第28話 足四の字
ダンジョン25日目 劇場の控室にて やり手イベンターのギレン、ノーラ婆さん、クリュティエ(今日は歌姫)
ようやく回復して立ち上がったクリュティエだったが、まだ本調子とはいかないようだ。
ギレンから祝勝会の誘いがあったけれども、俺は参加することができない。
そのため、ノーラ婆さんを参加させることにした。
「まあ、誰も参加できないのもギレンさんに悪いし、久しぶりにいいものをご馳走になろうかの」
宿には帰らずに、ノーラ婆さんはそのまま祝勝会場に移動することになった。
クリュティエを背中に背負った俺は、とりあえず宿に帰ることにする。
「そういえば、ダイスケさんにお願いしたいことがありまして」
歩き出そうとした瞬間、ギレンはさりげなくクリュティエの所有について話を切り出した。
おい、こんな重要な話を立ち話で済ませるのか?
「クリュティエさんは私のにらんだ通りの逸材でした。ダイスケさんさえよろしければ、私のギルドに彼女を迎え入れたいのです。白金貨300枚(金貨30000枚=約3億円)でいかがでしょう」
これだけあれば、一生食うに困らないどころかハーレムだって作れちゃうレベルの金だよな。
本当、この世界の住人なら二つ返事だったなあ。
「いい話だけど、こいつはまだ小さいから、もう少し大きくなって自分で決められるようになったとき、もう一度提案してくれ」
背中からずり落ちてきたクリュティエをもう一度背負い直し、ギレンに頭を下げる。
ギレンは別に食い下がりはしなかった。
「そうですね。では、その時に再度提案させていただきます。では、またダンジョンでお目にかかるのを楽しみにしております」
優雅な礼をしたギレンは、大勢のスタッフとともにぞろぞろと町へ繰り出していった。
それを見届け、俺も宿屋への道を急ぐことにする。
背中のクリュティエは軽く、歩くのは苦にならなかったが、今襲われたら俺の力ではクリュティエを守りきれる自信がない。
頼みのミスティは未だに俺の元へ帰っていない。
心細い心境のまま、俺は人混みの中を早足で通り抜けていく。
すでに日も暮れ、町は夜の装いに変化していた。
酒場や食堂は繁盛し、客引きの声があちこちで盛んに上がっている。
ようやく人混みを抜けたと思った瞬間、路地裏の店の影から3人の男たちが現れる。
「お、兄ちゃん。背中に可愛い子、背負ってるね」
俺の行く手を塞ぐように、3人は道幅一杯に広がっている。
そのうちの一人が俺に近寄り、肩に手を掛けてきた。
「重そうだな兄ちゃん。俺が代わりに……」
掛けられた腕に自分の腕を載せ、S字固めで関節をきめる。
「ぐああ!」
男の顔が苦痛でゆがむ。
「俺に気安くさわんなよ」
相手を悶絶させた後、思い切り男の腹を蹴り上げた。
後ろで立ってる2人の足元へ、蹴られた男が転がっていく。
「燃える闘魂の弟子が相手だ! かかってこいや!」
残りは二人。
「クリュティエ、お前、ちょっと降りててくれ」
「おけ」
俺は首を鳴らしながら、猫足立ちになる。
「なめんなよ!!」
殴りかかってきた男の身体を体でさばき、逆らわずにそのまま背負い投げで前に転がす。
間髪を入れず相手の腕を掴んで、腕ひしぎ逆十字で関節を攻撃だ。
「あがああああああ!」
「殴りかかってきて、何、叫んでやがる!」
「た、助け……」
その瞬間、立ち上がって相手のみぞおちを思いきり踏み、男はその場で転げ回っていた。
最後の一人が殴りかかってくるのをいなして前屈みにさせ、相手の頭を腋の下に抱え込む。
「おるああ!」
そのまま、体をブリッジさせながら男を後方へと反り投げる。
男は背中から地面に叩きつけられて、動けない。
そのまま、足を組みスピニング・レッグロック(足四の字固め)で相手を悶絶させる。
「ああああ、助けてくれ!!!」
相手が武器を持ってなくてよかったよ。
俺は足を固めたまま、尋問を開始する。
「おい、誰に頼まれて、俺たちを襲ったんだ?」
「言えるわけねえだろ……」
ふむ、依頼者がいるんだな。
腕に力を入れた俺は、さらに相手に激痛を与える。
「ぐあああ、ギブギブ!」
「言わなければ足首もきめるけど」
「言う言う! バルドっていうイベンターだ!」
ふむ。もう少し詳しく聞くか。
「バルドって奴は、何で俺を狙ったんだ?」
「ギレンが主催したコンサートでその女の子を見たからだ。その子がいれば、稼げると思ったんだろう。ギレンに一泡吹かせてやるって言ってたし」
聞かないことまでペラペラしゃべる。
ま、この関節技の激痛に耐えられる奴は多くないはずだ。
聞きたいことを聞いた俺は、ようやく相手から足を離す。
そのとき、向こうで転げ回っていた男がナイフを抜いて、こっちに駆け寄ってきた。
「なめやがって!!」
しまった、まだ戦う体勢ができてないぞ。
「マスター! 耳を塞いで!!」
俺が耳を塞ぐのと同時に、
「~♪~♫」
クリュティエの歌声が響いてきた。
その瞬間、ナイフ男は俺に向かってくるのを止めて仲間に話しかけていた。
「おい、お前らクリュティエさんが安全に帰宅できるように、護衛任務につくぞ!」
「おう」
ん?
こいつら……クリュティエに魅了されてやがる。
クリュティエは歌を止めて、さらに命令する。
「あなたたち、酒場で一晩中お酒を飲んできたら? きっと楽しいよ」
「おお!」
「でも、金がねえな」
俺はすぐにクリュティエに銀貨10枚を渡す。
「ほら、これでたくさん飲んできて!」
「うひょう~」
「クリュティエさんのおごりだ~」
歓声を上げながら、3人は近くの酒場に入っていく。
それを見届けたクリュティエは、膝から地面に崩れ落ちていた。
「クリュティエ! 大丈夫か」
「はは、マスター。もう立てないかも」
疲労がピークだったのに、魅了を使ったからな。
黙ってクリュティエのそばにしゃがみ込み、クリュティエを再び背負うことにする。
黙って俺の首に手を回し、甘えるように負ぶわれる。
「でも、ダイスケ師匠。いい関節、きめてたね」
「ああ、素人相手なら楽勝だ」
「ダンジョンでマスターと練習したいな」
「いいぞ、お前もイノキ道を歩んでくれ」
「イノキ?」
たわいもない話をしながら、俺は宿屋への道を歩いていった。
「ん? あれは」
俺たち2人に気付いたミスティは、素早く走り寄って来る。
これは、いい話が聞けそうだな。
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