第16話 失敗と成功と
「立場が逆転したね。君には2つの選択肢がある。降伏するか、命を差し出すか」
俺はすぐに降伏することを告げる。
こいつ、剣を下ろせよ。
「へえ、潔いね。ま、こんなんで命のやりとりしたら嫌だからね」
男はソードを鞘に収める。
カチンという音が耳に響く。
「変なことはしないことだよ。この前、諦めの悪いダンジョンマスターがいてね。両断しちゃった」
ダンジョンの天井を眺めながら、薄ら笑いをしてやがる。
こいつはやべえ奴だな。
「教えてくれ。ダンジョンマスターが戦うのもアリなのか?」
「大アリだよ。どうしてダンジョンマスターが戦ってはいけないんだ? 一番強いのがダンジョンマスターじゃないか」
鼻高々だな。
こいつは剣に自信があるのか。
そっか。ダンジョンマスターは衝立の後ろでモンスターを使役しているイメージしかなかった。
俺のいた世界とは違ったルールがあるんだな。
「じゃあ、そろそろ降伏してもらおうか。一番強いモンスターは、その女の子だろ。それで許してやるよ」
クリュティエを手招きしながら、いやらしい目つきになる。
何だよ、こいつも修羅道を突き進んでいる男だったのか。
こんな若くして可哀想に……。
俺は、2度目になる屈辱の言葉をつぶやくことにする。
「降伏します……って、君の名前が分からないな」
「俺はオーレリアンだ」
「降伏します、オレリアン様。どうか命だけはお助けください」
「ちがう! オーレリアンだ」
マジで間違ったよ。
日本人に異世界人の名前は難しいぜ。
それに今は時間を稼ぎたい。
「すまん。降伏します、オレーリアン様……」
あ、明らかに怒ってるね。
チャンスだ!
ミスティをそっと胸に抱き抱え、黒いスーツケースを足で近くに引き寄せる。
「お前、わざとやってる? だったら、殺して全てを奪うまでだ」
すらりと剣を鞘から抜き、俺にまた向ける。
「まて! 殺したらダンジョンからモノは拾えないんじゃないのか?」
オーレリアンはニヤリと笑いやがった。
どうやら意識がそれたようだ。
「確かに拾えないペナルティはつくよ。しかもマーダーダンジョンって表記されるしな。でも、それは3回目からなんだ。だから、今回は全部もらうことができるのさ」
大量殺人を犯していないにしてもイカれてやがる。
若くして人を殺めたことが性格を歪めてるな。
頭を横に向けると、例の黒いスーツケースが手に届く位置にあった。
よし!
「オーレリアン様、降伏します。命だけはお助けください」
「分かった。では、お前のダンジョンで一番強いモンスターをもら」
その瞬間、俺は素早くスーツケースを掴みクリュティエに向けて放り投げた。
バシンという音とともにクリュティエの足にぶつかり、クリュティエは顔を歪める。
「痛ったあ!」
不満そうな声を残しながらクリュティエは煙のように消えてしまった。
それと同時に、オーレリアンの残りの言葉が言い終わる。
「おうか」
その瞬間、近くにいた角モグラが黄色に光に包まれる。
あっけにとられているオーレリアンを尻目に、その光が弱まってきたのを見計らい、
「みんな! 俺たちのダンジョンに逃げろ!!」
と、スーツケースを引っ掴み、ミスティを抱えながら命令を下す。
モンスターたちも俺の後を追って、自分たちのダンジョン内に走り込んでいく。
「お前! 騙したなあ」
別に騙してねえよ。
オーレリアンの声が後ろから聞こえてきたが、同時に相手のダンジョンが忽然と消えてしまった。
入口は元の通り、丘や林を映し出していた。
俺はダンジョンの入口で天井を見上げながら大の字になる。
ミスティは腹の上だ。
攻略は失敗したが、生きてることに感謝だな。
角モグラには悪いことをした。
取り返せるなら取り返したい。
20分はそうしていただろうか。
とりあえず身体を起こし、自分の執務室へと向かうことにする。
喉も渇いたし、何か腹に入れないと動けそうもない。
みんなも、ぐったりしながら俺の後をついてくる。
執務室に備えてある水を全員が飲み、俺はパンとチーズと林檎で腹を満たす。
モグラやコウモリたちは勝手に食事を始めている。
本当に経費がかからない地球に優しい仲間たちだ。
そして、昼過ぎになるとノーラ婆さんが現れる。
俺はすぐにミスティの状態を話し、合成してくれるよう依頼する。
「分かった。でも、血まみれコウモリ二匹だと、効果は少し薄いかもねえ。今日、新たに発生させて、明日の合成がいいじゃろうて」
なるほど。
少し冒険者対応に不安はあるけど、早く元気になる方がいい。
「分かった。じゃあ……」
いや、待て待て。まずはクリュティエを召喚じゃないか?
話し相手がいないから、今、このダンジョンは全く会話がないんだぜ。
しかも、ミスティの治療役も必要だ。
「婆さん、まずはクリュティエを召喚してくれ!」
「おう」
青い煙の中からクリュティエが跳びだしてくる。
「マスター! 酷い!! 私にスーツケースをぶつけるなんて!」
珍しくプンプンと怒って、こちらを睨んでいる。
「いや、あのままだったら、お前がオレーリアンに取られちゃうだろ!」
「そっかあ。私が大切だから……。側にいて欲しいからかあ。愛だね!」
と、自分の世界に入り込みやがった。
無視!
苦笑している婆さんと俺の目の前に、出現したのは吸血コウモリだった。
「これは、主も強くなってるみたいだねえ」
ダンジョンの攻略は失敗してもレベルアップはするんだな。
警戒はチームコウモリの皆さんに任せ、俺はとりあえず仮眠を取ることにする。
(早く仲間を増やしてダンジョンを強くしないとな)
俺の意識は少しずつ遠ざかっていった。
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