第4話 生膝っすか

 いい子なんだろうなあ。


 簡単な食事を済ませると辺りが暗くなってきて、猛烈に眠気が襲ってくる。

 入口の外の星を眺めながら、俺は次々と質問を繰り出した。


「何でフィギアが人間になったのかな?」


「そういう理(ことわり)ですね。地球で人形だったものは、こちらの世界に来ると命をもつようです」


 不思議すぎる理だが、そういう決まりなら仕方がないな。


「水はどうやって手に入れるの? ダンジョンから出られないんでしょ?」


「はい。冒険者から奪うか、商人から購入するかしかありません」


「商人?」


「はい。ダンジョンに来る商人はたくさんいます。必ず売れますから」


「なるほどねえ」


 ふうっと安堵のため息をつく。


「ダンジョンマスターってことは、モンスターを配下にできる?」


「はい、できます」


 揺らめく炎の向こうに正座をしているレウコトエーさんは、何だかエロいな。

 

「モンスターはどうやって手に入れるのかな?」


「町で購入することができます。あと、1日1回、ダンジョン内に自然に発生します」


「ほう」


「あと、召喚師(サモナー)を配下にして召喚するくらいですね」


 その日の記憶はそこまでしかない。

 いつの間にか眠ってしまったようだ。


 翌朝、太陽の光で目を覚まし、入口から外を眺めると、すでに太陽は大分高く上がっていた。

 眩しさに目を細めると、目線の先にレウコトエーの胸が見える。

 

 近い!


 しかも、俺の頭の下にあるのって生膝ですかね? 膝枕? 最高かよ。


「あ、マスター。おはようございます。よく眠れました?」


 俺を覗き込んでくるレウコトエーさん。

 胸があと5cm程までに接近してますよ。危ないですよ。


 俺はもったいないけど、膝と胸の間から自分の頭を抜き出す。

 ジェントルマンだからな。

 触るなんてハレンチな真似はできないのさ。


「おはよう。レウコトエー。もしかして、ずっと起きていてくれた?」

 

「いえ、少し眠りましたよ」


 ニッコリと笑顔を返すレウコトエーさんが、可愛らしい欠伸をするのを俺は見逃さなかった。

 

「少し、休みなよ」


「大丈夫ですから」


 レウコトエーさんの笑顔を堪能しながら、俺は日課のトレーニングを開始することにする。

 それは筋トレ。筋肉は裏切らないからな。

 

 1・2・3……と声を出しながら膝を曲げたり伸ばしたりする。

 昨日休んでいた分、大腿四頭筋が喜んでいるのが分かる。

 ひたすら洞窟の入口でスクワットって……シュールだな。


「マスター、どうぞ」


 俺の汗を見て、レウコトエーさんがハンカチを差し出してくれる。

 汗を拭おうと額に近づけると、これは……花の香り? いい匂いだ。

 特殊な性癖を開発されてしまいそうになる。


 その後、ダンジョンの中を隅々まで確認することにする。

 といっても、このダンジョンは入口から奥まで100mほどしかない一直線のため、あっという間だった。

 すぐに一番奥まで到達する。


「え? 何これ?」


 50cmくらいの黒く輝く球体が浮かんでいる。 

 俺は思わず手を伸ばして、触れようとする。


「ダメ! マスター!」


 レウコトエーが腕を抑える。


「これに触ると別の世界に転移してしまいます」


「転移?」


「はい。マスターがこの世界(ティル・ナ・ノーグ)に来たように、どこか別の世界へ飛んでいきます」


 俺は慌てて手を引っ込めながら、詳しく尋ねてみる。


「元の世界に戻れる、とか?」


「それは分かりません。行ったことがありませんから」


 この球体は絶対に触っちゃダメだな。

 ダンジョンの入口に戻り、今度は自然発生するモンスターが出てくるのを待つ。

 ダンジョンマスターの近くに発生すると彼女が教えてくれる。


 太陽が空高くのぼった頃、突然、目の前の空間が歪み、30cmくらいの塊がゆらゆらしていることに気付く。

 形がはっきりした瞬間、洞窟コウモリが生み出された。


「一番弱いコウモリですね」


 え? 何これ?

 俺にはコウモリだけじゃなく、その横に変な文字と数字が見えている。

 洞窟コウモリ 体力4 力強さ1 魔法0 技量(攻)4/24 (防)6/24

 これって、D&F(ダンジョン&ファイターズ)のステータスと全く同じじゃん。


 ゲームの世界にいるみたいで、正直楽しい。

 ただ、人間のステータスは今の所、見えないな。

 早く戦闘をさせて検証したい。


 その後、コウモリと意思疎通することに悪戦苦闘する。

 彼女がつきっきりで教えてくれたおかげで、夕方にはコツを掴めるようになった。

 

「思い通りに動くんだな」


「はい、これでマスターを守る盾が2つになりましたね」


「2つ?」


「洞窟コウモリと私です」


 いやあ、何だかそんなに見つめられると照れるな。


「あと、マスター。この世界に存在するモンスターはD&F(ダンジョン&ファイターズ)に出てくるものばかりですよ」


「どういうこと? D&Fのゲームを作った人が、この世界に来たってことかな?」


 可愛らしく頭を振りながら、


「分かりません。でも、驚くくらい似通ってます」


「どうしてそんなことが分かったんだ?」


「私は%#ですから」


 また、%#かよ。


「%#って何?」


「うまく説明できません」


 うなだれているレウコトエーさんを見ていると、それ以上の追求もできなくなる。

 まあ、いいだろう。自分にとって好都合だ。

 頭の中にモンスターの技術点、体力点など全てのデータが入っている。

 弱点だってバッチリだ。

 しかも、ステータスまで見えるとなれば危険は格段に減る。


 夕方、カロリーメート1本の食事を済ませると、蝋燭がもったいないのですぐに眠ることにする。

 というか、もう目を開けていられない。


「マスター。安全のために準備が必要と思いますが……」


 そのレウコトエーの声を聞きながら、俺は目を閉じていた。

 だって、一度死にそうになってるんだからね。

 眠すぎて何も考えられないよ。


 でも、そのレウコトエーの言葉をきちんと聞かなかったことを、死ぬほど後悔することになる。

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