第3話 私はマスターのもの
異世界1日目 どこかのダンジョンにて
「あ、あの……。俺のモノって?」
「マスターはD&F(ダンジョン&ファイターズ)の世界大会で優勝されました。優勝賞品である私の所有権はマスターにあります」
所有って……。
というか、この子って人間じゃないの?
あっつ!!
ライターの金属部分が絶えられないくらい熱くなっており、また前に放り投げる。
周囲は再度、暗闇に包まれた。
「マスター。私、蝋燭を持ってるんです。それに火をつけませんか?」
用意がいいなあ。
熱さを我慢して再度ライターを着火し、レウコトエーの持っている蝋燭に火を灯した。
カメ〇マローソクみたいな細い蝋燭は、お盆を思い出して何だか懐かしいな。
「私はテツロー先生の作ったフィギアです。この世界はマスターのいた世界とは違った理(ことわり)で動いています」
溶けた蝋で蝋燭を石の上に固定する。
炎が揺れず安定的に明るくなったこの洞窟で、彼女はこの世界のことをいろいろと説明し始めた。
まず、この世界はティル・ナ・ノーグという名前で、ダンジョンの外に中世ヨーロッパ風の風景が広がっているということ。
ここは初級のダンジョンであり、自分たち以外は何もいないことが告げられる。
「私はマスターのおかげで、人形から人間になれました」
何もしてないけどな。
そうなの? こんな肉厚に?
思わずレウコトエーの手を握ってしまう。
「マ、マスター?」
頬を上気させたまま、恥ずかしそうに下を向いてしまう。
合格!! この反応は合格だよな、な?
この温もりで、自分の頭に冷静さが戻ってくる。
その後も、この世界のことをしっかりと聞き込んでいく。
「ん? 俺は気軽にダンジョンの外に出られないの?」
「はい。ダンジョンマスターは他のダンジョンを攻略しない限り、ダンジョンの外に出ることはできません」
「マジか……」
飲み水、ご飯も、全てダンジョン内で取る必要があるって……それって、詰んでね?
すぐに身の回りのものを確認する。
黒塗りのフィギアボックスは……あった!
その他、カロリーメイト2箱と250mlのお茶(缶)、三色ボールペン1本が見つかる。
あとは着ているベージュのジャージくらいか。
どうやら、身体に触れていたものは一緒にこっちに来たみたいだな。
自分の周囲に意識を向けると、洞窟の高さは3m、横幅も3mほどの土壁がずっと続いていて、正直、圧迫を感じる。
落ち着いてきた俺は、まず、この洞窟を探検することにした。
黒のフィギアボックスを両手で抱えながら、レウコトエーは俺の横を静かに歩いてくる。
この子、ローズマリー石けんの匂いがするんだよなあ。
「レウコトエーさん」
「マスター。私のことは好きに呼んでいただいてかまいませんよ」
笑顔がいちいち可愛いいし、彼女がいるってこんな感じなのかな。
いたことないから、わかんないけど。
とすっ、とすっという二人の足音は土壁に吸い込まれ、耳を澄ませなければ音がほとんど聞こえなかった。
あっという間に、ダンジョンの入口まで近づくと明るさが増してくる。
右手に持った蝋燭の火を口で吹き消す。
木々の葉がすれる音や、鳥がさえずる声が微かに聞こえてきた。
なだらかな丘に広がる畑の緑が眩しい。
ダンジョンを出ようと試みるも、情報通り、見えない壁に阻まれて出ることは叶わなかった。
太陽が、もうすぐ沈みそうな位置まで降りているのが分かる。
また暗闇か……。
空腹を感じた俺は、ポケットに手を突っ込みカロリーメートの箱を探す。
今のところ、食料はこのカロリーメート(チーズ味)が全てだ。
黄色の箱の中から袋を取り出して破り、カロリーメートを1本だけ取り出した。
現代文明の香りが自分を包み、俺は思わずその袋を鼻に近づける。
そこだけは、『日本』の匂いがした。
俺はカロリーメイトを2つに折り、1つをレウコトエーに差し出す。
「少しだけど、これ食べて」
感謝の言葉を述べたレウコトエーは、嬉しそうに両手で受け取る。
残りの半分を、俺は一気に口の中に放り込んだ。
粉っぽい! 何だか、高校の部活動(プロレス研究会)を思い出すな。
ダンジョンの壁に背中をつけて、頭の後ろに手を組む。
俺の近くで行儀良く正座をしているレウコトエーは、笑顔のまま俺を眺めている。
やっぱ、日本的な佇まいがあるよな。
「マスター。これも食べてください。私は食べなくても大丈夫です」
どうぞと差し出されたブロックを受け取り、俺すぐに口に放り込む。
フランスに来てから緊張で何も食べていなかったから、胃に染みこむようだ。
そんな俺を嬉しそうに眺めているレウコトエーさんの笑顔が眩しいな。
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