第26話 雨降って地が固まった
ずっと引っかかっていた疑問を早口でまくし立てていた。
話せば話すほど、頭の中が冷静になってくる。
川からの風も冷たくなってきたのか、ミスティはさりげなく距離を詰めてくる。
「ノーラ婆さんは、俺の生まれた国を知っている。ミスティみたいに純粋なこの世界の住人じゃないし、クリュティエみたいに人形から命が生み出されたのとも違う。別の何かなんだ……。しかも、それを俺たちに隠している」
すぐにフィギアに戻ってしまうノーラ婆さんに、日本の事なんて話してない。
「だから、ノーラ婆さんに今日の出来事は話さないでくれ。あとはミスティ! さっきの出来事をクリュティエに話してくれ」
「おけ」
何者かが俺たちの後をつけている事実を、クリュティエにも共有する。
初めて知ったという顔のクリュティエは、ひたすら頭をひねっている。
まだ。何もよく分かっていないからな。
長時間、クリュティエを膝の上に載せてさすがに重くなってきた俺は、彼女を倒木の上に移そうとする。
が、クリュティエの大きな抵抗にあう。
「マスター。まだ、心細いんです。もっと、ぎゅうっと抱きしめてもらえると安心なんです」
あ、これ。もう大丈夫だわ。
そそくさとクリュティエを倒木の上に押しやり、自分の痛くなったお尻をさすりながら、その場で大きく深呼吸をする。
不満そうなクリュティエは無視!
ミスティもさりげなく腕を振り解かれて、頬を膨らませている。
これだけは伝えておきたいと、俺は二人の前にしゃがみ込む。
「俺はこの世界で信じているのは二人だけだ。だから、二人も俺を信じてくれ。それと、辛いことがあっても笑っていこうぜ。いつか、この謎は俺が解いてやるよ。このダンジョンマスターのワールドチャンピオンがな」
自分を指差して断言とは、ちょっと格好つけすぎかな。
「クリュティエ、お前はいつも通り歌ってろ。実はお前の歌、好きなんだよ」
輝く笑顔でクリュティエは俺に抱きついてくる。今日はしょうがないな。
「ミスティ。俺はお前の洞察力と調査能力を信頼してる。それに、凄い可愛い……」
やばい! 何だか雰囲気に流されて変なことを口走ったかな。
案の定、ミスティもクリュティエの反対側から抱きついてくる。
「マ、マスター! 嬉しい~!! うぇ~い、凄く可愛いって照れるっしょ~!」
近い、目や鼻がすぐそこだから! ミスティ!
「い、いや。変身したら凄く可愛い……コウモリになれるね」
苦しいか? ミスティの肩を掴んだ俺は、さりげなく俺から離していく。
けれども、クリュティエがそれに乗っかってきた。
「ミスティ。可愛いコウモリでよかったね! ほ~ん」
「なにい~! コウモリ云々は絶対、照れ隠しに決まってるっしょ! この痴女が!」
いつものようにグダグダになった二人を眺めながら、こいつらがいつも笑顔でいられますようにと祈らずにはいられなかった。
「そうだ、ミスティ。お前、攻略したダンジョンのマスターの顔、覚えてるか」
「もちろん!」
ミスティは秒で俺のそばに立っていた。
「実はあいつとコンタクトを取りたいんだ。何とか探してくれないか?」
「もちろん、おけ。でも、どこにいるかな?」
「うん。酒場の近くを見張ることができるか」
「軒下にぶら下がってる」
「頼もしいな」
ミスティのおでこをつんとつついて、感謝の意を表す。
「帰ってきたら、マスターの血をもらおうかな」
物騒なことを言いながら、すぐにミスティは空高く舞い上がっていた。
頼むぜ、ミスティ。
俺も明日から、まあ、本気出すか。
§
ダンジョン25日目 ダンジョン近くの町 宿泊している宿屋 近くにいる仲間 クリュティエ、ミスティ、ノーラ婆さん
「ダイスケさん、クリュティエさん、これを見てくださいよ!」
昨日の会場を遠くから指差したギレンは興奮を隠しきれなかった。
「あ、あれ?」
「そうです。クリュティエさんのコンサートを待っている人たちですよ!!」
おいおい、ざっと見ても1000人はいるだろう?
そんなに、へんた……いや、歌を楽しみにしている人が多いのか。
「ええ、貴族でもなければ、歌は楽しめませんからね。じゃあ、見つからないように会場へ入りましょう」
俺たちを裏口に誘導しながら、ギレンは会場のチェックに余念がない。
矢継ぎ早に2人の女性マネージャーに指示を出していく。
「ビールの準備は抜かりないか? 軽食はどうだ?」
「はい、準備できてます!」
「じゃあ、警備体制はどうだ? クリュティエさんへの警備、コンサート会場の警備ともに万全か?」
「万全です!」
この世界でもイベンターって奴は凄いもんだな。
というか、現代の運営を見ているような気がするよ。
またしても、二階にバルコニー席を用意してもらった俺たちは、豪華な軽食や酒まで準備されていることに喜びを隠せない。
ノーラ婆さんは、早速赤ワインに手を伸ばしている。
ミスティが座り心地を試している横で、俺はノーラ婆さんからワインを注いでもらってすぐに乾杯した。
「口に含んだ瞬間に鮮烈な酸味。グレープフルーツのような溌剌とした酸味が、深い味わいとなっている。美味しいワインだねえ」
婆さん、ソムリエかよ。
「ささ、マスターもぐっと飲んでみるとええよ」
2杯目をお代わりしたノーラ婆さんは、頬をほんのりとさせながらワイングラスを傾けてくる。
心配そうに俺を見つめているミスティの方を向いて「ミスティ、お前も飲むか?」と、すすめてみる。
「マスター。あんまり飲まない方が」
片目をウインクしながら、ミスティは俺の心配をしてくれる。
コンサートが始まる少し前に、俺は2杯目のワインを飲み干した。
「少し、酔いをさましてくる」
フラフラと立った俺をミスティが支え、そのままお手洗いに連れて行こうとする。
「最近、マスターといることが多いねえ。ミスティ」
ニコニコしながら、俺たちを見つめているノーラ婆さんは、かなり眠そうな目だ。
「いえ~い。マスターともっと仲良くなりたいし。あ、マスター、気をつけて」
そのまま階段を上っていった俺たちを、婆さんはずっと眺めていた。
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