の横の機械が勝手に資料を受信した。
その動作にさらにぞっとする。
しかし、当たり前のようにトラストは告げる。
「ヨル様から届いたものを、至急に攻撃隊に流せ。人員は最大で送れ」
「…はい。分かりました」
傍に立っていた部下が、走って立ち去る。
まだ紅潮している頬を触って、トラストは熱い溜め息を吐いた。
ヨルはパネルの展開を解除した。それから何時もの煙草を咥える。
煙を吸い込んだ途端、頭痛がした。
力を行使するのは、身体に負担がある。
今回は、何となく予想をしていたので、少し多めに使用したが。
結構な痛みに顔をしかめる。
「…ディナは大丈夫だったかな?」
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