第25話 夜の出来事

 ダンジョン24日目 ダンジョン外の町 宿屋の近く 近くにいる仲間 ノーラ婆さん、クリュティエ、ミスティ


「クリュティエちゃん、とっても綺麗な歌声だったよ。私は泣けちゃったねえ」


 夕食のミートボールの入ったタジン鍋に涙を落としそうな勢いで、ノーラ婆さんはクリュティエの手を握っている。


 無関心なふりを装ったミスティは、店員さんにオススメしてもらった卵をスープに落として食べるやり方を試している。

 スープなんて普段は食べないくせに。


 俺はと言えば、スープを口の中に何度も運び入れる。

 さまざまなスパイスの香りが鼻腔に広がり、思わず幸福を感じる。

 分かるだけでも生姜、シナモン、ニンニク、サフラン、ターメリック、黒こしょうが入ってるのが分かる。

 異国情緒たっぷりで、一言で言うと旨すぎる!


 クリュティエのコンサートの話と鍋の美味しさを交互に楽しみながら、お腹いっぱいになるまでひたすら食べる。

 この宿の食事は最高だな。


 食事が終わり、みんな部屋に戻っていく。

 俺とノーラ婆さんには一人部屋が割り当てられ、クリュティエとミスティは2人部屋で過ごしている。

 毎日、ギャーギャーとやり合っているのが聞こえる。


「じゃあ、お休みなさい」


 ノーラ婆さんが部屋に入ったのを見届けると、俺はミスティに目配せする。

 ミスティは軽く頷くと、とりあえずクリュティエと二人で部屋に入っていった。

 自分の部屋に入ってベッドに横になった俺は、天井を眺めながら一人で考えをまとめていた。


 ダンジョンマスターとして罠や相手の行動を全て考える癖が、俺にはある。

 その癖が、『お前、誰かに嵌められそうになってるぜ』と告げているのだ。

 そのまま、身じろぎもせずに2時間、俺はひたすら考え続けていた。


(まず、あの二人に相談しよう)


 いつも実体化している二人は、隠し事をしていないと確信している。

 音を立てないで扉を開いた俺は、クリュティエたちの部屋のドアを叩き、そろそろと宿の玄関に歩いていく。

 ドアの隙間から、そんな俺を訝しげに眺めている2人も、音を立てないで後を歩いてきた。


 しばらくブラブラと町を歩き、後をつけられていないことを確信すると、見通しのいい川のほとりまで早足で歩く。

 ここなら、周囲に人が来ればすぐに分かる。

 少し息を弾ませながら俺についてきた二人は怪訝そうな顔を崩さない。


 人がいない川沿いの倒木に、俺を挟む形で二人も腰掛ける。

 辺りは、もう真っ暗でミスティがいなければ歩くのもままならない。

 ミスティが新しく覚えた『ナイトビジョン』は、夜でも昼のように見えるらしい。


「ねえ、マスター。何かあったの?」


「マスター。少し考えすぎてる説、ある?」


 俺の肩に手を添えて心配してくる二人を見ながら、俺は今まで封印していた疑問を二人に話し始めていた。


「ミスティ。お前、自分が生まれてからの記憶ってあるか?」


「小さい頃はあんま記憶ない。覚えてるのは、空を飛んでエサを採ってたとか、空から下の世界を見てたとか、かな。いえ~い」


「で、お前、その思い出はたくさんあるのか?」


「たくさんあるよ。マスターと会う前の楽しい思い出、悲しい思い出なんかがね。でも、今が一番楽しいかな」


 おいおい、さりげなく胸を当ててきてますね。

 本来の目的を忘れそうになるよ。

 ただ、ミスティは進化する前からこの世界にいたんだから、その記憶があって当たり前なんだ。


 でも、クリュティエはどうなんだ?


「私は45年前に生まれて? ずっと川で暮らしてて……。マスターとダンジョンで出会って……。覚えている魔法は、水癒と水球……って、あれ?」


 やっぱりだ。俺は思わずクリュティエの手をぎゅっと握る。


「クリュティエ。お前、川で暮らしていた時の思いではあるか?」


 月明かりの下で深刻な顔をしていたクリュティエは、ブンブンと音を立てるくらい首を振っている。


「そう、お前には昔の記憶がほとんどない。なぜなら、お前は俺のいた世界で生まれた人形だからだ」


 クリュティエの目が大きく見開かれ、混乱が広がっていく。

 

「えっ? マスターのいた世界? 私……、私って何なの?」


 震えるクリュティエをそっと抱きしめた俺は、少しでも落ち着けるように膝の上に載せて頭を優しく撫でていた。

 そりゃ、不安になるよな。抗議の眼差しで俺たちを見つめているミスティの気持ちは分かるけど、今はしょうがないだろ。


「お前は人形に命が吹き込まれて、生まれたばかりの状態だ。怖がらなくていい。クリュティエはクリュティエなんだからな。大丈夫、ずっとそばにいるから」


「うん」


 クリュティエの目からは涙がこぼれ落ちてるけど、それでも健気に笑おうとしている。 

 混乱と安堵が混じり合った表情のまま、俺の腕の中でじっとしていた。


「ミスティ、お前、『レベルアップ』ってどういう意味だか分かるか?」


 これも、確かめておきたい。


「レベルアップ? 『水準の向上』かな?」


「そうだ、普通はそう考える。でも、俺が住んでいた国では、『レベルアップ』は動詞として使われていたんだ。『成長する』っていう意味だ」


「ふうん。でも、それの何が変なの?」


 俺は思わずクリュティエを強く抱きしめる。


「おかしくないか? 日本を知らないフランス生まれのはずのノーラ婆さんは、どうして『わしもレベルアップしとるな』なんて言ったんだ? 『成長してるな』でいいじゃないか」


「しかも、ノーラ婆さんだってクリュティエと同じく元々は人形だったんだ。それなのにどうして、水の妖精の伝説なんて知ってたんだ? 250年以上前の術式が分かったんだ? まるで、ずっと生きてたかのようじゃないか」

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