第29話 異邦人
「おかえりなさい」
そう言いながらミスティは俺に近寄り、耳元で一言つぶやく。
「ただいま」と話した俺たちは、そのまま階段を上がり自室に戻る。
平静を装って部屋に入ったけれど、俺の心臓はバクバクの状態だった。
ミスティの一言は、
「ケンを見つけた、会えるよ」
だった。
(ケンと会えるのか)
おそらく同じ日本から来た地球人だし、この世界については俺より詳しいだろう。
元の世界に戻る方法だって知っているんじゃないか。
腕の震えを手で強引に押さえながら、冷静になれと何度も自分に言い聞かせる。
ようやく外出の準備をすませ部屋の扉をゆっくりと開いた瞬間、目の前にノーラ婆さんがいたんだ。
「マスター。どこかへお出かけですかな?」
怖え! 笑顔なんだけど目が笑っていない。
背中に冷たい汗が流れる。
なぜ俺の部屋の前に? ミスティのことを怪しまれたか?
ダンジョンマスターの経験を呼び起こし、こんなときの最適解を考える。
「クリュティエが頑張って金を稼いでいるっていうのに……。ミスティにちょっと苦言を呈してくるわ」
うんうんと頷くノーラ婆さんだが、首を捻って疑問を呈す。
「そうだねえ。でも、この宿屋でもいいんじゃないかい? もうすぐダンジョンに戻る時間だし、離れない方がええ」
「ま、それもいいけど、俺が怒鳴ってるとこを婆さんやクリュティエに聞かせたくないしな」
「ふむ」
もう一押しか。
声のトーンを下げて、ひそひそ声で話す。
「俺、お姉さんのお店に行きたいんだ。ミスティがさっき見つけたって言うからさ」
じっと俺の様子を見ていたノーラ婆さんは、諦めたようにふっと笑う。
「マスターも若いからねえ。まあ、どこにいても自分のダンジョンに戻されるんだし……。ま、ほどほどにね」
そう言うと自分の部屋に戻っていった。
それを見届けた俺は、ノックしてミスティの部屋に入っていく。
「ミスティ。準備、できたか?」
「もちろん」
椅子に逆向きに腰掛けていたミスティに護衛を頼み、クリュティエには鍵をかけて休んでいるようにと話す。
「クリュティエ。本当はお前も連れて行きたいけど、今日は無理だ。休んでてくれ」
珍しいことにクリュティエはベッドの中でこくんと頷くと、そのまま目を閉じてしまった。
その後、クリュティエを起こさないように、音を立てないように部屋のドアを開け、夜の町へ繰り出した。
「ミスティ。追っ手が現れるまで町を歩くぞ」
「おけ」
「あと、俺がお前を叱っている演技もしていくぞ。お前も合わせろ」
「?」
「理由は後だ」
そう話すと、ミスティが勝手に外出してしまったことを俺は非難し始めた。
目で合図をして、ミスティがペコペコしている場面を何度もつくりだす。
そうこうしているうちに、ようやく後ろに尾行者が現れた。
「ミスティ、気付いたか? 怪しいのが2人いるぞ」
「任せて」
前から来たごつい3人組が現れるとミスティの目が赤く光る。
その瞬間、3人組が俺たちの後ろにいる尾行者2人に因縁をつけ始めた。
「ああ、何だお前ら? 何か生意気だな」
「兄貴。こいつら、やっちまいましょうよ」
そのまま殴り合いに発展する。
俺とミスティは不自然にならないくらい、けんかをしている方を見ると、尾行者たちは俺たちについてくるのが難しそうな状況だった。
(よし!)
少しだけ大股になりながら、その場を離れ、尾行者から見えない建物の影に移動する。
そこでミスティからターバンを受け取った俺は、ぐるぐると顔に巻き付ける。
昨日買っておいたフードマントと合わせると、遊牧民の完成だ。
これだと顔は判別しにくいし、この町では目立たない。
「じゃあ、ミスティ。お前はコウモリになって会合場所で警戒してくれ」
「りょ~。で、マスター。私の服、忘れないで」
ん? 服?
「コウモリになった瞬間、地面に服が落ちるし、戻ってきたら全裸のままだから……」
え? そうなの?
「あ~、マスター。私の裸、想像した説ある?」
はい、大ありです。……が、そうは言えないぜ。
言いよどんでいると、ミスティが距離を詰めてくる。
「いいよ。マスターが見たいなら」
身体を必要以上に密着させてくるミスティの取り扱いに困る。
なんでこんな流れになるの? これから深刻な話をするっていうのに。
「とにかく、頼んだぜ!」
俺のマントの中でコウモリに変わった瞬間、服が地面に落ちる。
俺は生暖かいミスティの服をかき集めて、麻袋に詰め込む。
そして、待ち合わせ場所になっている『サソリ亭』のドアをくぐった。
「いらっしゃいませ~」
こんな人のたくさんいる酒場で、1度しか会ったことのない男を捜すのも面倒だな。
そう考えていると、突然、後ろから日本語が聞こえてくる。
「日本語) まっすぐ行って右に曲がった2つ目の個室へ」
そう言うと、その人物はすぐに無表情のまま、進んだ後に右に曲がっていく。
ケンだ!
俺は店内をあちこち見て回り、やがて指示のあった個室へと歩いて行く。
個室のドアを開けると、中に30歳前後の男が座って待っていた。
「ダイスケくん、また会ったね。日本語は懐かしいだろう」
フードをとった男が話しかけてくる。
時間がない俺は、とにかく聞きたいことは聞いておきたい。
俺はテーブル席の椅子に腰を下ろすと、ケンの向かい側に座る。
「まず、ケンさん。アナタは俺たちの味方ですか?」
しばらく考えていたケンさんは、注文したビールを飲んで、焼いた鶏肉を頬張った後にゆっくりと切り出した。
「俺はお前たちの敵だ」
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