第12話 怒り狂う冒険者(理由が酷い)
異世界10日目 ダンジョンにて 仲間 ノーラ婆さん、血まみれコウモリ×2、角モグラ×2、水のょぅ❘゛ょ
今日の冒険者たちは怒り狂っていた。
なぜなら「コンサートが中止になったから」だ。
朝、起きるとクリュティエの様子が明らかにおかしい。
普通な感じなのが怪すぎる。
「マスター……、気持ち悪い」
朝っぱらから俺をディスってんのかと思ったんだが、聞けば気分が優れないらしい。
いつものような笑顔がないし変態じみた行為もない。
力なく地面に横たわっているのを見ると、やはり心配になる。
しかも、コンサートにやってきた男達がこの様子を見てしまったのだ。
「こんな極悪非道なプロデューサーにクリュティエちゃんは任せられねえ!」
「そうだ、そうだ。ブラック企業みたいに働かせたんだろ!!」
この世界にもブラック企業という概念があるのか? 十分ホワイトですがな。
この子は歌って踊ってるだけなんですよ。
あと何度言ったら分かるんだ! 俺はダンジョンマスターであってプロデューサーじゃない!!
オタクとはいえ、冒険者の彼らは剣を抜いて俺に襲いかかってくる。
相手は10人もいるため、なかなかに大変だと気を引き締める。
「ミスティ! 奴らを段差に誘い込め!」
ミスティとは合成した血まみれコウモリにつけた名前だ。
「おい、血まみれコウモリ」じゃ、命令が出せないからな。
ミスティは体当たりで冒険者を段差に追い込み、超音波を発する。
超音波は冒険者の平衡感覚を狂わせ、罠にかかりやすくなる。
バランスを崩した4人はミスティに切り裂かれる。
地味な攻撃だが相手は防具もないためすぐに無力化される。
「残り6人!」
次は角モグラの出番ですよ。
冒険者たちの足を掘った穴に落とし、角で突くまでがワンセットの攻撃だ。
「殺すなよ! お客様だからな」
俺の命令にこくこく頷くと、致命傷にならない程度の攻撃をした。
モグラの活躍により3人が無力化される。
残り3人のうち、2人は逃げ出し1人はその場に残っていた。
って、商人のゼニスさんだよ。
「いやあ、最近の客はマナーがなってませんな」
明らかに怒っている。
クリュティエファンなら、わきまえろと言いたいのだ。
「実はゼニス。クリュティエの具合が悪いんだ」
「ええ!」
腕組みしていろいろ考えていたゼニスは1つの可能性を口に出す。
「ダイスケはん。もしかして、新鮮な水をあげてない……とか?」
「ダンジョンの中だからな」
ゼニスさんは、はたと手を打ち、ほっとしたような笑顔になる。
「多分それですわ。水の妖精は、もともと淡水の中に住んでますからね。新鮮な水が必要なんですよ。今まで我慢してきたんでしょうね」
そうか。
変態じみたことを繰り返していたけど無理してたんだな。
すまん、マスター失格だな。
「ゼニス。綺麗な水を準備できるか?」
「おやすいご用でさ。クリュティエちゃんが元気になるような、とびきりの水を持ってきまっせ!」
こいつも修羅道を歩く男だった。
ちょうどいい機会なので専属契約を結ぶことも伝える。
ゼニスは喜び勇んで洞窟を出て行った。
どれ、入口に「出演者の体調不良のため、コンサートは延期します」って書いておこう。
……結局、ダンジョンには誰もこなかった。
§
「ダイスケはん。いい水を用意しましたでえ」
翌朝、俺たちが寝ぼけ眼の時に、ゼニスは荷車に大きな瓶をつんで、重そうに引いてやってきた。
さすがオタ、行動力が違いますな。
瓶の上に置かれた木の覆いを取り、水を見せながら説明を始める。
「この瓶の水は、近くのエルプ山の天然水ですから、何杯でもすっと飲めるんです」
おい、どっかの通販番組みたいな口調だぞ!
「今なら初月無料! 1ヶ月、何と銀貨2枚でお届けです。お届け料も勿論、無料です」
〇ャパネットかよ。
それでも、新鮮な水には違いない。
1週間に1回の契約を結び、すぐにクリュティエの寝床に瓶を運び込む。
「クリュティエ、好きなだけ飲めよ」
柄杓を差し出して水を飲ませようとするが、クリュティエは何を思ったか、その瓶の中に飛び込んでいった。
「おい!」
次の瞬間、一糸まとわぬ姿のクリュティエがザバっと立ち上がる。
俺とゼニスさんは慌てて後ろを向き、顔を見合わせてガシッと握手をする。
俺たちはジェントルマン! そう目で語っていた。
「マスター。見ていいんだよ❤」
ダメに決まってるよ!! モロ、条例違反じゃん。
海外だったら身体にタグを埋め込まれてるぜ。
20分くらい、俺とゼニスさんは石と化した。
何も聞かない、何も言わない、動きもしなかった。
「もういいですよう」
振り向くといつものように元気なクリュティエが立っていた。
しかも水の上にだ。さすが妖精だな。
「お礼に歌いますね」
いや別にと言いかけると、隣のゼニスがガシッと俺の肩を掴んでくる。
痛!!
「静かに聞きましょう、ね!」
笑顔なのに黙って聞けと無言の圧をかけてくる。
クリュティエは俺たちを汚れのない笑顔で眺めてくる。
汚れだらけのくせにと思うのだが、となりのゼニスは既に涙を流している。
そこまで?
歌が始まるとゼニスはごそごそと袋をあさり始めた。
俺は座ったまま黙って歌を聞く。
いつも歌っている歌とは違い、静かな愛の歌だった。
(いい声だし、いい歌だな)
突然、目の前に松明が2本現れた。
驚く俺をよそにゼニスは涙ながらに火をつけ始め、火がつくとそれを曲に合わせて左右に振り始めた。
「熱っ!」
けれどもゼニスの暴走は止まらない。
「クリュティエは~ん、さ・い・こ~」
ゼニスさんは秒であっちの世界に行ってしまわれた。
炎が気になって、歌を集中して聴くことができなかったよ。
ミニコンサート? が終わり、ゼニスが洞窟の外に帰って行くと、クリュティエは片目を瞑って人差し指で俺の方を指差した。
「わ・た・し・は、貴方だけのアイドルだよ❤」
指でハートマークを作ってやがる。
うざっ! 復活させなきゃよかったかな。
「お~い、ミスティ! 俺と罠の場所を確認に行こうぜ」
すぐにミスティが俺の側に寄ってきて、クリュティエを侮蔑の眼差しで見つめる。
「何? このケダモノ風情があ!」
本性を表したな。怒るクリュティエを無視して、俺はダンジョンの奥へと急ぐのだった。
無視!
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