第36話 ケンをはめる

 ダンジョン43日目 俺のダンジョンの執務室にて


「じゃあ、それぞれの役割について最終チェックするぞ!」


「は~い」


 執務室の椅子に座った俺を囲むように、クリュティエ、ミスティ、エリーナさん(お婆さん形態)、ノーラ婆さんが椅子に座っている。

 灰色狼は俺の足元であくびなんかして、のんびりしたものだ。


「クリュティエはギレンの相手」


「らじゃ」


「ミスティは侵入者への対応」


「はあい」


「エリーナさんは、ケンへ対応すること」


 その瞬間、エリーナ(お婆)さんはくつくつと笑い出してしまう。


「エリーナさん?」


 心配になった俺が理由を尋ねる。


「だ、だって、ケンをはめるつもりが、こっちがはめられちゃうっていうね」


 お、おま、誰がうまいこと言えっていったよ(怒)。

 その瞬間、ノーラ婆さんの目がさりげなく警戒の色に変わる。


「ケンをはめる?」


 エリーナの奴、余計なことを!!


「いやあ、こいつサキュバスだからね。ケンをはめて常連にしたいらしいな。お金を稼ぐのはいいことだよ」


「なるほど。虜にするってことですかのう」


 いつもののんびりした口調になったノーラ婆さんは、目の光が弱まっていた。

 でも、用心に越したことはない。


「あと、灰色狼は俺の警護にする。じゃあ、みんな、お客様をお迎えしようか」


 §


 ほどなくケンが宣言したように、ギレンとケンが連れ立ってやってきた。

 その周囲にはお付きの者と称した手練れの男が、3人ほど付き従っていた。


(警戒していることだけは分かるが……。情報が足りねえ)


 歓迎の意を表した俺は、クリュティエにギレンをコンサート会場までエスコートしてもらう。


「あの人、ちょっと苦手」


 ギレンと離れた場所で、珍しくクリュティエが鼻の横にしわを寄せている。

 何でも、目が気になるというのだ。

 今日、何かをするわけでもないだろうから、そこは我慢するように言い含める。


 ケンは俺自身が執務室のとなりに増設した応接室へと誘導する。

 応接室といっても、縦横6mくらいの四角形な部屋の地面には白色のタイルを敷き、横は煉瓦を覆っただけの質素なつくりだ。

 天井には相変わらず茶色い土が広がっている。

 

「さあ、ダイスケちゃんは俺の要望に応えることができるかな?」


 どこまで調子に乗ってるんだと苛立つ俺だが、それを悟られるわけにはいかない。

 ますは、敵を知ることだ。

 

「気に入ってもらえるかどうか」


 ただ、ギレンについてきた男が1人、一緒に応接室に入ろうとしている。

 これは、断固拒否だ。

 罠がばれてしまうからな。

 

「あの……さすがに行為を見られるのはケンさんもつらいと思うのですが」


 それでも、その男は口元を歪めながら、きっぱりと宣言する。


「いや、何か不測の事態が起きないようにするのが俺の仕事だ。別にエッチをみたいわけじゃない」


 何を言っても、その男は態度を変えなかった。

 さすがにケンは抵抗を感じていたようだが、その男の前では強く出られないらしい。

 早速、俺は対応を迫られる。


(この男がいたのではケンに淫夢を見させることができない。何とか外に出しておく方法がないものか)


「おい、ダイスケ。じらしプレイはよくないぜ。まずは、嬢を見せてみろよ」


 俺が案内するよりも早く、ケンは応接室の扉を開けてしまった。

 中央のテーブルの横にはベッドが設置されており、そこにはエリーナさんが笑顔で立っていたのだった。

 擬態は髪の毛くらいで、その他は特に変化はない。

 エリーナさん曰く、あまり設定が多いと途中で辻褄が合わなくなるとのことだ。

 じゃあ、仕方がないな。


「ケンさん、ようこそいらっしゃいました。今日はよろしくお願いします」


 口を開けたままのケンは、金魚のように口をパクパクとさせるだけだ。

 そりゃあそうだ。

 こんな美人さんとベッドに入れると思えば、期待も高まるだろう。


 ここはチャンスだ!


 さりげなくケンの側に寄った俺は、耳元で一言ささやく。


「この子はとても恥ずかしがり屋なのです。誰かがいたら服を脱げないと思いますよ」


 そのまま、すっと離れると、ケンは苦悩に満ちた顔つきになる。

 少し遅れて入って来た男も、さすがにエリーナの美貌には驚いたようだ。

 その男にケンはそっと近寄っていく。


「フレデリクの旦那。どうか、部屋の外で待っててもらえねえですか。この嬢は恥ずかしがり屋で誰かがいたら行為ができないんすよ」


 男は俺の方を一瞥するが、俺は表情を消したまま知らないふりを決め込む。

 どうやら、俺からの提案ではないと判断したのか、男は外で待っていると告げて、ドアの外へ出て行ってしまった。

 

 とたんにケンの顔がだらしなく歪み、エリーナの方へと向かっていった。


「きみ、すっごく可愛いね。名前は? 歳は?」


 矢継ぎ早な質問にもエリーナさんは、誠実に対応する。

 おどおどした態度はみじんも見せない。


「私、エリーナっていいます。20歳です。ケンさんのことは何とお呼びすればいいですか?」


 すげえ、さすがサキュバス! やる時はやるって感じだな。

 妖艶な笑顔で流し目をくれるなんざ、俺だって陥落しそうな破壊力だ。

 しかも、おっぱいを強調してますよ、この子。


「え、え、え、お、俺は……そうだな。ご、ご主人様でお願いするかな」


 こいつ、性癖を隠そうともしないな。

 でも、エリーナさんの堂々っぷりには脱帽だ。


「はい、分かりました。ご主人様」


 笑顔がすげえ……。

 あ、あの。

 俺もプレイさせてもらっていいですかね

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